69.陰謀
リーデマンは立ち上がると、窓から見える木々を愛おしそうに眺める、
「僕が丹精込めて育てた庭だ。美しいだろう? 魔物にも人間にも破壊されることのない、永遠の箱庭だ」
「はあ、まあ確かにいい趣味をなさってますけども……」
いったい彼は一体何をしようとしているのか分からない。
リーデマンは、やにわに手を広げる。
「それに比べてこの王国はどうだ? 都市も村も、魔物の危険に晒されている。そればかりか、民は上位者の支配に喘いでいる。理想とは程遠いね」
よく分からないので、適当に相槌を打つ。
リーデマンはそれを同意と捉えたのか、さらに口を開く。
「全ての原因は悪辣な王族だ。奴らは権力と地位を濫用して、自分に富を吸い上げている。割を食うのはいつだって民なんだよ。ここ王都だってそうだ。市民の生活はひどいものだよ」
俺の目には、先の侵攻からかなり復興し賑わいを取り戻しつつある王都が映ったが、まさかそれは幻影に過ぎないのか?
なんとも疑わしい話だが……。
「僕の領地を拠点とし、新たな国を建てる。そして悪徳なる王族を滅ぼし、この王国をまるごと美しい国に変えてみせる。それが僕の使命なんだ!」
リーデマンは、何かに取り憑かれたような様子で喋り続ける。
「……ところでカンザキ君、君も活躍した先の戦いで、民はどこに避難したか知っているかい?」
突然、質問が振られた。
「比較的安全な南側に避難した、と聞きましたが。王都防衛軍の情報なので間違いないかと」
「その通り。でも完全に守られているとは言い難いだろう? 実際、魔物の一部は城壁の中に侵入した。一つ間違えば、避難していた民が多く犠牲になった」
まあ、これに関してはリーデマンの言うことにも一理ある。
しかし緊急事態だ、それを責めるのは酷ではないか?
と思ったら、リーデマンはとんでもない言説をおっぱじめた。
「民が寒く危険な屋外で身を寄せ合っている間、王族はどこにいたと思う?
王城の地下深く、神代級魔法を打ち込まれてもびくともしない要塞の中だ。全く、酷い話だと思わないかい?」
「はあ……」
まあ高貴な身分なわけだし、おかしなことでもないと思うがねえ。
地下に全員が入るような巨大なスペースは作れんし。
俺の反応がいまいちだったせいか、リーデマンの語気が強まる。
「それだけじゃない! 重い税金に理不尽な法律、民をいたずらに縛るものばかりだ。思い返してみれば、きっと何か思い当たることがあるはずだ」
「……そういえば、最近飯の値段が高くなったような……でもそれは害虫のせいだって──」
リーデマンは俺の話を遮り、食いつくように話す。
「ほらみろ、民は知らず知らずのうちに金を奪われている。国全体で見れば莫大な金額が、不当に蓄えられているんだ!
やはり民を救うには、王族を倒すしかない」
なんだか面倒なことに巻き込まれたな。
とっとと帰って、三城に騒がれたほうがマシだ。
「そうは言っても、確実な証拠がなければ、協力することはできませんよ。口先だけの話で、人殺しをするわけにはいかないんでね」
俺の反論を受け、リーデマンは押し黙る。
やがて、その口が開かれた。
純白の歯が並んだ、歪んだ三日月形に。
「証拠か。証拠ならあるとも、王族が不正をしている証拠がね。
……えーっと、これだ。これを見てくれ」
リーデマンは、テーブルの下から書類を出す。
食堂にそんな書類が置いてあること自体、何でやねんと突っ込みを入れたくはなるが……。
「……『農作物の買い占め計画』?」
「そうだ。市場から小麦も、野菜も、果物に至るまでを買い占め、困った民に高値で売りつける。いったいどうしてそんな残酷なことができるんだと言いたいところだが、一貴族の身としては声を上げることも許されない。僕はこうして、証拠を集めるしかないってことさ」
リーデマンは、さらに書類を積み上げる。
その全てが、国王が貴族に向かって悪事をするよう呼びかけているものだった。
「……どうだい、カンザキ君。協力してくれる気になったかい?」
「そうですね、ぜひ喜んで正義のために戦いましょうか。
……この書類が本当だったならばね」
リーデマンの顔が曇る。
「閣下の主張が正しいのであれば、これらは国王が貴族に宛てた内密の書ということになります。それはそれは高級な紙を使っているのでしょうね」
俺は手近にあった書類の表面を手でなぞる。
木の繊維がまばらに残り、色もくすんだこれらの紙は、明らかに二流品だ。
「カモフラージュさ。大事でもない通達に見せかけて、中には卑劣なことが……」
「それに、俺の身分証のものと王家の紋章が違います。本当に国王が書いたのなら、スタンプか何かでやっているだろうから、全て同じ見た目になるはずです。ていうか、そうでなければ証明にならないでしょう」
ポケットから身分証を出し、書類のそばに置く。
色味も異なるし、何より細部の作りが粗雑だ。
「これらを総合すれば、自ずと真相がわかる。
……この書類は、国王の悪事の証拠などではない。何が目的か知ったこっちゃないが、あなたが王族の権威の失墜を狙って作った偽造品」
リーデマンの表情が、能面のように色と表情を失う。
「何か言い訳がありますか? 俺はこれを公的機関に報告する。1週間もすれば、騎士たちが大挙してこの屋敷に押しかけてくるでしょうね──」
瞬間、リーデマンはこちらに向かって地面を蹴った。
「うおおおおおおっ!!」
その手に、銀にきらめく剣が握られていると気付いたのは、さらに数瞬。
「ぐっ! 客人を殺す気か、だがこれで疑いは確信へと変わったぞ!」
机の脚に立てかけてあった魔法の杖を取り、間一髪で剣戟を防ぐ。
だが……。
「曲者だ! 取り押さえろ!」
陰謀渦巻く広大なリーデマン邸に、家主の声が響き渡った。




