4.クリスマス
『クリスマス、空いてる?』
二条さんからそんなメッセージが届いたのは、クリスマスまではまだ2ヶ月近くある、そんな時だった。
今のところは空いてるけど。
イベントが入ることもないだろうし、入るとすれば大学の飲み会くらいだろう。あと2ヶ月で突然彼女が出来るとも思えない。
『イブでも25でもいいんだけど、うちで一緒にご飯食べない? ケーキ予約しておくから』
「!」
ケーキと言われてピンときた。この前予約が始まった、推しのクリスマスケーキだ!
『行きます!』
勢いよく返事をすると、OKのスタンプが返ってきた。
クリスマスケーキ、予約したかったけど1人じゃ食べきれないから、毎年諦めてたんだよな。
今年のは推しのちびキャラがプリントされたケーキだった。デザインがめっちゃかわいい。
それにしても、二条さんもクリスマス両方空いてるなんて、彼女とかいないのかな。イケメンなのに。
「オタクだからかな〜」
イケメンでオタクだと、普通のオタクより難しいのかもしれない。こう、期待値が上がっちゃって。わかんないけど。
俺なんかとケーキ食べてていいのかなと思わなくもないけど、まあ何なら23日とかもっと前とか、その辺にずらしたって構わないし。
推しのケーキが食べられるなら何でもいい。楽しみ。
✦✦✦
結局、24日の夜に二条さんの家で夕食を食べることになった。遊園地に行った日に、今度遊びに来てと言われたものの機会がなく、今日が初めての訪問だ。
二条さんにケーキを用意してもらったので、俺はチキンを買っていく。教えてもらった道順通りに進むと、立派なマンションに到着した。
薄々気付いてたけど、やっぱりお金持ってそうだな。
仕事の話は聞いたことがないけど、良いところに勤めてそうだ。
エントランスで部屋番号を押す。
『はい』
「あ、えと、川瀬です」
『今開けるね』
声と同時に自動ドアが開いた。エレベーターで聞いていた部屋へ上がる。
「いらっしゃい。寒かったでしょ」
「今日はそうでもないですよ」
二条さんの部屋は、俺の部屋の3倍?4倍?くらいの広さだった。しかも別でちゃんと寝室がある。
「ケーキ、解凍しておいたから、いい感じになってるはず」
「もう中見たんですか?」
「まだ見てない。理人君来たら一緒に開けようと思って」
二条さんは、カッターで周りのビニールを切って、そっと中の箱を取り出した。
「おお!」
デザイン自体は予約サイトで見てたけど、本物は感動もひとしおだ。
「写真撮っていいですか?」
「もちろん」
俺は何枚か写真を撮って、SNSにアップした。
食べちゃうのがもったいないな。食べるけど。
「これ、2人で食べ切れます?」
「4分の1でいいかな」
「俺もそれくらいがちょうどいいです」
「残りは明日食べればいいよ。早めに食べれば大丈夫じゃない?」
それほど大きなケーキではないけど、やっぱり2人だと多い。二条さんは毎年買ってたって言ってたけど、誰かと食べてたのかな?
「去年までは友達呼んで食べて貰ってた」
「今年はその友達はいいんですか?」
「うん。一緒に推し活してるわけじゃないから。だからケーキも、この味でこの値段はあり得ないとか言うんだよ」
「価値を測るところが間違ってますね」
味に対する値段ではないのだ。これは。
「普通に美味しいんだけどね。食べたいけど切っちゃうのがもったいないな」
「そうですね」
「とりあえず、先にチキン食べようか」
「そうしましょう」
二条さんは、シャンパンも用意してくれていた。すごい!めっちゃクリスマスっぽい!
「飲んだら送っていけなくなっちゃうけど、泊まっていけばいいよね」
「電車で帰れますよ?」
わざわざ送ってもらわなくても、と首を傾げると、二条さんはシャンパンを開けながら意味深に微笑んだ。なんだ?
ケーキはもちろん、チキンとシャンパンも美味しくて、話も弾んで凄く楽しかった。二条さんの部屋には大量のCDが置かれていて、端から順番に眺める。
「サントラとかもいっぱいありますね」
「好きなんだよね。ドラマのサントラも結構あるよ」
俺が知らないドラマや映画もいっぱいあって、幅広く色々見てるみたい。
ケーキを食べた後は、残りのシャンパンを飲みながらDVDを見ることになった。
✦✦✦
「⋯⋯君、理人君」
耳許で囁くような声が聞こえる。瞼が重い。目を開けるのが億劫で、俺は寄りかかった肩に頰を擦り寄せた。
そっと髪を撫でられる感触がある。心地良さに溜息が漏れると、髪を梳くような動きに変わる。
「起きた? 帰れる?」
「⋯無理」
短くそれだけ答えると、頭上でくすっと笑う声が聞こえた。
指先が頰を撫でてくる。俺の意識があったのはそこまでだった。
✦✦✦
「ん⋯」
眩しさに目を擦りながらうっすらと目を開けると、カーテンの隙間から朝日が差し込むのが見えた。
ん? 俺の部屋じゃない。どこだここ。
そう思って顔を横に向けると、二条さんのドアップが視界に入って来て、思わず声を上げそうになった。
思い出した。昨日あのまま寝ちゃったんだ。
俺は二条さんと2人で一緒に大きなベッドに横になっていた。
えっ、待って、どゆこと⋯?
パニックになりかけたところで二条さんが起きる気配があり、反射的に背中を向けてしまう。
「んー、理人君、起きた?」
「お、おはようございます。すみません、俺、寝ちゃったみたいで⋯」
「うん。帰れる?って聞いたら、無理って返ってきたから」
「うぅ⋯。すみません」
電車で帰れますよとか言っておきながら、このザマだ。
「ちょっと飲ませ過ぎちゃったかな。気分悪いとかない?」
「大丈夫です」
そうだ、いつもビールしか飲まないのに、昨日出してくれたシャンパンが美味しくて、ついつい飲み過ぎてしまった。
チラッと背後を振り返ると、二条さんはあくびをしながらもベッドから降りる。
「朝ご飯用意するから、顔洗ったらおいで」
そう言って、ぽんぽんと俺の頭を軽く叩いて部屋を出て行った。
⋯なんだ今の。
なんか、まるで恋人同士みたいな。
変な想像をしてしまい、ボッと顔が熱くなる。
いやいやないない。男同士だし。
一応確認すると、服は昨日のままできっちり着たままだった。何かされた記憶は全くないけど、ソファで寝てしまったのをここまで運んでもらった記憶もないので、そうなると多少何かされていたとしても覚えてないのは不自然じゃない。
「うー」
どうしよう。いったいどんな顔をすればいいんだ。いや、何もないなら普通の顔してればいいんだけど。
本当にただ親切で泊めてくれただけなら、変に疑うのは失礼だ。それに俺の方が酔って変なことをしている可能性もあるわけで。
とりあえず記憶ないことを伝えて、昨夜のことを聞くべきだろう。
俺は顔を洗ってリビングへ向かった。
「あの、俺昨日、変なことしてませんでした?」
「変なこと?」
「酔っておかしなこと言ったりとか」
「特になかったけど、理人君、酒癖悪いの?」
「記憶無くすほど酔ったことないので、よくわからなくて」
促されてテーブルに着くと、おにぎりと味噌汁が出て来た。
「記憶無くすって感じじゃなさそうだったよ。ただ寝ちゃってただけだし」
「そう、ですか⋯。迷惑かけてないならいいんですけど」
「全然大丈夫だよ」
二条さんは邪気のない笑みを浮かべる。本当に何にもなさそうなので、俺もほっと息をついた。
「ご飯で良かった? 昨日のケーキもあるから、パンより米が食べたくて」
「わかります。おにぎり美味しいです」
「良かった」
結局、その日も何の予定もないという二条さんに甘えて、その後一緒にケーキを食べて、午後までのんびりしてしまった。




