67.貴族令嬢と戦いました
アリスティア・フォン・リーデマン。
名家と名高いリーデマン家の一人娘にして、剣術と魔術の達人。
リーデマンを呼びにやってきた王都防衛軍を侵入者と間違え、全員を一太刀で気絶させたというぶっ飛んだ実績を持っているらしい。
そして今、俺は……。
「剣術も魔術も併用した、一番勝負。それで構いませんか?」
「ええ、大丈夫です。……どうぞお手柔らかに」
そのアリスティアに決闘を申し込まれている!
「じゃあ、審判は僕がやろう。では……始め!」
リーデマンの合図と同時に、アリスティアは地面を蹴って素早く斬り込んでくる。
回避は間に合うまい、魔法で止める!
「風刃!」
俺の手から、鋭い切っ先の空気の刃が飛び出す。
が、アリスティアはいとも容易くそれを剣で両断した。
「何っ!? ……ぐっ!」
俺は剣を構え、アリスティアの剣を正面から受け止めた。
そのあまりに重い一撃に、足が地面にめり込む。
何とか持ちこたえ、アリスティアを振り払って後ろに飛びずさる。
アリスティアが再び斬りかかってくることはなかった。
ただこちらを見据え、技量を見計っている。
「刀剣生成!」
俺は両手を広げると、魔力を一気に注ぎ込む。
10本を超える剣が、雷神の太鼓のように円を描いて生み出される。
初めの頃は1本ずつが限界だったが、俺も成長したものだ。
アリスティアも、面白いものを見たといった様子で笑みを浮かべている。
「その期待に応えてやる……テレキネシス!!」
俺の手の動きに合わせ、剣は一斉にアリスティア目がけて宙を舞う。
「受けて見せましょう……円環!」
アリスティアは、剣を大きく回す。
そのたった一太刀で、俺の放った剣は全て撃ち落とされた。
俺は、その光景をただ呆然と見ることしかできない。
アリスティアは、こちらに向き直る。
その目は、獲物を狩る猛獣のようであった。
瞬間、アリスティアは光の速さでこちらに飛んでくる。
まずい、このままだと死ぬ。
ひとまず逃げなくては──
「隠遁!」
俺は近くの木の影へ飛び、その中に潜る。
まったく便利な魔法だ。
「……どこへ行ったのですか? 戦いの最中に逃亡するとは……」
アリスティアは辺りを見渡し、呆れたような声を出す。
あのままだったら死んでたから、許してほしい。
だが、このまま籠っているわけにもいかない。
敵前逃亡扱いで失格になってしまう。
杖の先端だけを影から出し、アリスティアに狙いをつける。
確実にダメージを与えられ、回避の難しい魔法……。
「ここで呼吸せしものの肺を焼き、その全身に地獄の苦しみを……『煙霞』っ!」
杖の先から、禍々しく昏い瘴気が広がる。
アリスティアがそれに気づいたのは、毒の霧をしっかりと吸い込んだ後だった。
「これは……っ!? 体が重い、苦しい……」
先ほどまで毅然と構えていたアリスティアは、立っていることもできずに地に膝をつく。
それを待ち、俺は影の中から姿を現す。
「一体これは何のつもりですか……? 毒の魔法を使うとは卑怯な……」
地面に倒れ伏したアリスティアは、俺を恨めしげな目で見上げる。
「おや、何かいけませんでしたか? それはすみませんね、何せ初めてなもんで。
……これで終わりだ。煉獄の炎よ、世界の全てを焼き尽くせ……『火炎──」
「スペルジャミング!」
突然、外野から声が響く。
同時に、俺の杖の先に浮いていた真紅の魔力が、一瞬で消え失せた。
「玖珠田! 一体何のつもりだ!」
「当たり前よ。あんたの魔法をまともに食らって耐えれる人間なんているわけないでしょ?」
玖珠田は、聞こえよがしにため息をつく。
「……リーデマン閣下、この場合はどうすれば?」
「そうだねぇ……。まあ、状況を考えれば間違いなくカンザキくんの勝ちだね」
リーデマンの言葉を聞き、アリスティアはがっくりと項垂れる。
その後、毒をまともに受けたアリスティアは、玖珠田がぶつくさ言いながら治療した。
回復したアリスティアは、今は別室で休んでいるそうだ。
「いやまさか、アリスを倒すとは思わなかったよ。親の欲目かもしれないがね」
「いえいえ、何度死ぬと思ったことか。ギリギリの戦いでしたから」
「本当にねえ。あんたって本当に卑怯な手ばっかり使うんだから」
謙遜すると、横から玖珠田が横槍を入れてくる。
リーデマンの話を聞くと、アリスティアは自身に剣術を教えてくれた父リーデマンを尊敬し、模範としているそうだ。
もしリーデマンが敗北することがあれば自分が仇を取ってみせると、常日頃から豪語していたらしい。
中庭で魔術の鍛錬に励んでいたところ、リーデマン敗北の一報を聞き、すっ飛んできたようだ。
何とか勝てたからよかったものの、負けていたらどうなったことか……。
「ははは、そう気にすることはないよ。アリスも、この負けを経験して強くなるだろう」
「いやっ、これ以上強くなられたら大変なことに……」
戦いの後、リーデマン邸では穏やかな時間が流れていた。
「……ところで、君に一つ頼みたいことがあるんだ」
リーデマンはふいに真剣な表情になる。
「アリスティアはもういい歳、そろそろ結婚相手を探さないとと焦っているんだよ。
自分で言うのもなんだけど、うちくらいの名門貴族に婿入りする場合、決闘で家主に勝つことが条件とされることが多いね。
そして君は、家主である僕だけでなく、僕より強いアリスにも勝った」
何だか雲行きが怪しくなってきたぞ?
「ちょっ、リーデマン閣下? いったい何を……」
「カンザキ君、君には婚約者はいないんだったね?」
昨日あんなことを聞いてきたのは、これが狙いだったのか!
「待ってください、俺は……」
冷や汗が首筋を伝い、紅茶を持つ手は震え、カチャカチャと音を立てる。
が、リーデマンはそんなこと気にも留めず、話を続ける。
「カンザキ君。どうか、アリスティアと婚約してはくれないか?」




