61.明らかになる真相
俺たちの話し合いの恒例会場となった、宿のロビー。
俺の目の前では26名が、暗く沈んだ表情で俯いている。
昨日までは、27名だったのだが。
「……まさか、芹沢くんが……。しかも、三城さんを殺そうとしただって?」
坂北が、蒼白な顔を向ける。
自分で裏切り者の犯した罪の責任を全て取ると言ってしまったばかりに、彼は怯えているようだ。
「そうだ。間一髪、最悪の事態は免れたがな」
坂北の表情には、状況の終結した安堵と同時に、芹沢の死に対する後悔と悲しみが色濃く表れていた。
「ほら、私の言った通りだったじゃない。さすがに、あなた自身が動機だったとは分からなかったけど……ねえ? 荒川さん」
「くっ……」
以前の話し合いの際、真っ先に芹沢を怪しいと指摘していた寺田が、荒川に勝ち誇ったような目線を向ける。
あの時、荒川に完膚なきまでに主張を叩き折られた仕返しのつもりなのだろうか。
……心の拠り所を失っている荒川に追撃するのはやめておいた方がいい気がする。
1年C組には、他にもさまざまな性格の奴がいる。
「真面目な顔して、そんなことしてやがったのかよ……。許せねえ」
非道な行いをした芹沢に怒りをふつふつと燃やす、井川翔。
「……でも、死ぬなんて……。助ける方法はなかったんですか?」
痛みに耐えるような表情で俺に切実な声を上げる、牛田千代。
「……とにかく、葬式くらいはしてやろうぜ。極悪人だろうと、死んだ後にあれこれ言うのはな……」
以前とは大きく異なる、落ち着いた姿を見せる泊宗吾。
その時、ざわつく空間の中で日比野が立ち上がる。
その目は、事件の解決に大きく関連した、俺を見据えていた。
「神埼くん。……まずは、三城さんの命を救ってくれてありがとう。芹沢くんが、取り返しのつかないことをする前に止めてくれたんだよね」
「ああ。……まあ、気づいたのは土岐枝たちのおかげだがな」
柔らかな表情を見せていた日比野は、ふいに真剣な目つきになる。
「……そして、芹沢くんは死んだ」
「そうだ。俺たちの目の前で、魔王軍の手によってアンデッドと化した」
俺の言葉を裏付けるように、あの場にいた荒川や山口が頷く。
「……じゃあ、今芹沢くんは、アンデッドとして森をさまよってる、ってこと?」
それは違う。
なぜなら……。
「俺が撃ち抜いた。奴は破片すらも、この世界に残っちゃいない」
あの日、漆黒の魔法陣に呑み込まれた芹沢を、俺は『火炎旋風』で焼き尽くした。
一度アンデッドと化したものは、決して血の通う人間に戻ることはない。
なぜなら彼らは、もはやただ本能のままにぎこちなく動くだけの、屍に過ぎないのだから。
俺がしたことは、決して殺人などではない。
もし俺が芹沢の立場に──自我を失い、意味もなく動き回るアンデッドと化したならば。
その状態で生きながらえるよりも、いっそ一思いに殺された方がマシだ。
「……嘘だろ……」
その時、坂北が緩慢な表情で立ち上がる。
「君は、芹沢くんを殺したのか……?」
そう俺を糾弾する彼の目には、しかし逡巡があった。
いったいこの場で俺を非難して良いものか、と。
「違うな。芹沢は魔王軍に粛清され、死んだんだ。俺はアンデッドを討伐したに過ぎない」
「修道士たちをかき集めれば、助かったかも知れないだろ? それなのに、魔法で……。
たとえ罪を犯した人間だとしても、殺して言い訳がない!」
坂北は、そう激情のこもった声を上げる。
「それは間違いだ。もしこの町の修道士でアンデッドを元に戻せるんだったら、へードルによって落命した冒険者たちをなぜ救わなかった。おかしいだろう!」
俺の指摘に、坂北は目を見開く。
自分の主張の誤りを悟ったようだ。
坂北は息を吐くと、再び席につく。
「……それで、まだ俺のしたことに不満のある奴はいるか?」
言葉を発するものはいない。
「……なあ」
重苦しい空気を打破するかのように、早乙女が口を開く。
普段の彼女とは違い、声にどこか覇気がないのであるが。
「結局、裏切り者は芹沢だったんだろ? じゃあ、あの事件は結局何だったんだよ。貯金箱の話」
そういえば、芹沢にはあの貯金箱の中身を盗むことは不可能だった。
だが、開けられる5人の部屋に金品がなかったことはすでに確認済み。
いったいあの事件の真相は何なのだろうか?
「……みんな」
立ち上がったのは芳賀、貯金箱を開けることのできる一人。
震える声を絞り出す彼は、何か決意をしたように深呼吸。
「ごめん……金を盗んだのは俺だ」
皆は沈黙し、話の続きを促す。
「……芹沢の奴に唆されたんだよ。あの時は橋本さんに怒鳴られたばっかりで、俺もどうしていいか分かんなくて……。つい、誘いに乗っちゃったんだ」
芳賀の表情は悲痛で、自らの行動を深く反省しているように見えた。
「半分は宿の庭に埋めて隠してあるから、後ですぐに返すよ。
……でも半分は芹沢が持ってったから、多分もう帰ってこないと思う」
「怪しいって思わなかったのかよ?」
井川が追及する。
「そりゃ思ったさ! ……でも、『このことをバラしたら、お前が破滅することになる』って……」
自身の犯行が知れ渡るだけで、それなりの刑罰と、信用の低下という大ダメージ。
芳賀はその時知らなかったが、芹沢がガイストに頼めば、その命さえ危なかったかもしれない。
この時になるまで芳賀が黙っていたのを、責めることはできまい。
「……じゃあ何、私も悪かったってこと?」
橋本が、半ば納得できないような態度で口を開く。
「まあ、あの時のみさきは言い過ぎだったと思うよ。芳賀くんはみつきを心配してたんだから」
湯梨浜が、落ち着いて橋本を諭す。
「……分かったわよ。ごめんなさい」
その時、大きな音を立てて扉が開け放たれる。
「……直人!」
野口が驚きと歓喜の声を上げる。
こちらへと向かってくる、以前より勇ましくなった人影は、確かに若山直人であった。
確か、山奥で槍の修行をするとか言っていた。
あれから数週間、全てを習得するには早すぎる。
アルトの大事件の知らせを受けて、飛んで帰ってきたのか。
「ガイストとか言ったな、芹沢と契約した奴。
……そのガイストに心当たりがある」
若山は、席につくなりそう言い放った。
「何だって!? 詳しく教えてくれよ!」
隣の席の野口が、若山に訴える。
「……サフェル村にいた時、俺もガイストに誘われたんだ。契約すれば、俺のために働くと。ああ、もちろんあんな仮面の不気味な奴と契約するなんてしなかった。
でも、迷った。今思えば、あんな胡散臭いのにな」
若山の独白に、皆は耳を傾ける。
「……たぶんガイストは、悩んでる奴、苦しんでる奴、心が弱い奴を見定めてるんだ。俺もあの時、悩みがあった。
ガイストと話し合って、俺は自分の弱さに気づいた。だから心を鍛えようと山に向かったんだ」
若山は強い。
苦しむ自分につけ込むガイストの誘惑を跳ね除け、修行の道へ進んだ。
彼の選択は、誰にでもできることではない。
「……報告が遅れたのは謝る。俺自身あれが夢だったんじゃないかとも思ってたから。……まさか、あの仮面がこんな大事を引き起こすとは思ってなかった。
この中に、泣き顔みたいな仮面、やたら整った服の怪しい奴を見かけた人がいたら、絶対に信用するなよ」
若山は立ち上がると、皆へ呼びかける。
ヘーレ迷宮で暴走し、土岐枝を危険に晒した泊。
戦略に疎いばかりに、山口たち後援を軽んじた井川。
クラスの分裂への責任感に押しつぶされた日比野。
そして、他者の意見を頭ごなしに否定していた俺も。
ここ数週間で、多くのクラスメイトが自身の課題と向き合い、成長した。
その中で、ただ一人道を踏み外し、魔王の配下ガイストという強大な存在に利用された芹沢は、ある意味では哀れな男だったとも言えよう。
しかし、三城の首に刃を向けたことだけは、微塵も許す気は起きない。
アンデッドと化した芹沢を灰燼に帰す時、俺の心の中にあった激情は、それへの怒りだったのだろうか。




