60.結末
「う、嘘だ……」
芹沢は、自身に哀しげな目を向ける荒川を、呆然と見るばかり。
しかし、俺もまた、現状に追いつくことができていない。
「……どうしてここが分かった? というか、芹沢の話はどこで聞いていたんだ?」
混乱する頭を押さえると、荒川に尋ねる。
「それは、皆さんのおかげです。ね?」
意味ありげなセリフを言うと、荒川は自身の背後に目配せをした。
「一件落着かな? 私にもできることがあってよかったなぁ」
と呟きながら安心に満ちた表情を見せる、千曲由梨。
「いきなり叩き起こされた時は何事かと思ったけど、間に合ったみたいで良かったな」
活躍に照れくさくなったか、頭を掻く山口雄大。
2人が、追って姿を現した。
「……なるほど、盗聴しやがったな」
山口は、話すことなく脳内で会話をすることができる能力を持っている。
芹沢にコッソリ繋げ、話した内容をそのまま聞き取っていたのだろう。
そして、その作戦を思いつき、山口のもとに知らせに行ったのが千曲か。
丘へ猛進する俺と湯梨浜に引き離され、後を追うよりも有意義な行動を選択したのは賢い。
おかげで、芹沢の語った内容は皆の知るところとなったわけだ。
「誰が犯人か分からなかったから、とりあえず丘の上に意識を向けたんだよ。
いきなりクソでかい芹沢の声が聞こえてきて、頭割れそうになったぞ」
そう軽口を叩くと、山口は表情を引き締める。
「あ、あああ……っ」
芹沢は、もはやまともに言葉を発することすらできない。
変わり果てた彼を、荒川の目線が射抜く。
芹沢の喉から、ヒィッと笛のような音がした。
「……まずは、三城さんを解放してください。苦しがっているじゃないですか」
荒川の声に、芹沢は全く抵抗しなかった。
いや、できなかった。
芹沢の手が、だらりと垂れ下がる。
「……三城!」
芹沢に乱暴に扱われ体中を痛めたのか、こちらに向かってくる三城の足取りはおぼつかない。
何とも言えぬ焦ったさを感じ、その元に駆け寄る。
俺の目の前で三城は躓き、前のめりに倒れた。
それを抱きとめ、できるだけ優しくその頭を撫でる。
「……しーちゃん、ごめんなさい……しーちゃんの言うとおりだった」
腕の中で、三城が震える声を上げる。
裏切り者の存在を信じなかった三城としては、この結末は予想だにしない、恐ろしいものだったに違いない。
もしかしたら、俺を信用しておけばと後悔しているのかもしれない。
……しかし、まさか俺が謝られる立場になるとは……。
予定が狂っちゃったじゃないか。
「そ、そうか? ……まあ、何事もまず疑うって言うのは大事だぞ。この世界、どんな悪い奴がいるか分かったもんじゃないからな。
……でも、俺も少し言い過ぎたな。その、何と言うか……
悪かったな、三城」
謝るというのは、いつでもどこか気恥ずかしく、ハードルの高いものだ。
だがそれを乗り越えた暁には、爽やかな人間関係が戻ってくることだろう。
「……あっ」
え、なんかめちゃくちゃ見られてるんですけど!?
ねえ何でこっち見るの? そこの芹沢でも……って何でお前もこっち見てんだよ!
「お、おいさっさと立て三城! まったくお前のせいでとんだ大恥じゃねえかくそっ!」
「あ、え? ……って、あっ!」
困惑しながら立ち上がった三城は、辺り全員の視線を集めているのに気づくと、顔を赤くしてどこかへ走り去っていった。
……コケても知らんぞ?
「……ま、まあ問題の一つは片付いたな」
咳払いを一度。
「で、後はこの大馬鹿野郎をどうするかだが……」
俺は、荒川の視線を再び浴びて固まった芹沢に目をやる。
「衛兵に突き出すのがいいと思うけど……」
湯梨浜の意見はもっともだ。
「待て、そうすると芹沢はどうなるんだ?」
山口が横から口を挟んでくる。
答えは言うまでもない。
「……まあ、殺人未遂プラス他にも色々やらかしてるだろうから、間違いなく処刑だな」
場に、戦慄が走った。
「そ、それって芹沢が死ぬってことか? いや、こいつが悪人だってことは分かってるよ。でも元は友達だったんだよ! ……いくら何でも……」
山口が頭を抱える。
「そりゃ、私だって知り合いが死ぬのは嫌だよ? でももし見逃して、次は本当に人が殺されたら、その責任は私たちにもある」
湯梨浜が、辛い表情を見せつつも反論する。
「……さくら、私もまりを殺そうとしたのは許せない。けど、処刑なんて……」
千曲が顔を覆うと、肩を細かく震わせる。
「ゆり……。でも、魔王に協力してるんだったら、この町全体が危険なことに……時雨ちゃんは?」
「俺? この王国は法治国家だ、法律上処刑が妥当なんだったらそれに従う。そもそも、魔王軍に関係しているような奴、野放しにできるわけがない」
「神埼、お前は友達を殺すのか!? 俺にはそんなことは出来ないんだよ……」
「……あの……」
激論の中で、荒川が静かに口を開く。
この事件の最大の被害者の一人とも言える彼女の発言に、皆が耳を傾ける。
「えっと、その……。私も、彼が三城さんを身勝手な理由で手にかけようとしたことは許せませんし、その責任は取るべきと思います。でも……。
だからこそ彼には、生きて罪を償ってほしい。魔王軍なんかとは関係を絶って、再び真面目な芹沢さんに戻ってほしい。そう思うんです」
「……美鈴……」
芹沢は、荒川の主張を聞いて、先ほどまでナイフを握っていた自身の手を見つめる。
やはり、芹沢に最も効くのは荒川による説得だったな。
「誰も死ななくて済むなら、それが一番だよね」
「うん。芹沢くんにだって、きっと何か理由があったはずだもんね」
湯梨浜と千曲が、芹沢の行動を見守る。
その時、芹沢は決心したかのように、見つめていた両手を握りしめる。
顔を上げると、荒川に向かって話し始めた。
「……俺は、どこで道を間違えたんだろうな。魔人なんかと契約して、挙げ句の果てには人殺しまでしかけた。……こんな俺を、まだ見捨てないでいてくれるっていうのか?」
荒川は、優しく微笑んだ。
感極まった芹沢は、目に涙を浮かべると、嗚咽を漏らす。
「……ありがとう、ありがとう美鈴……っ!」
その時。
黒い魔法陣が、突如芹沢の周りに広がった。
「……おい、何が起こってるんだ!?」
山口が慌てて飛びのく。
「ねえ、この魔法陣……」
千曲が、震えた声を出しながら、魔法陣を見つめる。
以前、ヘードルがアルトに攻め入った時。
俺の師匠だったレイン、瀕死の荒川を治療していたフロン。
彼らをはじめとする多くの冒険者を、醜く朽ち果てたアンデッドへと変貌させた。
あの魔法陣と同型だ。
……魔王軍の仕業か。
芹沢が役目をこなすのを監視していたら、失敗した挙句に足を洗うと言い出した。
それへの制裁として、粛清する気だろう。
「え、おい、誰か……誰か助け……あああああっ!!!」
見る間に魔法陣は強く瘴気を放ち、もがく芹沢はたちまちアンデッドへと変貌していく。
目の光が失われ、動きは緩慢になる。
芹沢は、死んだ。




