70.追い込まれました
リーデマンの叫びを受けて、屋敷の者たちが一斉に向かってくる足音。
それは俺をどうしようもなく焦らせた。
「閣下、何事でございますか!」
考える暇もなく、腰に剣を携えた騎士たちが部屋に押し入ってくる。
「彼に突然襲われた。捕えろ!」
反論しかけるも、それは無意味だとすぐに思い直す。
この場に味方はいない。全員がリーデマンの支配下にあるのだ。
ここまで大人数の、しかも武装した者たちを相手に勝利など不可能だ。
咄嗟にテーブルの下に潜り込む。
相手は大柄、わずかな時間稼ぎにはなるだろう。
剣を生成し、死角から攻撃するか……。
ん?
俺は、普段と同じ魔力操作に違和感をおぼえる。
スムーズに手先へ、杖へと集まるはずの魔力が言うことを聞かない。
「閣下、奴は魔術師なのでしょう? ならば恐るるに足りませぬ。この屋敷全体を覆う結界は、侵入者の魔術をかき乱します。奴は手も足も出せませぬ」
「……そのようだな。さすがはスミス、お前の結界は素晴らしい」
リーデマンは、こちらが何一つできないのを確認すると、スミスというらしき銀髪の部下に賞賛を贈る。
「奴は袋の鼠だ! テーブルを囲め、逃がすなよ!」
しまった、隠れたのは悪手だった。
さっさと窓を割って逃げればよかったものを。
今や俺は剣を構えた騎士たちに囲まれた哀れな獲物。
どうしたものか……。
その時、部屋に駆け込んできた騎士が朗報を告げる。
「閣下、アリスティアお嬢様のお姿が見えませぬ!」
「何!? ……すぐに捜せ、ここにいる者も向かうんだ!」
リーデマンの指示に、俺を包囲していた騎士のうち数人が食堂を出てゆく。
残る者たちも、そちらに意識を奪われているらしい。
今しかない!
「うおおおおおっっ!!」
「なっ、何を──ぐあっ!」
俺は地面を蹴って走り出すと、目の前の騎士の腹に杖をめり込ませる。
騎士は窓に激突し、窓は鋭い音を立てて砕け散った。
背中に刺さったガラスの痛みに悶える騎士を踏みつけ、俺は先ほど決闘した庭に走り抜ける。
「追えーーっ! 魔術師はまだか、奴の動きを封じるのだ!」
「今はお嬢様の捜索に駆り出されている、我らで捕えるしかない!」
後ろから聞こえる会話は、状況が好転したことを示している。
重い剣をぶら下げた騎士が俺に一瞬で追いつけるとは思えない。
このまま一直線に敷地を抜け、天下の公道へ大脱出──
「安心しろ、奴とてこの邸宅を覆う結界からは逃れられまい!」
後ろで声を張り上げる騎士の言葉に、俺は意識が飛びそうになる。
当たり前だ。ここまで厳重な警備を行っているリーデマンが、虫1匹通さぬ物理結界を張ることに思い至らないわけがない。
だとするなら、この広大な庭のどこかに身を隠さねば。
「隠遁!」
広々とした庭の中でもひときわ目立つ、一本の大樹。
その木陰に。俺は迷わず飛び込んだ。
屋敷の外は問題なく魔法が使えるようで、地面に顔からぶつかることはなかった。
「おい、消えたぞ!」
「茂みの中も木の上も、苔の裏に至るまで調べ尽くせ!」
騎士たちは庭中に散らばり、辺りを捜し始める。
幸いなことに、たとえ土を全て掘り返されたとしても俺は見つからない。
原理は不明だが、俺は今、異空間の類に入り込んでいるようなのだ。
このまま日が暮れて、騎士たちが諦めるまで待ってから、門から逃げることにしよう。
そこを通ってこの異常な屋敷へと入ってきたのだ、きっと出ることもできるはず。
淡い期待をしながら、外の様子を伺っていると。
「ちょっと、離しなさいよ! 何のつもりなの?」
「隊長殿、中庭にいた女を捕らえました! おそらくは奴の仲間だと思われます!」
屋敷の方から、騎士がやってきた。
その横には、お縄にかかった玖珠田。
「そうか。準備ができ次第、屋敷内で尋問しろ。
……いや、ちょっと待て」
隊長は、邪悪な笑みを浮かべる。
「何があったのか説明してよ、私はいちおう客なんだから──」
不満を述べる玖珠田の腹を、隊長は蹴飛ばした。
地面に倒れ込んだ玖珠田は、さらなる蹴りを受けて声にならない声をあげる。
……これあれか、投降しろ、こいつがどうなってもいいのか的な奴か。
「見ているんだろう、曲者め! 今すぐに出てこい、さもなくば貴様の連れが地獄を味わうぞ!」
俺の推測を裏付けるかのように、隊長が声を張り上げる。
見る間に玖珠田は十発を超える打撃を受けた。
あの状態では、とても自分に回復魔法をかけることなどできない。
リーデマンがどういう人間なのか分からないが、絶対に殺さないという保証はないのだ。
黙って見ているわけにもいかなくなってきたようだ。
魔力操作は問題ない。
俺は杖の先をわずかに出し、屋敷のほう、もっと言えば屋敷の反対側に狙いをつける。
「『火炎旋風』っ!」
杖の先から飛び出したのは、全てを焼き尽くす業火ではなく、煙のような魔素の塊。
同じ魔法でも、イメージするものを変えれば大きく変化する。
その特性を最大限に活かした形だ。
魔素は誰にも気づかれることなく、放物線を描いて屋敷を越え、反対側の地面に溜まっていく。
今だ!
轟音とともに、屋敷の背後から火の手が上がった。
「奴の仕業だ! 捕えろ、逃がすなっ!」
騎士たちは盛大に騙され、一斉に屋敷の方へと駆けていく。
俺は周りに屋敷の者がいなくなったのを確認すると、大樹の影から出る。
ひとまずは、玖珠田を救出せねば。
道の真ん中で倒れ、全身から出血している玖珠田に駆け寄ると、テコの原理で背中に背負う。
「あ……あんたねぇ、私が酷いことされてるの横目で見てたわけ? 薄情にもほどがあるわよ……」
「あの状況でのこのこ出ていく馬鹿がいるか。さっさとこのお化け屋敷から逃げ出すぞ」
流石に反論はなかった。
微かに「どこへ行った!」とか「この近くにいるはずだ!」とか聞こえてくるから、まだ陽動作戦だとバレてはいないようだ。
繊細な装飾が施された、金属製の門。
期待していなかったが、幸運なことにその門は開け放たれていた。
俺は一切の躊躇なく、門を通り抜ける。
その瞬間、体中に雷のような痛みが走る。
直後に全身の筋肉が硬直し、俺はなすすべなく転倒した。
しまった、門が開いていたことを疑うべきだったか。
「いたぞ!」
「結界は門にもかかっている。それに気づかないとは愚かな奴め」
屈強な男に足首を掴まれ、引き摺られていくのを感じる。
同時に、俺の意識は闇へと飲み込まれていった。




