5.晴天の霹靂
それから、何かあれば二条さんと連絡を取り合い、一緒にショップに行ったり映画を見に行ったり、楽しい推し活ライフを過ごした。
バイトをしながらなんとかやり繰りしている俺と、社会人の二条さんとではお金の使い方が違くて、羨ましいと思うこともあるけれど、まあそれはしょうがない。俺は自分が出来る範囲で楽しむしかない。
今日は映画を観た後、二条さんの家で一緒にご飯を食べた。泊まって行けばと言われて、どうしようか考えながらスマホを眺めている。
最初に泊まった日以来、2回に1回はこうして誘われる。毎回断って帰ってるんだけど、断ると若干残念そうな顔をされるので胸が痛む。
けど、俺が二条さんの家に泊まるのって変じゃないか? またあの大きなベッドで一緒に寝るの? 恋人でもないのにおかしくない?
何か断る理由はないかと考えていると、ふいに変なニュースが目に入って、スマホを操作していた手が止まった。
「え⋯、なにこれ⋯?」
「どうしたの?」
サービス終了のお知らせ⋯?
不穏な見出しの下に貼り付けられた俺の推しの画像。二条さんも後ろから画面を覗き込んでくる。
俺は恐る恐る詳細を開いた。
「サ終? アプリが終わるだけとかじゃなくて?」
二条さんも驚いた声を上げる。
アプリが終わるだけならわかるのだ。アプリの方は無料で遊べるので、課金ユーザーが減ってしまえば終わってしまうのも仕方ないだろう。
けれど記事の内容を読む限り、アプリだけではなく、今後イベントの開催や、新曲の制作なども無くなってしまうようで。
「なんで⋯」
だってこんな、突然、何の前触れもなく。
頭が真っ白になって、何も考えられない。
「なんか、プロデューサーと揉めた?みたいな感じだね」
二条さんもスマホを取り出し確認している。
俺はしばらくの間、ただただ呆然としていた。
「理人君、大丈夫?」
「⋯⋯」
どれくらいの時間がたったのか。心配そうな顔をした二条さんが覗き込んできたけれど、返事をする気力がなかった。
全然大丈夫じゃない。だって俺の生きがいだったのに。
毎日朝起きたらアプリを開いて、ちょっと気分が優れなくて大学休もうかなとか思ってた日も、推しの声を聞いてたら不思議と元気になったんだ。
イベントやライブのためにバイトも頑張って、彼らの歌を聞きながら勉強も頑張って。
それなのに、全部無くなってしまうなんて、目の前が突然真っ暗になってしまったみたいだった。
二条さんは平気なのかな。
「理人君、あのさ⋯」
二条さんは、不安気な顔をしていた。やっぱり俺と同じでショックを受けてるんだと、そう思ったんだけど⋯
「サ終しちゃってからも、今までみたいに会える?」
「――え⋯?」
いきなりそんなことを聞かれて、頭がついて行かなかった。
「これまで、映画とかイベントとか、推し活でしか会わなかったでしょ。だから、コンテンツが終わっちゃったら、もう会えないのかなって、心配になっちゃって」
「⋯⋯」
え、心配するとこ、そこ?
「理人君?」
「そんなの、わかんないです」
「――⋯」
「二条さんは、ショックじゃないんですか?」
俺はショック過ぎて具体的にどうなるとか、先のこととか、全然考えられないのに。
「ショックだよ。もちろん。けど、これで理人君と会えなくなったら、その方が嫌だ」
「そんなの⋯」
正直、今はどうでもいい。俺たちの関係なんて、後からどうにでもなるじゃん。
「⋯帰ります」
「理人君、」
「すみません、ちょっと今、話する余裕なくて」
俺はソファから立ち上がり玄関へ向かった。
二条さんも立ち上がってこっちを見てたけど、辛そうに眉を寄せるだけで、何も言っては来なかった。
✦✦✦
最悪だ。
家に帰って布団に寝転がる。しばらくは何もする気がおきなかったけど、TLの通知がいっぱい来てたから覗いてみたら、コメントがたくさん上がっていた。
当然だけど、みんな動揺してるみたい。
悲しみのコメントも多いけど、それ以上に怒りのコメントが多い。
けど何よりも1番多いのは、なんで、という疑問の言葉。
俺も、同じ気持ちだった。
なんで。
二次元のアイドルたちは、結婚もしないし、年齢による体力の衰えもないし、音楽性の違いで解散することもない。
もちろん、キャストさんは俺たちと同じ人間だから、何でもかんでもフィクションのようにはいかないけれど、人気さえあれば、半永久的に続くものだと思ってた。
新曲が出ればランキング入りして、この前のライブだって即完売。まだまだ人気絶頂で、こんな風に突然終わるなんて、誰も予想していなかったはずだ。
俺はスマホを置いて深く溜息を吐く。
終わってしまうのは辛い。悲しい。寂しい。
だけど。
だからといって、さっきの二条さんへの態度は良くなかったかもしれない。
時間が経って、少し冷静になって考えると、後悔の念が押し寄せてきた。
推しに対する熱は人それぞれだ。それなのにさっきの俺は、二条さんが自分と同じ熱量でショックを受けたり、共感してくれていないことに不満を抱いていた。
同じじゃないのが当たり前のはずなのに。
「今度、ちゃんと謝らないと」
もう少し、気持ちの整理がついたら。
そう思って、俺はそっと目を閉じた。
✦✦✦
『今度の土曜日、会える?』
二条さんからそんなメッセージが届いたのは、それから数日経ってからだった。
何度か連絡しようかと思ったけれど勇気が出なくて、俺が怒って出て行くみたいな形になっちゃってたから、連絡をもらえてほっとした。
バイトが入っているので、夜からなら空いていることを伝える。
会ったら、ちゃんと謝ろう。
改めて、そう決意した。
✦✦✦
土曜の夜、家に来て欲しいと言われたので、俺はバイトが終わったその足で二条さんの家へ向かった。
「いらっしゃい」
「お、おじゃまします⋯」
二条さんは、いつもと変わらない笑顔で出迎えてくれる。
「あのこれ、バイト先のなんですけど」
「わ、ドーナツ? ありがとう。後で食べよう。夜ご飯作ったから、理人君も食べるでしょ?」
「はい。でもあの、その前に、」
俺はキッチンに向かう二条さんの背に声をかける。
「この前、すみませんでした。俺、態度悪くて」
「ううん、そんなことないよ。俺もごめんね。ショック受けてる時に変なこと言って」
「そんなことないです」
変なこと。なんか言われたっけ?
サ終しちゃっても友達でいたいみたいな感じのことは言われたけど、それ以外は記憶にない。
「理人君に謝らないとって思ってたから、今日来てくれて安心した」
「俺も、二条さんにちゃんと謝りたかったから⋯」
「ふふ。二人で同じこと考えてたんだね。じゃあこの話はおしまい」
明るく笑ってそう言われると、ふっと心が軽くなる感じがした。
夕食と俺が持ってきたドーナツを食べながら、俺はもう1つ、今日話そうと思っていた話題を振る。
「あの、この前言ってた、これからも会えるかって話なんですけど」
「⋯うん」
サ終のニュースを見た直後は考えられなかったけど、改めて考えてみて、これからもこうして時々会いたいという気持ちがあるのがわかった。ただ、
「なんていうか、その、正直推し活以外で会わなかったので、目的?というか、俺も二条さんと一緒にいるのは楽しいんですけど、何話したらいいのかな、とか」
これからも、しばらくは推しの話で盛り上がれるだろう。だけど、いつまでも過去の話題だけではネタも尽きるし、正直なところ、自分たちの関係性がよくわからない。
「理人君は、俺とは推し友⋯、友達って感覚なんだよね?」
「そう、ですね」
友達。なんかそれも実はイマイチしっくり来てないんだけど。でも他に表現出来るものがないし。
今まで歳上の友達なんてほとんどいなかった。せいぜい大学の友人が、1浪してて実は1個上だったとか、そのくらいだ。
高校の時の部活の先輩は、あくまで先輩であって、友達というのとは少し違う。
二条さんは俺よりずっと大人な感じがして、推し活がなかったら友達と言っていいのか迷う。
「理人君、あのさ⋯」
「はい?」
俺が頭を悩ませていると、二条さんが真剣な表情で見つめてきた。な、なに?その目。
「俺は、友達じゃ嫌だ」
「え?」
「俺は理人君と、恋人になりたい」
「――え⋯⋯?」
こい、びと?
――恋人?
「なっ⋯⋯!?」
理解した途端、ぶわっと頰が熱くなった。
えっ、なに、俺今告白されてるの?
告白ってもっとこう、それっぽい場所に呼び出されたりとか、告白の前に、もしかしてこの人自分のこと好きなのかもっていう前振りがあったりとか、とにかくこんな突然やって来るものだとは⋯
そこまで考えて俺はハッとした。
前振り、あったな。
酔って泊まった次の朝、まるで恋人同士みたいだった。その後も何度か泊まっていかないかと誘われて。
今日も、会ってちゃんと話がしたいから、家に来て欲しいと言われたんだった。
無意識に否定してたけど、そう考えると今までの二条さんの行動も納得がいく。
「理人君⋯?」
「っ――!」
フリーズして何も言えなくなっている俺を、二条さんは不安気な顔で覗き込んでくる。至近距離で見つめられて、ドキッと心臓が跳ねた。
「ごめん、急にこんなこと言って」
「い、いえ⋯、その、びっくりして⋯」
「男同士で、気持ち悪いとか思う?」
「そんなことないです!」
つい食い気味に否定してしまい、一瞬驚いた顔をした二条さんは、ふっと優しく微笑んだ。自分の態度にちょっと恥ずかしくなってしまうけれど、でも本当に、気持ち悪いとかは全然思わなかった。仲良くしたいと思っている人から好意を持ってもらえるのは、素直に嬉しい。
けど――
「で、でもその、急にそんなの⋯、考えたこともなかったし⋯」
さっきも言ったが、二条さんとは推し友以外の関係が上手く想像出来なかった。それは、友達でも、ましてや恋人でも同じで。
戸惑う俺に二条さんは、それなら、と声を弾ませる。
「デート、してみない?」
「でっ、デート、ですか⋯?」
うん、と嬉しそうに頷く二条さんに流されたのか、俺は小さく頷いてしまった。




