65.貴族との出会い
王都での戦いは、大勝利のうちに終わった。
魔術師が魔物を焼き尽くし、戦場に躍り出た剣士は魔物を一瞬のうちに斬っていく。
太陽が真上まで昇る頃には、平原を覆い尽くさんばかりの魔物は消え失せていた。
「見ろ、英雄たちの凱旋だ!」
「我ら人類に勝利がもたらされたぞ! 万歳!!」
「私たちを救ってくださり、ありがとうございます……!」
王都に入ると、たちまち住民の歓迎に包まれた。
皆から評価されるというのは、やはり嬉しいものだ。
「おい神埼、こんなに褒められてんだからすげえ額の報奨金が出るんじゃないか!?」
興奮を抑えきれない様子で、井川が話しかけてくる。
「まあ、それは間違いないだろ。王都の何十万の民の命を救ったんだからな。普段とは桁違いの額になるだろうな」
しかしまあ、そんなに貰っても使い道に困りはするが。
俺たちは、王城へと招かれた。
戦勝の宴というやつだ。
大広間には、王都防衛軍の兵士たちや指揮官、さらには身分の高い貴族と思わしき人も。
親しげに話し合っているのを見ると、今日は無礼講なのだろう。
俺の姿をみとめた貴族の一人が、笑みを浮かべながらこちらにやってくる。
「いや、あなたが噂のカンザキ殿ですか。今回の戦いでの活躍、実にお見事でした。
私はラインブルク家の第二王子、トマス・フォン・ラインブルクと申します。……こうして出会えたのも何かの縁です、お近づきの印にこれを」
そう言うと、トマスは何かを取り出して俺のポケットにねじ込もうとしてくる。
「な、何ですかこれ……って、これは受け取れません!」
「そんなこと言わず。いつでも援助いたしますから、私を家の継承者に推薦していただきたいのです」
「結構です、俺は働いて得た金しか使わない主義なんで!」
絶対後から厄介なことに巻き込まれるだろ!
何とか裏金王子トマスを追い払った後も、やたらと貴族に絡まれた。
皆の話を聞いていると、話の裏側も読めてきた。
貴族とて平和な生活を謳歌しているわけではなく、常に争乱に巻き込まれるリスクを抱えている。
領民の反乱、貴族同士の争い、あるいは魔王軍との戦いと、命がいくつあっても足りない。
そこにくると俺は、貴族たちの目には扱いやすい兵器として映るらしい。
まだ子供だと侮られているようだ。
魔法で全員ぶっ飛ばしてやりたいところだが、確実に晒し首になるので自重する。
「……まったく、嫌な奴ばかりだ」
人混みから離れ、独りなんだかよく分からん高そうな飲み物を嗜んでいると。
「散々な目にあったようだね。まったく礼儀がなってないから困る」
人の良さそうな笑みを浮かべた男が、こちらに近づいてきた。
「ええ、賄賂の類は全て断りましたが……。あなたは?」
「僕はエルンスト・フォン・リーデマン、とある都市を治めている貴族の端くれさ」
リーデマンの身なりや仕草は上品で、彼が名家の者であることを示唆していた。
「君の噂はかねがね。カンザキ君、だったかな? その若さで都市防衛隊の副隊長とは、尊敬するよ」
「光栄なお言葉です。もっとも、まだまだ強くなる気でいますがね」
「ははは、これは期待できそうだ。ぜひそうしてくれ」
リーデマンと歓談していると。
「しーちゃん、こんなところでなにしてるの?」
うげ、厄介な奴が来た。
「俺が何しようと勝手だろうが。ほれ帰った帰った」
「だって、なんとかっていう偉い人とか、かんとかっていうすごい人がしーちゃんのこと呼んでるんだもん」
「全部断れ。そういう奴らは大抵ろくな要件じゃねえんだ」
「えー……」
三城は口を尖らせながら、その偉い人だかすごい人だかの方に向かっていった。
……変な断り方しないだろうな?
少々不安を覚えていると。
「……彼女とは仲がいいのかい?」
リーデマンが話しかけてきた。
「いや、面倒な奴ですよ。いったい何度あいつのタチの悪いいたずらに悩まされたことか……」
俺の脳裏に、三城が俺に対してやってきたあんなことやこんなことが浮かぶ。
「そうなのか。今の様子を見ていると、てっきり婚約者か何か──」
「へ、変なこと言わないでくださいよ。そもそも、俺は一般人ですから、貴族みたく子供の頃から結婚相手が決まってたりとか、そういうことは一切ありませんから」
三城と一生を添い遂げるのだけは絶対に嫌だ!
ただのひと時も休まらないじゃないか。
そんな俺の返答を聞くと、リーデマンは驚いたような表情を作る。
「ああ、そうだった。すまない、僕には君と同じくらいの歳の娘がいるもんで、つい聞いてしまったよ。うちのアリスときたら、16にもなってまだ相手が決まらない。毎日剣術と魔術に明け暮れるばかりでね……。ああ、このままアリスが行き遅れたら、リーデマン家の名声は地に落ちてしまう……」
リーデマンは、いきなりそんな深刻な話を始める。
「……おっと、失礼した。宴の場でこんな話はよそう。
ところで君、魔術師だそうだが、剣術もできるかい?」
「……まあ、一応……」
休みの日に、たびたび野口に稽古をつけてもらっている。
まあ、それなりには上達してきたが……。
「ちょうどいい。僕は貴族だけど、もとは国王直属の剣士だったんだ。でも最近は腕が鈍ってきたんじゃと心配でね……。
良かったら明日にでも、僕の家で決闘をしないか?」
「けけ、決闘!?」
決闘ってあれだろ、負けた方が死の、文字通り命懸けの戦い……。
「ああ、そんな身構えなくてもいいよ。使うのは真剣だけど、本気で殺しにかかるわけじゃない。一種の模擬戦だよ」
「……ああ、ならいいですが……」
こうして、俺は武闘派貴族リーデマンと剣の勝負をすることになった。
万が一のために修道士を1人連れてきてほしいとのことだったので……。
「清水、そういうことだから来てくれないか?」
「ええっ? いや、僕はちょっと用事が……」
おや、清水が断るのは珍しい。
「用? ……ああ、荒川とデートの約束でも取り付けたか?」
「ちち、違う! 明日は治癒魔法の訓練があるんだ」
なら仕方ないか……。
じゃあ、いったい誰に──
「話は聞かせてもらったわよ! その役目、ふさわしいのはこの私よね!」
玖珠田?
「ああ、自称女神じゃないか」
「ちがーう! 町のみんなが認めるこの凄腕修道士に向かって何を言うのよ!」
玖珠田は顔を赤くして怒鳴る。
でも、そういえばこいつの実力は確かに規格外だった。
この前も、満身創痍の俺の傷が、一瞬にして治ったのだ。
玖珠田がいれば、まあ死ぬことはないだろう。
「じゃあ、頼んだぞ」
こうして、俺と玖珠田は貴族リーデマンの屋敷へと赴くことになった。




