66.決闘
王都の一等地にある、広大なリーデマン別邸。
その庭の一角で、俺とリーデマンは相対している。
「魔法はなし、剣だけの勝負でいいかな?」
「魔術師として思うところはありますが、剣術の腕も磨かねばと思っていたところなので、その条件で構いませんよ」
とは言ったものの、勝てる気は全くしない。
使うのは真剣、傷口から鮮血を噴き出しながら倒れる俺の未来が脳裏に浮かんだ。
「……と言いたいところですが、死にそうなので何とかなりませんかね?」
おずおずと切り出すと、リーデマンは笑い声を上げた。
「ははは、君は正直でいいねえ。確かに君は魔術師、剣だけの勝負は不公平だろうな。
そうだ、君が連れてきた修道士のお嬢さんに支援魔法をかけてもらうというのは?」
なるほど。
「任せてよね……パワード! アクセラレーション! プロテクト!」
リーデマンのその言葉を聞くや否や、屋敷の軒下で優雅なティータイムを満喫していた玖珠田が大量の支援魔法をかけてくる。
その声に合わせ、俺の体が色とりどりに輝いた。
……何だこれ。
支援魔法を使う機会があまりなかったからかもしれないが、体が異常なほどに軽く感じる。
効果が切れた瞬間に地面にめり込むんじゃなかろうかというほどの変わりようだ。
「準備ができたようだね。じゃあ、始めようか」
「刀剣生成!」
右手から白銀の剣が生えてくる。
俺がそれを握るのを待って、リーデマンは剣を体の真芯に構える。
「よーい……始め!!」
言うが早いか、地面を大きく蹴って駆け出したリーデマンの剣先が、顔の目の前に迫る。
紙一重で俺はそれを躱し、飛びのいて大きく距離を取る。
支援魔法がなければ、俺は早くも敗北を喫していただろう。
「反応が早いね。ならばこれはどうかな!」
リーデマンは、左右に大きく動きながら近づいてくる。
残像がもう1人のリーデマンを生み出し、俺の目には2本の剣が襲いかかってくるように映った。
回避は間に合わない!
俺はとっさにもう1本の剣を生成し、左右から切り掛かってくる剣をそれぞれで防ぐ。
金属同士がぶつかり合う、甲高い音が響く。
「重い……っ!」
まるで迫りくる巨岩、腕を動かすことさえままならないほどにその一撃は重かった。
攻撃が通らなかったことを確認すると、今度はリーデマンが飛びのく。
「驚いたよ。まさか二刀流で受け止めるとは……だが負けるわけにはいかないね!」
一瞬のうちに体勢を立て直すと、リーデマンは再び斬りかかってきた。
俺はその攻撃を避け、あるいは正面から受け、戦い続ける。
しかし、崖の淵でかろうじて踏みとどまっているようなもの。
気を抜けば濁流に突き落とされることになる。
何か打開策はないか……。
剣を握る手に、思わず力がこもる。
「……そうか」
禁止されているのは魔法の使用のみ。
剣に魔力を込めるだけなら問題ないだろう。
俺の剣が魔力を纏い、仄かな光を帯びる。
「僕の必殺技だ。果たして耐えられるかな……何!?」
俺の剣とぶつかり合ったリーデマンの剣が、一瞬にして弾き飛ばされる。
剣は宙を何度も回転した後、遠く離れた地面に突き刺さった。
「これは魔法じゃないので、文句は言わないでくださいよ」
俺は、武器を失い動揺するリーデマンの首元に、剣先を近づける。
屋敷の中にて。
目の前に並べられているのは、繊細で優美に飾り付けられた、見るからに高級な料理。そして、アルコールを飛ばした高級ワインもどき。
俺たちは、リーデマン邸にて昼食を振舞われているのだ。
……前々から思っていたのだが、この世界、食に関してだけは一丁前だ。
中世ヨーロッパにはトマトもジャガイモもなかったそうだが、普通にその辺の畑で育っている。
砂糖や塩の類もやたらと豊富だから、味付けにも事欠かない。
まあ、現代人としてはありがたい限りだ。
「まさか、負けるとは思わなかったな。油断していた。
……いや、あれは実に見事な手だった。さすがは魔術師といったところだね」
リーデマンは俺を恨む様子もなく言うと、一口大に切った肉を口へ運ぶ。
「いえ、剣技を比較すれば私の完敗です。あくまでルールの不備を突いた奇策で勝利しただけですから」
でも、こうでもしなきゃ今ごろ首が飛んでただろうし、まあ許してほしい。
「たとえそうでも、勝ちは勝ちだ。リーデマン家の当主として、君の実力は保証しよう」
この貴族、かなりいい人だ!
その時、バタバタと忙しない足音が聞こえる。
慌てたような使用人たちの声も。
「い、一体何事ですか?」
「やはり来たか……。カンザキ君、これから君には大いなる試練が課せられることになるだろう。健闘を祈るぞ」
「ど、どういう事ですか──」
重厚な木製の扉が、勢いよく開かれる。
稲妻のような速さで食堂に侵入してきた人物は……。
「父上、決闘に負けたとは本当でございますか!?」
リーデマンのことを父と呼び、腰には剣と杖の双方を提げた少女。
「アリス、僕が負けたのは本当だ。だが、まずはお客人に挨拶をしなさい」
リーデマンに諭され、少女ははっとした様子でこちらに向き直る。
先ほどまでの慌てた様子とは一転し、少女は優雅な仕草で礼をする。
「失礼しました。私はリーデマン家の長女、アリスティア・フォン・リーデマンと申します」
と思ったら、アリスティアはやにわに表情を険しくする。
「カンザキ・シグレ殿。私は、あなたに決闘を申し込みます」




