幕間.魔人ガイストの独白
芹沢誠、と仰いましたかね。
……正直言って、期待外れでした。
彼の心に宿る、私でも底の見えないほどの欲望。
あれだけの執念を持つ男ならば、何でもやってみせると思っていたのに。
まさか、最後には自らの欲望を棄て、あろうことか私との契約を反故にすると言い出すとは。
私の動揺と怒りたるや、とっさに配下に粛清を命じてしまうほどでした。
「……まあ、手駒はまだいくらでもあります。ゴミが一人消えたところで関係はない」
私──選ばれし種族、魔人のガイストは、独りそう呟いた。
ここは、人間どもの都市アルトの地下に築いた、私の前哨基地。
ここに立ち入ることができるのは、私と私の配下のみ。
……しかし、芹沢誠がこのような末路を迎えたとなると、少し心配ですね。
「来なさい。ルビア、それにシュタット」
磨き上げられた石の回廊を、私の声がこだまする。
今日は定例会議の日、2人もここにいるはず。
「……何か御用でしょうか、ガイスト様」
「何なりとお申し付けください」
まもなく、先ほど呼んだ2人の配下が、私の居る玉座へとやってきた。
2人はいつもの如く生気のない声で話すと、徐に跪く。
「いえ、今回の件があって、お2人にも疑いの目が及んでいたりはしないかと不安になりましてね」
「そのようなことは御座いません。私どもは、完全にアルトの一般人として溶け込んでおります」
「はい。……あの裏切り者に振り回されもしましたが、それ以降も何事もなく」
2人は跪いたまま、心強い回答をする。
「……顔を上げなさい」
私の呼びかけに、2人は従った。
「……どうかしましたでしょうか、ガイスト様」
「貴方達の眼は素晴らしい。彼のあの血走った目つきは、どうも鼻につきましたからね」
「お褒めに預かり光栄で御座います」
2人は再び跪く。
私が褒め称える、2人の目。
まるで生気を失った、光のない目。
これまでは、心の弱い者に契約を持ちかけ、徐々に心を開かせる方法で、配下を増やしていましたが……。
まさか、新しい方法を試してみた2人が、こうも従順で有能な配下になるとは。
この2人に、目立った欲望や悩みはありませんでした。
しかし、2人の才能は実に素晴らしかった。
それは、世界の全てを我が魔王が統べるために使われるべき力に違いありませんでした。
あまり宜しくない言い方かも知れませんが……私は2人に、ある種の洗脳を施したのです。
私は、人の精神を知覚することができる。
それに直接干渉し、私の精神を取り込ませる。
一歩間違えば心のない屍になりかねない、危険な手法でした。
しかし、結果は舞い踊りたくなるほどの大成功。
2人の精神は、半分私の精神でもある。
私の命令には全て従順に従い、それでいてもとの人格も残しているから、気づかれることもない。
このアルトという町に潜り込ませるのに最適な手駒が完成したというわけです。
ふいに、静寂が切り裂かれる。
「ガイスト、こんな趣味の悪い地下帝国を作り上げるとは、いい度胸じゃねえか」
回廊に堂々と押し入ってきたのは、魔王直属の幹部、六芒星の者。
「何を言う。ガイスト様の建てられたこの宮を貶すなど、許されるものか!」
ふいに、2人は立ち上がると、そう怒りの声を上げる。
「何だこのガキどもは。ガイスト、お前また人間の配下を作ったのか? 生意気な野郎どもだ」
その幹部は、自身に飛びかかる2人を、いとも容易く組み伏せる。
「くそっ、放せ! ……ガイスト様、この者どもは一体何なのですか?」
屈強な彼に押さえつけられた2人は、私に疑問を呈する。
「2人とも、彼は仲間です。傷つけ合うのはよしなさい」
「そ、そうでしたか。申し訳ありませんでした」
「……貴方も、私の配下をあまり弄ぶのはやめていただきたいのですが。ロンメル殿」
「配下の教育は徹底しろといつも言っているだろ? まったく」
幹部ロンメルは、渋々ながら私の配下たちを解放する。
「ロンメルよ、また狼藉を働いたか。確かに位は貴殿の方が上だが、ここの戦略を担当しているのはガイストだ。敬意を持って接しなさい」
また誰かが来たようですね。
この口調は、魔王に次ぐ力を持つ者、ラプラスに違いないでしょう。
「……ガイストよ。今日この場に私たちが来ているのは、ロンメルより貴殿に一つ願いがあるからだ」
ラプラスの言葉に続き、ロンメルが説明する。
……いや、実に面白い。
今はここアルトで働いているとはいえ、私の最終目的は我が魔王に同じ。
私たちの勝利のためならば、協力も惜しみませんとも。
丁度いい、この2人の活躍を一度は見てみたいものです。
しかし、この作戦では、2人がこちらの味方であることが露呈してしまいますが……。
……構いません。
有能だからとはいえ、2人も捨て駒に過ぎない。
2人には、この戦いで散っていただきましょう。
「ガイスト様。私どもにこの役目をお与えください」
どうやら2人も乗り気のようですし……。
「分かりました。ではそこの2人をお使いください。作戦は綿密にお願いしますよ」
「分かっている。必ずこの作戦を成功させ、勝利を掴み取ってくれるわ」
2人の幹部は、2人の配下を連れて去っていく。
この作戦が実行されるのは、まだしばらく後でしょう。
しかし、実行された時には、この王国は滅びる。
私も、色々と工作をしましょうかね。
……魔王に勝利あれ。




