59.真実
間に合った。
あと1秒でも遅れていたら、三城は目の前で首を切り裂かれて死んでいただろう。
ふわりとした安堵に、心を満たされそうになる。
それを、舌を噛むことで防ぐ。
痛みが、心の霧を晴れさせた。
今ここで、突き止めなければならない。
目の前にいる男……芹沢誠が、なぜこのような行動に走ったのか。
俺たちの知らぬ世界で、一体何が行われていたのか。
それを突き止められるのは、俺だけだ。
「……バレちまったか」
芹沢の表情に、未だ諦めはない。
少しでも魔力での拘束を怠れば、彼はすぐにでも三城の首を切り裂くだろう。
「答えろ。なぜ三城の首に刃を向けている」
芹沢は質問を受け、少し思案する。
「簡単さ。それが、『奴』の望みだからな」
不愉快な解答だ。俺は口を歪める。
「曖昧だな。『奴』とは誰だ? この町に潜入しているという、魔王の手下か?」
芹沢は、答えなかった。ただ、口角を上げてニヤリと笑った。
その沈黙は、肯定を表していた。
「お前が、お前こそが魔王に身も心も捧げた裏切り者か」
「……こうなった以上仕方ない、全て正直に答えよう。
いかにも、俺こそが魔王の手下と契りを結び、この町に潜む裏切り者だ」
芹沢の表情に、不安や焦りはなかった。
ただ余裕を持った、不気味な笑い。
覚悟を決めたからか、はたまたこの状況を打開できる策でもあるのか。
「なぜ魔王などに味方する。目的は何だ?」
反応は、予想外のものだった。
「……なあ神埼。お前はどうして人類の味方なんだ?
俺たちはもともとこの世界の人間じゃない、神が勝手に送り込んできたんだよ。同じ人類だから味方する? 違うね。この世界の人間と俺たち地球人の間に、何ら関わりはない。ただ見た目が似てるだけだ。一体何の義理があって、『人類の敵』の魔王と戦わなきゃいけないんだ? この世界で何をしようが、俺の自由だろう」
芹沢は、挑発的な笑みを浮かべる。
まさか、俺を魔王軍に引き込むつもりか?
だとしたら、無駄なことだ。
俺が返答しないのを見ると、芹沢はさらに語り始めた。
「俺は考えたんだよ。俺の願いを、欲望を叶えてくれるやつの味方をすればいい、ってな。
そりゃ人間の世界にいれば、努力すれば大抵の欲望は満たされる。金を稼げば何でも買えるし、いい事をすれば自然と後に人がついてくる。初めは俺も、それで満足してたさ。でもな……
森で皆とはぐれた時、俺は運命的な出会いを果たした。そいつは俺に言ってくれたんだよ。
『私と契約してくれたならば、貴方の願いを何でも叶えて差し上げます。代わりに、ほんの少しだけ、私のために働いていただきたい』とね」
井川が前言っていた。
ある日、森の中で突然パーティー皆がはぐれた、と。
おそらくそれは偶然でも何でもなく、芹沢に囁きかけた存在によって引き起こされたのだろう。
なぜ芹沢が選ばれたのかは分からないが、彼はそれを承諾した。
そうして、彼は魔王軍の手下となったのだろう。
「……その存在が、お前に命じたのか。三城を殺せと」
「その通り。この女をこの世から葬り去ることが、俺の最後の使命だった。
……聞きたいか? なぜこの女を殺す必要があったのか」
芹沢は、ふと三城に目を移す。
三城がびくりと怯えるのが、傍目に見ても分かった。
「……お前だよ」
一瞬、芹沢の言葉の意味が分からなかった。
「魔王軍はな、お前を警戒してるんだよ。この半年で急に現れ、実力を増したお前をな。だってそうだろう? たった半年で、新人冒険者から大都市の防衛隊のトップ2。怪しまれないわけがない」
俺は唇を噛んだ。
まさか、俺が付け狙われる立場になるなど、思ってもいなかった。
「……ならば俺を殺せば良かったはずだ。なぜ三城を狙った!」
「合理的に考えろよ。お前は俺より強い、まともに戦えば勝ち目はない。
だから生ける屍にしてしまえばいいんだよ。お前の大切な人、最大の弱点を、ぐちゃぐちゃの死体に変えてしまうことでな」
芹沢は、狂ったような高笑いを始める。
俺がテレキネシスで拘束していなければ、今すぐにでも三城の首を切り裂きそうなほどに、彼は狂っていた。
まずい、このままだと危険だ。
俺は芹沢の方に伸ばした手を一気に動かし、芹沢を三城から引き離す。
ナイフが宙を舞い、地面に刺さる。
地面に叩きつけられた芹沢は、なおも笑い続ける。
我に返った三城が慌てて廃屋の中に隠れるのが見えた。
泣きながら俺に飛び付かなかったのはありがたい、尋問が続けられる。
……もはや、三城を殺されかけた怒りより、目の前の狂人に対する恐怖の方が強い。
芹沢は真面目な人間だった。
目立ちはしなかったが、愚直に努力し、時には自らの利益を顧みず、他人を助けた。
異世界に来てからも、その傾向は健在だった。
「……何がお前をそこまで狂わせたんだ?」
自然と、その言葉が出た。
芹沢の笑いが止まる。
ここからは、真剣に語り合う時間だ。
テレキネシスを解除すると、芹沢はゆっくりと立ち上がる。
小屋の中の三城を襲いに行く気配はない。
「お前は、真面目で努力家だった……少なくとも俺の目にはそう映っていた。それがなぜ、魔の者と手を結び、自分の欲望を満たすなどという、歪んだ道へ進んだ。お前の目的は何だ?」
芹沢は、舌なめずりをした。
その目は、先ほどとはまた違った狂気を纏い始めた。
その口が、歪んだ三日月型に開かれる。
「……美鈴」
その名が、芹沢の口から飛び出した。
「入学式の日、初めて会った時からだ。生まれて以来、あんなに美しい女に出会ったことはない。いや、外見だけじゃなかった。鈴のようにキラキラと輝く声! ふとした時に見せる、天使のような微笑み! 正直で誠実で純粋で優雅な、その清らかな心! ああ美鈴、君はこの世で最も完成された人間に違いない!」
芹沢は大仰に両手を広げると、恍惚の表情で語り続ける。
目の前にいない何かを抱きしめるような仕草をする。
「手に入れたかった。俺だけの美鈴でいてほしかった。だから俺は演じた。美鈴にとって理想の人となれるように!
……だけど無理だった。俺の実力で演じられる人物像などたかが知れていた。いくら頑張っても、パッとしない『ただのいい人』止まり。心が折れ、諦めかけたさ。
でもあいつは俺の全てを叶えてくれると言った! 俺が自分の全ての欲望をさらけ出してなお、あの仮面野郎は俺に協力すると言ってくれた。契約しないわけがないさ。美鈴を手に入れられるのならば、他の全てを捧げたって構わない!」
偏執的な愛。
異常なまでの独占欲と支配欲。
それこそが、彼を突き動かしたものだった。
「……気色悪いな」
超純愛の清水を見習え。
「……待て。まさか、荒川に付き纏いを働いていた、あの仮面の男は……」
おぞましい想像に、吐き気が込み上げてくる。
「そうだ、俺が指示したんだよ」
血走った目で、芹沢は言い放った。
「おかげで状況は一気に変わった。俺はただの人から、守ってくれる存在へと変わった。全てが叶う、その日も間近だった。
……なのに、なのに……!」
急に脱力した芹沢は、地面に崩れ落ちる。
乾いた地面を何度も叩く。
「はあっ、はあっ……。時雨ちゃん、どうだったの……?」
その時、湯梨浜が息を切らしながら丘の上までやってきた。
「ギリギリで間に合った。まったく、とんだ気ちがい野郎がいるもんだな。もう少しで三城は首だけになるところだったよ」
全てが終わった安心感が身を包む。
「まさか、本当に大ピンチだったんだなんて……。時雨ちゃん最近大活躍ばっかりだね。
ところで、結局裏切り者は誰だったの?」
「あー、そこで泣き崩れてる奴だ。気持ち悪いこと言いふらしたかと思えば、勝手に泣き始めた変人な」
俺は見ることもなく、芹沢の崩れ落ちた場所を指差す。
「……え? 誰もいないんだけど」
湯梨浜が、困惑で飽和した言葉を発する。
「何!? ……本当だ……」
慌てて振り返ると、先ほどまで地面にうずくまっていた芹沢は、影も形もない。
「俺はここだ。いや、お前が油断してくれたおかげで助かったよ」
芹沢の声は、廃屋の方から聞こえてきた。
何か嫌な予感を覚えつつ、そちらに視線を遣ると……
「おっと、動くなよ。動いたらこのガキの命はない」
「し、しーちゃん……助け、て……」
左腕で三城の両腕を掴み、右手でその首筋に鋭利な刃先を向ける芹沢が、どす黒い笑みを浮かべていた。
くそっ、最後まで気を抜いてはいけなかった。
まさか、ここまで不利な状況に追い込まれるとは。
テレキネシスで拘束しようにも、その前に三城の鮮血が辺りに飛び散ることになるだろう。
「し、時雨ちゃん? この状況は……」
「……完全に俺の失態だ。弁解のしようもない」
慌てふためく俺たちを満足そうに眺めると、芹沢は要求を静かに告げる。
「今からここに俺と契約した奴……ガイストって言うんだがな。そいつをここに呼ぶ。あとは記憶を消すなり、辻褄を合わせるんだよ。それまで一歩も動くな。怪しい動きを見せた瞬間……」
芹沢は、ナイフを三城の首に少し近づける。
短い悲鳴が響いた。
不利な状況になった瞬間、ガイストとかいう奴に丸投げしやがった。
しかしまあ、人質つきだからタチが悪い。
まさか『火炎旋風』で自爆するわけにもいかんし……。
「どうして、そんな酷いことを……」
突然、ここに存在しないはずの人物の声が聞こえる。
「な、何の冗談だ! ふざけるな! このガキぶっ殺されてもいいのか!」
その声に過剰な反応を見せた芹沢は、こちらに向かって喚く。
いや、俺も今何が起こっているのかわからない。
その時、芹沢が目を剥いて固まった。
俺たちの後ろに、何かを見た。
その口が、力なく開かれる。
「何で、ど、どうしてここに……」
振り返った俺たちも、思わず言葉を失う。
「全て聞かせて頂きました。……信じられませんでした」
芹沢を一瞬の油断もなく見据えながら、凛とした佇まいでこちらに向かってくる少女。
「み、美鈴……!? ち、違う、これは……」
芹沢は完全に冷静さを失い、まともに喋ることすらできない。
ナイフが彼の手を滑り落ち、草むらにポトリと落ちる。
「私は、信じていたんです。あなたのことを。私に誠実に向き合ってくれる、優しい方だと。
……見損ないましたよ、芹沢さん」




