57.けんか別れ
日比野と坂北の尽力により、俺たちが激しい疑いの目を向けられることはなくなった。
しかし、我々の中に裏切り者がいても、2人が責任を取ることになるからとその行動を止めるとは、到底思えない。
魔王に身心を捧げるような奴なわけだし、安易に行動を変えれば自らが制裁を受ける可能性もある。
2人の提案は、冒険者たちを納得させるには事足りても、裏切り者を止めるには弱すぎる。
「……というわけで、相互監視を行いたい」
宿のロビーに集めた27人のクラスメイトを前に、俺は告げる。
皆は顔を見合わせると、口々に疑問を呈する。
「監視って、どういうこと? あんまりいい気はしないんだけど……」
「そうそう、委員長と北斗が何とかしてくれたじゃねーか」
まあ、当然の反応だ。
俺は、困惑する皆に向かって、説明を始めた。
「裏切り者が町に損害を及ぼせば2人がその責任を被る、というのは、十分な抑止とは言えない。だって相手は人類を裏切るような奴だ、2人のことなんて眼中にもないだろうよ。
だからこそ、もっと現実的で有効な対抗策を講じなければならない。すなわち、俺たち一人一人が皆の行動を監視し、悪事をしでかすのを未然に防ぐ」
「確かに、30人もの目があれば裏切り者も行動を躊躇するはず。私は賛成ね」
「あんまりいい気はしねーけど……まあ、仕方ないよな。いいぜ」
寺田と井川は、真っ先に賛成の意を表した。
が、そう一筋縄でいくはずもなく。
「嫌だよ、朝から晩まで監視されなきゃいけないなんて。俺たちにだって自由はあるよ」
「そうそう。緊急事態なのは分かるけど、そこまでする?」
芳賀と平城山が、反対の声を上げた。
「この町はもう、そう悠長なことを言っていられるほど安全じゃない。永遠に続くわけじゃない、裏切り者が判明するまでの間だけだ」
「それっていつまでなわけ? 裏切り者が身を隠すのが上手かったら、そんな生活が何年も続くってことっしょ? そんなの絶対無理」
「そんな無理強いしても、却って私たちの結束を脆くするだけよ。協力して裏切り者と戦う必要がある今、それは得策じゃない」
俺の説得にも、榎田と立川が、さらなる批判を向ける。
「あのなあ、いい加減にしてくれよ。お前たちは死にたいのか? 魔王軍に情報が筒抜けという今の状態が、どれだけ深刻なのか分かってるのか?」
俺は語気を強める。
ここで譲歩するわけにはいかない。
が、皆の反応は冷ややかだった。
「あのさ、人に物頼むんだったらもっと丁寧に言ってよ。副隊長になったからって、思い上がってんじゃないの?」
玖珠田が憤然とした様子で口を開く。
「それな。偉くなったって勘違いしてんじゃねーよ!」
早乙女が椅子を蹴り倒す。
「貯金箱の中身が盗まれた時、あなた私のこと散々侮辱したよね? やっぱり性格悪いよ」
橋本が、俺を睨みつける。
皆が俺に嫌悪の目を向ける。
皆が俺に非難の声を上げる。
……ここまで非難されるとは、思っていなかった。
一体俺の何が悪いというんだ。
俺は何か、間違ったことを言っているのか?
いや、俺はこの町の未来のことを考え、行動しているだけだ。
「……そこまで言うなら、俺は知らん」
俺は、静かに口を開く。
「知らんって、何様のつもりだよ? お前が何でそんな──」
「この中に潜んでいる裏切り者に殺されても、俺は知らないからな!」
声を荒げる笹川を遮り、俺は言い放った。
そして踵を返し、開いた扉から宿の外へ飛び出す。
もう知ったことか。
アルトの中央を流れる川。
その河原に、俺は独りいた。
燃える夕陽がはるかに見える山並みに沈んでいく、美しい光景。
だがそれは、俺の心を酷く締め付けるのだった。
「……なぜだ」
俺は道端に座り込む。
「なぜ分からない、なぜ突き放す、なぜ俺に冷たい目を向ける!」
川に向かって、抑えようもない毒を吐く。
ふと、俺の頭に小さな手が置かれた。
その手は慎重に、しかし優しく俺の頭を撫でる。
「……誰だ」
それに答える声はなかった。
代わりに手は、俺の右手を掴む。
「……何でここに来た」
その手に引っ張り上げられ、俺は手の主を見ることができた。
三城。
普段は底抜けに明るく頭の空っぽなその顔は、鋭い眼光をこちらに向けていた。
「……どうせお前も、俺の意見には反対なんだろ?」
三城は人を疑うことを知らない。
もしかすると、俺たちの中に裏切り者がいるかもしれないということすら、信じていない。
「……だって、裏切り者がいるなんて、そんなわけないもん。友だちを疑うなんて、そんなことできるわけない」
予想通り。
「そんな理想論を語って、もし魔王軍に与するものが、本当にいたらどうする。被害は俺たちだけでは済まない。この町全体に、とてつもない損害が及ぶことになる。死者が出るかもしれない」
俺は、あくまで主張は曲げない。
「しーちゃんは、友だちが信じられないの? これまでずっと、いっしょにがんばってきたのに」
「人間とは、他人が想像もできないような闇を抱えているものだ。いつ何時隣の人間が刃を向けてくるか、分かったものじゃない」
俺たちは、真正面から意見をぶつけ合う。
「みんないい人だよ。この町にいるみんな、いい人なんだよ。魔王に味方なんて、そんなことあるわけない」
「違うな、もしそうなら犯罪などこの世にはない。あり得るんだよ。現実を見ろ、お花畑」
「っ……!」
三城は目を見開くと、体を震わせる。
その頬を、涙が一筋。
「……しーちゃんのバカ、もう知らない!!」
次の瞬間には、三城は俺の横をすり抜け、建物の影へと消えた。
「三城っ! ……何だったんだよ。俺を……」
その先の言葉は、思いつかなかった。
「……言い過ぎたんじゃないですか?」
三城のとは別の声。
振り返ると、荒川が立っていた。
「……全部見てたのか」
「ええ……隣、いいですか?」
荒川は俺の隣に立つと、川の流れを見つめながら話し出す。
「私には、神埼さんの抱く危機感はよく分かります。この平和な日常が崩壊するのは、何としても避けなければいけませんよね。
……でも……三城さんもそうですし、監視されることに不満を抱く皆さんの気持ちも、分かるんです。いくら非常事態だと言われても、一日中誰かに見張られている生活なんて、想像したくもありませんから」
荒川の声に、非難や軽蔑の響きはなかった。
ただ優しく、落ち着いて俺を諭す。
「神埼さんの意見は、間違ってなんかいません。でも、頭ごなしに押し付けるだけでは、誰も着いてきてはくれないんです。私の言葉が、信じられるかは分かりませんが……」
荒川の言葉は、俺の心に直接響いてくる。
「……信じるさ。信じないわけがない。
俺は焦っていた。その焦りが間違いだったとは思わない。が……。
もう少し、他人の気持ちというのも、考えるべきだったかもしれないな」
ふと、先ほど泣きながら走り去っていった、三城の姿が頭をよぎる。
「……明日、あいつに謝るか」
「それがいいです。三城さんなら、きっとすぐに機嫌を直して、抱きついてくると思いますよ」
俺は背伸びをすると、宿への道を歩く。
後ろで、芹沢が荒川に話しかける声が聞こえた。
「神埼の奴、妙な感じだったが……一体何かあったのか?」
「ええ、いろいろと」




