56.疑心暗鬼
「みんな、聞いてくれ」
緊急招集によって集まったギルドの全冒険者を前に、ハンドンは呼びかける。
「このような集まりを開かなければならないことは、本当に心苦しい。しかし、このアルトの安全のために、どうか協力してほしい」
ハンドンはそう前置きすると、先ほど俺に話した内容を、皆に公開した。
ギルドは、たちまちパニックに陥った。
「……つまり、俺たちの中に裏切り者がいるってことかよ!?」
「お前じゃねえだろうな?」
「そ、そんなわけないだろ! お前こそ味方なんだよな?」
冒険者たちは互いに睨み合い、相手の素性を探ろうとする。
「おいみんな、聞いてくれよ」
場を鎮めたのは、アルトでも名の知れた冒険者、サンダーであった。
次期隊長とも噂されている有力者の発言に、皆が注目を集める。
「怪しいのは当然、最近やってきた新参者だ。最近冒険者の人数がドカンと増えたし、紛れてても気付かねえ。
そして新参者といえば、この夏に突然現れた、どこの誰ともわからん変な名前のお前らだ!」
サンダーはそう言い切ると、俺とは離れた場所に集まっていた、旧1年C組の面々を指差す。
「……確かに、あいつらの出身地とか、聞いたこともねえな」
「あっ! それに、魔王軍が頻繁に襲ってくるようになったのは、お前らが来てからじゃねえか!」
「そうだ、お前らが魔王のスパイなんだろ!?」
冒険者たちは次々と同調し、非難の声を上げる。
「い、言い掛かりだ! 何の証拠があるっていうんだよ!」
「そうよ、疑われる理由なんてない!」
当然、井川や榎田が先陣を切り、反論を始めた。
「……こうなることは分かっていた。だからやりたくはなかったのだが……すまん、カンザキ君。仲間が疑われて、君もいい気はしないだろうが……」
ハンドンが、俺に謝罪をする。
「いえ、町を守るためには必要なことです。それに、俺の仲間だからって絶対シロなわけでもない」
「みんな落ち着いて。冒険者の皆さんも、少し話を聞いてもらえないでしょうか?」
荒れに荒れる場を、日比野が何とか抑える。
静まった冒険者たちに、日比野は語りかける。
「確かに、半年前にいきなりやってきた私たちは、得体の知れない集団かもしれません。実際、私たちの出身には、複雑な背景があります。
でも、ここアルトに来て半年間、私たちはこの町のために必死に戦ってきました。少なくとも私は一度たりとも、魔王に味方しようなどと考えたことはありません。そして私は、みんながそうであると信じています。
……こんな話をしたって、嘘だろうと思われるかもしれませんが……」
その切実な訴えに、冒険者たちは顔を見合わせる。
「まあ、スパイを潜り込ませるとしたら、こんな派手なことしねえよな」
「他の奴らは知らねえけど、少なくとも嬢ちゃんは信用するぜ、俺は」
考えを改めた冒険者も多いようだ。
「でも、じゃあ他に誰か疑わしい奴はいるかよ? やっぱり、お前たちの中にいるとしか……」
「私は騙されないわよ、善人の皮を被った化け物め!」
だが、やはり疑いの声は根強い。
「……やっぱり、そうだよね……」
肩を落とす日比野。
俺たちにとっては絶対的な信頼をおける委員長でも、社会に晒せばただの人間なのだ。
自身の無力さを痛感したか、唇を噛む。
「日比野さん、あなたは一つ大きな間違いを犯しているわ」
新たな動きを見せたのは、寺田だった。
日比野のもとにツカツカと歩み寄ると、厳しい視線を向ける。
「間違い……? それは、どういうことなの?」
「あなたは、いったい何の根拠があって、私たちの中に裏切り者などいないと主張しているの? 私たち28人全員が、あなたと同じ考えだと、本気で言っているの? 1人たりとも道を踏み外し、大きな過ちを犯していないと、本当に言い切れるの?」
大きく目を見開く日比野。
その口からは、声にならない声が漏れる。
寺田は、一切呼びかけることなく、場に静寂をもたらしてみせた。
先ほどまで盛んに野次やら批判やらをしていた冒険者たちが、28人の動きを注視している。
「じゃ、じゃあお前は誰が怪しいと思ってるんだよ!」
沈黙を破ったのは泊だった。
自分に疑いが向くことを恐れているのだろう。
寺田はその言葉を受け、少し思案する。
やがて思い至ったか、口を開く。
「ここ最近で、最も混乱を引き起こした人……少し乱暴な言い方をすれば一番迷惑な人、それこそが裏切り者だと、私は考えるわ」
皆は顔を見合わせる。
そして自然と、視線はある人物のもとへ。
「芹沢くん、裏切り者の可能性が最も高いのは君よ」
芹沢は、少しも動揺しなかった。
まあ、彼の行動がきっかけとなって、クラスは一度分裂したのだ。
名指しされることを、すでに悟っていたのだろう。
そして芹沢は、反論するべく口を開く。
「そんな訳ありません。芹沢さんは、私を守ってくれているのですから」
芹沢よりも先に言葉を発したのは、荒川だった。
口数の少ない彼女の電撃のような介入に、寺田は動揺を見せる。
そして、荒川が完全に芹沢に心を開いているという事実に、清水が打ちのめされる。
静寂の中に、清水の倒れる音だけが響いた。
「もし芹沢さんが裏切り者だとしたら、あの場で私の護衛役を買って出るのは失策です。時間をとられますし、第一するメリットがありませんから。黙っていれば、他の人がその役についたはずです。
それに、混乱を引き起こしたという観点から見れば、芹沢さんの脱退に便乗する風潮を作り出した、あなたの方こそ迷惑な行動をしたと言えるんじゃないですか?」
荒川の理論に隙はなかった。
不埒な行動をする上で、荒川の護衛という義務は明らかに行動を阻害する枷となる。
芹沢の発言に便乗して混乱を引き起こしたとする寺田へのカウンターも、筋が通っている。
「それは……」
畳み掛けられた寺田は、何も言い返すことができず、押し黙る。
「まあまあ美鈴、そこまでにしておけ。ありがとうな、俺の代わりに弁護してくれて」
芹沢の制止に荒川は頷くと、引き下がった。
入れ違いに、芹沢が前へ進み出る。
「俺がもし裏切り者だとしたら、こんな派手な行動をするわけがない。だって、こんな風に疑いを向けられるから。だろう?」
芹沢は、唐突に芳賀に話を振った。
「そ、そうだな。何食わぬ顔をしてる奴が怪しいんだ!」
芳賀は何度も頷くと、突っかえながらそう主張する。
大人しい人物である芳賀が、ここまで肯定するとは珍しい。
一体何かあったのだろうか。
「そう。人畜無害を装っている奴の方が、裏でコソコソとやりやすい。例えば美里とか」
「はあっ!? な、何よいきなり!? ……いたっ!」
急に疑いを向けられた平城山は、反射的に後ずさる。
後ろにあるテーブルに気づかず、腰を強打するほどに。
「そんなに動揺するなんて、まさか本当にお前が裏切り者なのか?」
「違う! 第一、私に何の情報が掴めるっていうのよ? 何も知らないわよ、私」
次から次へと、容疑者が入れ替わっていく。
次はいったい誰が標的になるのだろうか……。
「怪しいのは権力を持ってるヤツよ! そこで『オレは関係ありませ〜ん』って澄ました顔してる神埼とかね!」
俺!?
ほーら、こうなるから半端に偉い地位は嫌なんだ!
「そんなわけない!」
「神埼くんは迷宮で私を助けてくれたの、そんな人が魔王軍なんか入るなんてありえない!」
三城と土岐枝がすかさず声を張り上げる。
良かった、味方がいて……。
「それってさ、キミたちの『そうに違いない!』っていうただの願望じゃない? 情に流されてるだけじゃん」
小馬鹿にしたような口調で、城戸が2人に鋭い指摘をする。
「で、でも……」
「これ以上は、キミたちが守りたくて仕方がな〜い神埼くんの信用が下がるだけだから、やめといた方がいいと思うよ?」
城戸に完全に黙らされた三城と土岐枝は、声を発することもできずに俯く。
土岐枝に至っては、松葉杖を自力で支えることもできず、湯梨浜に支えられる始末だ。
……あれ、城戸ってこんな性格だっけ?
芹沢もそうだし、いったい井川のパーティーで何があったんだ?
……おや?
ところで、これって俺大ピンチじゃない?
あいつらが無駄に足掻いてくれたせいで、逆に立場が悪くなった。
無実を証明する手立てはないし……。
「みんな、これ以上の疑い合いはやめよう。不必要な傷を負うだけだ」
真の助け船を漕いできたのは、坂北だった。
「でも、このままじゃ俺たちは疑われ続けるじゃねえか。結局何にもならなかったし」
「この話し合いじゃ、何にも得られないよ。僕たちが立てられるのは、証拠もない詭弁だけ」
不満を口にする泊も、坂北は優しく諭す。
「……だから、たとえ裏切り者がいたとしても、行動させない。
もしこの中に裏切り者がいて、何か事件が起こったとしたら、その責任は全て僕が取る」
坂北の勇気ある発言に、皆が驚いた。
もちろん俺もだ。
「そんなこと言って、もし裏切り者が人を殺したら……」
「その時は、僕が代わりに晒し首になる。でも、そんなことはきっとしないはずだよ」
「……坂北くん。あなただけが責任を負うことは、委員長として許せない。
この中の誰かが道を踏み外したとしたら、その責任は委員長である私にだってある」
日比野までが宣言した。
「みつき!? どうして、そんな不届き者の責任なんてあなたに……」
橋本が、日比野の運命が裏切り者に委ねられることなど許せるわけがない。
だが、振り返った日比野の決意のみなぎった目に射抜かれ、口を閉ざす。
「……そういうことで、どうか納得してはもらえませんか?」
日比野と坂北は、冒険者たちに頭を下げる。
激しい応酬の一部始終を目の当たりにした冒険者たちは、2人の決断を拒むことをしなかった。
「……もう一度聞こう。この国の司法は重い、晒し首どころか、もっと残酷な処罰を受けることになるかもしれない。それでもいいのか?」
ハンドンが、2人に問う。
2人は、強く肯定した。
「……分かった。納得できる人が過半数のようなので、この条件を以て裏切り者の炙り出しは中止とする。各自、通常のクエストに戻るように」
ハンドンの姿が、隊長室へと消える。
その背中は、何か重いものを背負っているように見えた。




