62.冬の到来
芹沢の死から、2週間が過ぎた。
芹沢が魔王に与する者であったことが公表されると、一時期町は大騒ぎとなった。
俺たちも、謂れなき疑いの目を向けられることとなった。
しかし、やがてそれも時と共に消えていった。
このクラスも、その衝撃から徐々に立ち直りつつある。
芹沢があまりにも大きな罪を犯したために、その死を素直に悼むことはできない。
かといって、死者に鞭打つのも憚られる。
そのような微妙な空気が、しばらくの間俺たちの上に暗雲のように立ち込めていた。
長い時間が、皆の気持ちの整理をつけるのに奏功したようだ。
そしてその長い時間は、ここアルトに季節の変化をもたらした。
のぞむ山々は色を失い、街路樹も葉を散らした。
外に一歩出れば、北風の吹きすさぶ冬の到来である。
ある夕方、冒険者たちが召集された。
この厳冬に、ほとんどのモンスターは冬眠したり、山籠りをする。
おかげで冒険者たちの財布も外気の如く寒くなるのが、毎年の常なのだ。
俺も最近はもともと少なかった事務仕事も皆無で、日々暇な生活を謳歌している。
それが一体どういうことだろうか。
疑問を抱えて集まる冒険者たちを前に、ギルドの職員が話し出す。
「皆さん、この時期に一体何の騒ぎだとお考えの方も多いかもしれませんが、どうかご協力願います。
実は、この町の占い師によりますと、今日の夜から明日朝にかけて大雪が降る見込みだとのことで。皆さんには、明日の朝早くから雪かきをしていただきたいのです」
……何じゃそりゃ。
いやまあ、冒険者なんて元々何でも屋みたいなもんだし、それも仕事のうちなのか。
「朝早くからって、一体どんだけ積もるんだよ」
「それが……。水晶玉を見通しても、真っ白な雪が見えるばかりで、全くわからないそうです」
何やら嫌な予感がするな……。
外に出ると、早くも雪がちらついている。
俺たちの住んでいた地域は、冬には雪がけっこう積もったものだ。
そういえば中学生の頃、三城が道路の反対側から雪玉を投げて、家を出ようとした俺の顔面に直撃したことがあった。
あの時は三城を家から引き摺り出して、雪だるまの芯材にしてやった。
今思えば、あの頃は平和だったな……。
ふと、日本を懐かしむ。
これでミカンとかあったら最高なんだが。
「冬の風物詩! 甘酸っぱいミカンはいらんかね〜」
「あった!? ……1個くれ!」
「毎度ありぃ」
「……うん、美味い」
何でこの世界にもあるのか知らんが、美味いものは美味いのだ。
立ち食いも憚られるので、公園のベンチにでも座って。
雪が、どこまでも白い。
「……あの。隣、いいですか」
声に顔を向けると、荒川が立っていた。
服を着込み、すっかり冬衣装である。
信頼していた芹沢の裏の顔に誰よりもショックを受けていた彼女だが、だいぶ回復したようだ。
「構わない。……ミカン食うか?」
「えっ、いいんですか? ……ありがとうございます」
ちょうど半分残っていたミカンを、荒川は恐る恐るといった感じで、両手で包み込むように受け取る。
「……芹沢を葬ったのは俺だ。何か思うところがあったりするんじゃないか?」
自分の過ちを認め立ち直ろうとしていた芹沢は、それを許さない魔王軍の手によってアンデッドと化した。
そしてそれを『火炎旋風』で、しかも荒川の目の前で葬り去ったのは、他でもない俺だ。
俺は自身が間違ったとは微塵も思っていないが、殺されたと見られてもおかしくはない。
荒川は問いを受け、目を伏せる。
「……芹沢さんは、許されないことをしました。あまりいい気はしませんが、因果応報というものです。
それに、あなたは私たちを助けるために芹沢さんを葬ったのでしょう? それを責めることなんて、私にはできません」
開かれた荒川の目は、透き通っていた。
相変わらず、真っ直ぐな人物だ。
「……そうか、それならよかった」
日が没し、だんだんと夜の帳が下りてくる。
「あっ、息が白いですね」
荒川は楽しげな声とともに、霧のように白い息を吐く。
「雪もずいぶん強くなってきたな。占い師とやらの予想通り、明日は酷いことになりそうだ」
そう呟く俺の息も、やはり真っ白なのである。
「……へっくし」
そういや、俺この世界でまともな上着を買ってない。
いや、日本でもそうだったが。
……とにかく、普段の冒険者服では寒いのだ。
思わず体が震え、両腕で自分の体を抱きしめる。
だが、体を温めると今度は首が寒い。
思わず目を瞑り、寒さに耐える。
ふいに、首に何やらふかふかとした感触が。
目を開けると、自分の首に何かが巻かれているのに気づく。
「……いえ、その、寒そうだったので。お好きに使ってください」
はっとして荒川の方を見ると、先ほどまで首に巻かれていたマフラーがない。
「……いいのか? これ自分で編んだやつだろ」
荒川が、軽く目を見開く。
「えっ? ……何でわかるんですか」
「編み目の大きさが、既製品にしては大きい。あとは何というか……雰囲気?」
何となくで言ったら当たっちゃったよ。
「……せっかく貰ったのに何だが、暗くなったしもう帰るか」
「そうですね」
俺たちは、帰り道を歩く。
前にもこういう事があったが、あの時は荒川がストーカー被害を受けている最中で、彼女も気が休まらなかったことだろう。
が、それも芹沢の仕業だったと分かり。
芹沢の死んだ今、荒川に魔の手が迫ることはないのだ。
「……明日、どれくらい雪が積もるんでしょうね」
「町中ただ事ならぬ感じだったし、まあメートルは行くんじゃないか。記録的大雪ってやつだ」
「大変なことになりそうですね……。でも、何だか楽しみです」
荒川はそう言うと、雪降る天を仰ぐ。
その頬に、雪の結晶が落ち、融けた。
話す間に、宿に帰り着いた。
ロビーを抜け2階に上がると、荒川は自室の鍵を開ける。
「では、おやすみなさい。……神埼、くん」
「ん。また明日な」
なぜか『くん』に変わった呼び名を口の中で転がしながら、俺も自室へと戻った。
翌日。
「……な」
カーテンを開けると、真っ黒。
別に、やたら早起きしたわけじゃない。
「……な……」
雪で埋め尽くされているのだ。
この2階の窓が!
「なんじゃこりゃああっ!!?」
ひとまず着替えだけ済ませ、廊下に飛び出す。
「な、何が起こっている!」
「分かりません! 外に出ようにも、うちの扉は全て外開きで……。最上階の3階まで雪で埋もれているとなると、一体どうしたらいいか……」
ロビーでは、冒険者やその他の宿泊客たちが身を寄せ合っていた。
「と、とにかくこの寒さを何とかしないと。暖炉に薪をくべて!」
「はい!」
宿の支配人の指示に、従業員たちが忙しなく動く。
……待てよ?
「つまり、この建物には外に通じる通路が一つもない、と?」
「ええ、換気用の排気口も雪で埋もれていますから、ネズミすら出られないんです」
だとすると、危険だ!
「……すぐに暖炉の火を消せ!」
「ど、どうしてですか? お客様も皆寒がっていますし……うっ、少し頭痛が」
「ほら、二酸化炭素で死ぬぞ! ……って言っても分からんか。要するに、煙が溜まると危険だ!」
これには合点がいったようで、すぐに火が消し止められた。
……が、問題が解決したわけではない。
だんだん寒くなってくるし、遅かれ早かれ俺たちの吐く息で二酸化炭素濃度は上昇する。
早いところこの密室状態を解消しないと危険だ。
「……支配人、窓を破壊してもいいか?」
「ま、窓を!? そんなこと、許可するわけには……だが、閉じ込められたままでは……。
分かりました、防犯用のハンマーがございますので、そちらをお使いください」
……防犯用にハンマー? 犯人ぶん殴る用?
「うらあっ!!!」
窓を破壊するのは、力自慢の松久に交代した。
たった一撃で、窓が粉々に砕け散る。
誰かの部屋の窓を割るわけにもいかないので、3階の守衛室の窓を。
「よし、あとは雪を掻き分けるだけ! みんな俺に続けぇ!」
松久は、怒涛の勢いで雪を掘り進め、窓の外へと出ていく。
うず高く積もった雪の重みで固まった雪は、丈夫な足場となるらしい。
それに続き、何十人もの宿泊者が、窓から脱出していく。
「……あっそうだ」
俺は一つ忘れ物を思い出したので、一旦部屋に戻った。
すぐにそれを取ると、脱出を待つ列に加わる。
「……どうなってんだ、これ」
雪の上に這い出ると、そこには信じ難い光景が。
比較的高い建物も多い、この大都市アルト。
その全てが、白銀の雪に覆いつくされていた。
中央の冒険者ギルドや南の時計塔、北の大教会など飛び抜けて高い建物も、雪像と化している。
「これ、どうやって雪かきするんだよ……」
これだけの量、城壁の外に放り出すのに、いったい何日、いや何ヶ月かかることか。
溶けるのを待とうとしても、その前に閉じ込められた住民の限界が来る。
「カンザキさん、あなたは確か、何やら高威力の炎魔法を操れると」
支配人が話しかけてくる。
「うーん、『火炎旋風』で溶かすってことか……。できなくはなさそうだが、足場がないとな」
ここで撃ったら、足元の雪が消滅して地面に叩きつけられる。
大怪我不可避だ。
「……あっ、おい神埼! それなら、空を飛べる奴がいるじゃねえか!」
話を聞いていたらしき笹川が、興奮した声を上げる。
「……なるほど、荒川か!」
以前、エルフの隠れ里、サフェル村を発見したのも、空を歩いた荒川だ。
どうにかして荒川の力を借りる事ができれば、上空から町全体を射程範囲に収められる!
「……だからって何でこうなるんだよ!」
ここは、上空100メートルほど。
町も随分と小さくなり、その全貌を視界に収められる。
が……。
「神埼くんって、高所恐怖症だったんですね」
何やら笑いの混ざった荒川の声が、下から聞こえる。
……いや、屈辱でしかねえよこの図は!
何が楽しくて荒川の背中にしがみつかなきゃいけないんだ。
離陸する前に三城にあらぬ誤解をされてジト目で睨まれたし。
慌てて手を離したら頭から落ちかけたのが記憶に焼き付いて、下手に荒川から手が離せないし。
「……私のマフラー、今日も巻いてくれたんですね」
俺が恐怖で何も言えないのをいいことに、荒川がどんどんと喋る。
「……神埼くんって、結構体重軽いんですね。もしかしたら私より軽いかも」
さっきから何のつもりだ!
「……もうこの辺でいい! これ以上高いのは無理!」
「分かりました。では、神埼くん」
荒川は振り向くと、こちらに期待の目線を注ぐ。
いややめろ落ちる!
町の上空からの熱気で、雪だけを溶かす。
字面は簡単だが、その実かなり繊細な技術が要求される。
一歩間違えば、俺は町をひとつ消し去った伝説の魔術師として、語り継がれることになる。
魔力を杖に込め、情景を脳裏に鮮明に描き出す。
「凍てついた大地に陽光あれ……『火炎旋風』っ!!!」
その瞬間、俺の意識は闇の中に引き摺り下ろされた。
最後に見た景色は、町が純白から解放され、鮮やかな色を取り戻す光景であった。
落下?




