63.ドラゴンと戦いました
「……ここはどこだ?」
目を覚ますと、見知らぬ部屋。
まるで病院のように色のない部屋で、俺はベッドに寝かされていた。
起きあがろうとすると、全身に激しい痛みが走る。
「おお、お目覚めになりましたか。すぐに医者を呼んで参ります」
足元の方に控えていたらしい白衣の男が、そそくさと部屋を出ていった。
どうやら、俺は重傷を負っているらしい。
自分の体を見れば、あちこちに包帯が巻かれ、血が滲んでいる。
しかし、いったい何でこんなことに?
俺は上空で雪を溶かしていたはずだが。
考えていると、男が医者を連れて戻ってきた。
ん? この医者どこかで見覚えが……。
「って、玖珠田美琴じゃないか」
「そうよ。何か悪い?」
白衣に身を包んだ玖珠田は、露骨に口を歪めた。
「というか、お前うちのパーティーで修道士やってるだろ。何で医者してんだ」
貯金がなくなっていることに最初に気づいたのは玖珠田だ。
「アルバイトよ。この病院の魔法治療担当が登山中に落っこちて怪我したとか何とかで、代わりの人を探してたから」
変わらず不機嫌な声で応答しつつ、玖珠田はこちらに近づいてくる。
「待て、回復魔法は魔法による負傷には効果が高いが、物理的な怪我には弱いんじゃなかったか?」
俺の怪我は、魔法によるものとは思えない。
正しい指摘のはずなのだが、玖珠田は憤然とした様子で口を開く。
「私を舐めないでよ。最近じゃ冒険者たちにアルトの女神とまで崇め奉られてる私の回復魔法、受けてみなさいよ……ヒール!」
その瞬間、こちらに向けられた玖珠田の手から、清浄な光が。
その光は俺を包み込むと、全身の痛みを奪っていく。
「……なるほどな。どうもありがとう、自称女神」
「なーにが自称女神よ!? 魔力調整ミスって干からびたあんたに言われたかないわよ!」
「待て何の話だそれ!?」
……マジかよ。
自称と言われて激昂した玖珠田によれば、俺は体の中の全ての魔力を消費し、気絶したらしい。
滑り落ちた俺の手を咄嗟に掴んだ荒川が、その拍子に空中歩行を解除してしまい……。
何とか下で網を張るのが間に合い、合い挽き肉と化すことは避けられたようだ。
「だーかーら、美鈴がケガしたのもあんたのせいなんだから。そっちも治療しなきゃいけないから、魔力よこしなさいよ」
そう言うと、後ろから朴葉が顔を出す。
「……そういうことだから、ごめんな」
「おいちょっと待てうぎゃああ! いくら何でも吸い取りすぎだ! 干からびるぅ……」
その後、再び抜け殻になった俺が意識を取り戻すのに、また1日かかったらしい。
「あー、酷い目にあった……」
「……もう空は嫌です……」
この一件は、俺と荒川に高所恐怖症という新たなステータスを与えた。
しばらくは、文字通り地に足のついた生活をすることにしよう。
そう思った矢先に──
「おい神埼、ドラゴンだぞ! ファンタジーの代名詞じゃないか!」
「そうだそうだ、こんなクエスト、受けないわけがないだろ!?」
興奮した様子の野口と若山が、受注書を俺に見せつけてくる。
そういえば、若山もこのパーティーに戻ってくることにしたらしいな。
……って、ドラゴンなんて絶対嫌なんですが!?
あいつらめちゃくちゃ空飛ぶじゃねえか……。
「なあ神埼、いいじゃねえかよ。行こうぜ!」
井川まで参戦してくる。
「もう、2人は回復したばっかりなんだから、気遣ってあげなよ。
……でも、確かにドラゴンって、何だかわくわくするよね」
日比野まで!
結局俺たちは、彼らの熱い要求に押し切られる形で、クエストの受注を決めた。
馬車に乗ってはるばると、北へ。
目に入ってきたのは、まるで富士山のような独立峰、ヴルカン火山。
荒々しい稜線の山体と辺りの噴石が、その山が活発に活動していることを物語っている。
そばの樹海は、かつて俺たちが敗れ、ラプラスによる支配を許した森だ。
今なお魔王軍が蔓延っていることだろう。
そんな魔王軍も手を焼いているのが、山麓の洞窟に住まう蒼龍。
討伐すれば、人間様の威光をゴブリン共に示すことができる。
俺たちは奮い立ち、霊峰に歩を進める。
洞窟の中は、不気味に青白く明るい。
明かりもないのに、不思議なことだ。
奥の方に、瑠璃のように蒼い鱗に覆われた龍の姿が目に入る。
「危ないっ!!」
突然、井川が身を翻して岩陰に飛ぶ。
見れば、龍が大きな口を開いてこちらに迫ってくる。
「避けろーっ!!」
俺も大きな声を上げると、壁に張りついて龍を避ける。
「うおおおおおっ!!!」
突然、若山が槍を振りかざし、雄叫びを上げながら龍の目の前に躍り出る。
止める間もなく、槍を構えて龍の口へと飛び込んでいく。
俺たちは、若山が龍に吸い込まれていくのを、ただ呆然と見るばかりだった。
ふいに、龍は大きな呻き声を上げる。
その口から、蒼い鱗と対照的な真紅の鮮血が吹き出す。
苦しむ龍の口から、血に濡れた若山が飛び出した。
まさか、死をも恐れず龍の喉を貫いたというのか!?
「俺が山奥で学んだのは、槍術だけじゃない。俺が身につけたのは強敵をも恐れぬ勇気だ!」
この洞窟の支配者は、いまや若山その男である。
図体のでかい龍は、翼を、胴体を、尾を、頭を槍に貫かれ、悶え苦しむ。
ついに耐えかねた龍は、この洞窟から脱出しようと翼を広げ、青空目指して飛び立つ。
「逃がすか!」
再び駆け出そうとした若山を、俺は静止する。
「待て若山、外なら『火炎旋風』が使える! 焼き殺すぞ!」
「……なるほど、分かった!」
俺たちは、苦しみに声を上げる龍の後ろを追う。
ついに、龍は洞窟の外へ飛び出した。
俺の出番だ。
「紅き鮮血の如き爆炎よ、天翔ける龍の如く天空を支配せよ……『火炎──」
俺は、それ以上言葉を発することができなかった。
誰も口を開くことなどできなかった。
樹海を超え、今まさに雄大な空へ羽ばたいていた蒼龍。
その翼が、胴がぴたりと静止したのだ。
揚力を失った龍は、魔王軍の蔓延る樹海へと墜落していく。
数瞬、木々の折れる音と、龍の全身の骨が砕け散る音が混ざり、不快な爆音を立てた。
「……いったい何が起こったっていうんだ?」
もちろん、俺がテレキネシスを使ったわけではない。
これは一体誰の仕業?
まさか、冒険者の半分を無力化し、俺を圧倒したあのルビアか!?
「奇遇だね、こんなところで会うなんてさ」
ふと声を聞いた。
そちらを見れば、杖をしまう城戸茜。
良かった、知り合いだった……。
……って。
「……まさか、お前がやったのか」
「そうだよ。植物採取しにきたら、血まみれのドラゴンが洞窟から逃げ出してたから、つい」
城戸はそう言うと、自慢げに髪をかき上げた。
異世界に来て初日、西も東も、それどころか上下さえわからぬ俺たちを襲ったケルベロスの大群。
それをまとめて麻痺させ、一掃した人こそ、城戸だ。
闇の攪乱とか言ったか。
それはもう恐ろしいほどに強い魔法なのである。
「……あれ、お前自分の魔力だけじゃ撃てないんじゃなかったっけ」
城戸がこの魔法を放つ時には、必ず魔力を人から人へ移すことのできる朴葉の力で、魔力を補給していた。
率直な疑問を口にすると、城戸は今更気づいたかのように目を見開く。
「あっ、そうだった……。誰か、ボクのことおぶって帰ってくれない……うっ」
そう言い残すと、城戸は岩場に頭から倒れ、気を失ったのであった。
「……お前も一文無しなのかよ!」
ぶっ倒れた城戸は、日比野が背負って帰った。
夕方ごろ意識が回復した後、蒼龍を倒したお礼に夕飯を奢れとせびってきたのだ。
断れるわけもなく、城戸はただ今俺の目の前で、幸せそうに定食を食べているのである。
嫌な予感を覚え、聞いてみたらこれだ!
「そうなんだよね。ほら、ボクって魔力が少ないから、せっかくの魔法が使えないじゃん。だからどこにいってもおジャマ虫扱いでさ〜……。朴葉くんがいればいいんだけど、なんかどこかの病院で働いてるらしいし……」
ああ、そういえば朴葉の奴、俺の魔力を根こそぎ吸いやがった。
「それで、このクラスに舞い戻ってきたと。
……待て、お前あの魔法以外に何の魔法も使えないとかないよな?」
だとしたら嫌だそんなお荷物。
「まさか。いろいろ使えるから安心してよ」
「……まあ、それならいいか……いざとなれば朴葉を引き摺り出してくればいいわけだし」
こうして、城戸は俺たちの仲間となったのだった。




