71.投獄
背中に硬く不快な感触を覚え、俺は目を覚ます。
視界に映ったのは、暗く不気味な石造りの小部屋。
奥の廊下につながる扉は、太い鉄格子で作られていた。
動くものは、蝋燭の炎がただ淡くゆらめくのみ。
一刻も早くこの空間から抜け出したいという不安と焦りに駆られ、俺は立ち上がる。
うまく力が入らない。
ふらふらと左右に揺れながら、俺は何とか立ち上がる。
そして、鉄格子の降りた扉に向かって歩き出す。
その瞬間、俺の体は後ろに引っ張られた。
踏ん張ることも叶わず、俺は声にならない声を上げながら背中を壁に打ちつける。
じわじわと痛みが全身に伝わる。
痛みに頭がまともな稼働を始めると、状況を理解するのは容易だった。
両手首の硬い感触。
振り返れば、頑丈な鎖が壁から伸び、そして俺の両腕へと繋がれていた。
俺は投獄されたのだ。
リーデマンは俺に極秘の計画を話し協力を迫った。
だが、俺はそれを断った。
もし俺が通報すれば、リーデマンの計画はたちまちのうちに白日のもとに晒され、彼は反逆罪で縛り首だ。
それは何としてでも避けなければならない。
なら、奴がこの後何をするつもりなのかは明白だ。
死人に口なし、巧妙に事故や他人の仕業を装って殺害する。
疑われはするだろうが、この世界にまともな捜査技術があるとは思えない。
リーデマンに、俺を生かしておく理由はもはやない。
いい計画がまとまれば、俺はすぐにでも殺されるだろう。
脱出など不可能だ。
体を巡る魔力の流れは先ほどまで以上に乱され、魔法どころかただ動くことすら難しい。
手枷を破壊したうえ頑丈な鉄格子を破り、そして張り巡らされた結界と油断なき監視の目を突破する。
万全な状態ですら不可能に思えるこの手順を、今の俺が踏めるわけがない。
まあ、魔法か何かで俺の記憶を消し去り、解放してくれる可能性もゼロではない。
だとすれば、少しでも神妙な雰囲気を演じるのが吉か。
せっかく温情をかけようとしていたのに、無理な脱出を企てて翻意されたら本末転倒だ。
まだ空腹も喉の渇きもそれほどではない。
向こうからアプローチがあるまで、大人しくしていよう。
その時、隣から呻き声が。
先客かと思いながら見やると、玖珠田が俺と同じような状態で苦しげな表情を浮かべていた。
悪夢でも見ているのだろうか。
それ以外に見るものもないので見つめていると、やがて目ぶたがゆっくりと開かれた。
「ん……ここは?」
玖珠田がこちらに気づく様子はない。
半ば寝ぼけたような緩慢な動作で立ち上がると、前に一歩踏み出す。
そして、俺と同じ轍を踏んだ。
「えっ──ああっ!」
頭を思いっきり壁に打ちつけた玖珠田は、悲鳴を上げるとへなへなと座り込む。
「……何よこれ、どうなってるの……?」
腕を上下左右に動かし鎖をガチャガチャと鳴らしたり、前に進んで鎖を壁から引っこ抜こうとしたりと、玖珠田は必死の脱出を試みる。
本人としては至って真剣なのだろうが、一周回って冷静になった後で外野から見ると、その姿は何とも滑稽なのであった。
一通り試して、自らを解放することは不可能だと悟ったのだろうか。
玖珠田はやがて小さくため息をつくと、脱力して背中を壁に預ける。
「……何なのよ、あの貴族の仕業なの? 何でこんな……」
ここで絶望せずに、すぐ悪態をつき始めるのは玖珠田らしい。
……と思ったら、言葉はそこで途切れた。
俯いた玖珠田の頬を、一筋の涙が伝う。
その顔は、紛れもない不安と恐怖に染め上げられていた。
「助けてよ、神埼……」
玖珠田はそう呟くと、嗚咽を漏らす。
……いや俺に言われましても。
「残念、俺にもお手上げだ。魔法が封じられたんじゃどうしようもないな」
答を返すと、玖珠田は一瞬驚きに目を見開く。
「……いたの? 神埼」
いや気づいてなかったのかよ!
じゃあどうして俺に助けを求めた。
「最初からいたわ。お前のなっさけない姿も全部この目で見てやったさ」
「なっ!? そんな、なっさけない姿って……」
玖珠田の顔が、赤く染まる。
この非常事態に恥ずかしいも何もあったもんじゃないとは思うが。
「……とにかく、脱走は現実的じゃない。食事がもらえるかも分からんし、少しでもエネルギーを残しておくのが吉だ。ということで俺は寝る」
このままだと玖珠田にあれこれうるさく言われそうなので、さっさと会話を切る。
流石の彼女も怒る気力がないのか、聞こえよがしなため息をついた後は何も聞こえてこなかった。
* * *
先日の魔王軍との戦いで大戦果をあげた、アルトの冒険者たち。
彼らは王都での歓待を受け、日々を幸せに過ごしている。
だがその中に一人、不安に気を揉んでいる少女がいた。
「……しーちゃん、どうしてるんだろ」
「確かに、ここまで帰りが遅いと不安だよね。……まあ、そのうち帰ってくるんじゃない?」
「そうかなぁ……」
親しい友人と話していても、少女の心が晴れることはなかった。
「……ごめん、さくら。やっぱり今日はむりかも……。帰るね」
「……うん、わかった。でもあんまり思いつめないでね?」
友人を置き、少女は自室へと戻っていった。
少女の悩みの種は、貴族との決闘に赴き、帰ってこない者のこと。
優秀な修道士もついているから、誤って死んでしまったなどあり得ないと分かっている。
その貴族は評判もよく、少女の心配など杞憂に過ぎないと誰もが思っていた。
だが少女は、どうしてもそう自分を納得させることができないでいた。
少女の名は、三城茉里。
とある人物からは、いつも底抜けに明るくて考えなしと評されている人物だ。
だがこの数日間は、変わり果てた様子でいる。
「……やっぱり、おかしい」
三城の心の中で、不安は疑いへと昇華した。
「4日も帰ってこないなんて……。ぜったい何かにまきこまれてる」
疑いは確信へ。
自室を飛び出し、三城は再び友人のもとへと走っていく。
「さくら! いっしょに行こうよ、しーちゃんのとこまで」
「えぇっ!? やめておいた方がいいって。捕まっちゃうよ」
「でも……っ!」
溢れる思いを言葉にすることができず、三城は歯を食いしばる。
泣き声をあげることなく、ただ大粒の涙が自身の顔を濡らす。
「まり、私も行く。絶対に何かが起こってる、よくないことが」
三城に声をかけたのは、土岐枝千尋。
彼女もまた、この事態に不安をおぼえていたのだ。
「神埼がトラブルに遭ってんなら、友達として助けに行かねえとな。俺も手伝うぜ」
「私も協力するよ。神埼くんは、私たちの大切な仲間だもんね」
井川翔と、日比野美月。
頼もしい戦力の登場に、希望が三城の心に光を灯す。
「今日は作戦を立てて、明日戻ってこなかったら作戦実行。それでいいかな?」
日比野の提案に、皆が賛意を示す。
「他にも誰か参加してくれないか、聞いた方がいいかな? 清水くんとか」
「いや、あんまり人が多いと目立つし、この方がいいんじゃねえか?」
作戦会議は進み、たちまちのうちに時間は過ぎていった。
結局、その翌日になっても状況は変わらなかった。
「ここが、貴族リーデマンの屋敷か。でけえな」
「なんか不気味だね……。でも、行かなくちゃ」
闇に紛れ、4つの影が巨大な邸宅の前に潜む。
「よし、行こう」
4つの影は、歩を進める。




