55.転機
翌日。
いつもの如くギルドへと向かうと、俺はなぜか職員に呼び止められた。
曰く、俺はどうやら防衛隊長ハンドンの呼び出しを受けているようで。
「え? な、何でですか? 俺何にもやらかした覚えないんですけど……」
「そう言われましても、呼んでくるようにとの指示ですので……。とにかく、隊長室の方へ……」
俺は訳も分からず、『関係者以外立ち入り禁止』と書かれたエリアへと連れ込まれる。
一体俺はどうなってしまうんだ!?
「ハンドン隊長、カンザキ様をお連れしました」
数秒の間ののち、隊長室の重厚なドアの錠が開くガチリという音が響く。
ゆっくりと開かれるそのドアの向こうには、えらく深刻な顔をしたハンドンが立っていた。
「さあ、入ってくれ」
逆らうこともできず、俺は中へと入る。
「……コーヒー……」
「おや、何か問題でもあったかね?」
「い、いえ、頂戴します。……なるほど、香り高い」
コーヒー飲めねえんだよ! 何だこの苦いのは、人間の飲み物じゃねえだろ!
心の中で叫びつつ、俺は暗黒物質を口へと押し込む。
「それで、今日はどういったご用件で?」
ハンドンもカップを置くと、俺の目を見据え、話し始める。
「先日の戦いで、副隊長であったハリスが敗北を喫したのは知っているだろう?」
良かった、説教ではなさそうだ。
「ええ、というか目の当たりにしましたね。一体何が起こったのかと、あの時は驚きましたよ。だって100人はあろうかという冒険者が、揃いも揃って倒れ伏していたんですから」
「その通り、当時の彼も、何が起こったのか分からなかったに違いないだろう。君の報告によれば、ルビアという謎の存在の仕業の可能性が高いということだったが……。彼に非はないと、私は思っている。
だが、ハリスは責任感の強いたちでね。敵中で油断し、大敗を招いた責任をとって副隊長の座を降りたいと、昨日申し出があったんだよ」
ハンドンはそこまで話すと、コーヒーを一口。
……話の先が読めない。
まさかハリスの愚痴を俺に聞かせに呼んだわけでもなかろうし……。
そもそも、ハンドンは今ハリスに非はないと擁護していた。
「それで、その座を継ぐものが必要になったわけだ」
「そうですね……。ああ、もしかして誰が適任かの意見を聞こうと? でしたら、もう少し経験の長い冒険者の方が……俺がこの町に来たのは半年前ですよ?」
今は12月、木も葉を散らし、すっかり冷え込んできた。
異世界に来た時は、あんなにも蒸し暑かったというのに。
つい、半年間のあまりにも濃い出来事に、思いを馳せる。
「……いや、そういうわけではない。既にハリスとも相談し、後継者は決まっている」
ハンドンの声に、現実に引き戻される。
「そうですか……。じゃあ、俺は一体なぜここに?」
「それはもちろん、君こそが新たなる副隊長にふさわしいと考えているからに他ならない」
「……え? 今なんて……」
「君は今日から副隊長だと言ったんだ」
……え!?
「い、いやいや……。俺はまだ新米冒険者ですよ!? そんな実力──」
「キャリア年数は関係ないさ。オーガの大群を倒した時から、君は素晴らしい実力を見せていたじゃないか。そして今回、ハリスに代わって冒険者たちに的確な指示を出し、損害を最小限に抑えた。これらの実績を見れば、君が優秀な魔術師であることは明らかだ」
そこまで言われると断りづらいなぁ……。
「……分かりました。そこまで言うのなら、お受けしましょう」
「助かるよ。さあ、式典は今からすぐだ。第1ホールに冒険者たちが集まっている。主役が遅れるわけにはいかないぞ!」
「え!? それ俺が断ったらどうするつもりだったんですか!?」
本当に異世界というのは……。
まあ、このルーズさというか、活気というか……。
そういうのも、魅力の一つなのかもしれないけども。
式典は、大拍手とともに終了した。
準備時間2分で、何とか就任の挨拶を乗り越えられたのは、誰か褒めてくれてもいいと思う。
何かにつけてすぐサボりたがる冒険者たちは、真っ昼間から宴会を始めやがった。
主役の俺は、まだ色々とやることがあるようで……。
隊長室よりは一回り小さいが、それでも立派な副隊長室。
「……さて、式典も終わったところで、色々としてもらわなければならん事務がある」
「まあ、そうだとは思ってましたが……って多っ!?」
俺の目の前に、高さ20センチはあろうかという書類の山が積まれる。
「まずは、これ全部に署名してくれ」
「ええぇっ!?」
国への届出、各国への通達、ここまでは分かる。
いくら何でも、500を超える国中の都市の防衛隊にまで書く必要はないだろうが!
「はあっ、はあっ……書き終わりましたよ」
「でかした。じゃあ次は、これを全て読んでくれ」
「ぎゃああっ!?」
六法全書から謁見のマナー大全集。さらには戦術書、ゼロから分かる確定申告のしかた図解つき。
30冊以上の分厚い分厚い本を、隅から隅まで読み込んだ。
全てが終わる頃には、あんなに明るかった空が真っ暗。
「もうこれで終わりだ、今日は帰っていいぞ。
ああ、明日君に伝えたいことがあるから、隊長室に来てくれ」
見送るハンドンの声が遠ざかっていくのを感じながら、俺は一人暗闇の道を歩く。
その時、俺は道をこちらに駆けてくる人影をみとめた。
「……三城!? いつもはおねむの時間だろ!?」
今は間違いなく日を越している。
こいつ、普段は9時くらいには寝てる健康優良児なのだ。
「もう、私は赤ちゃんじゃないよ! しーちゃんが帰ってくるまで待ってたんだよ!」
三城は俺に一直線で走ってくると、勢いそのままに飛び込んでくる。
「……抱きつくのやめろって中2の時言わなかったっけ?」
「もう子供じゃないからいいの! それより、せっかく副隊長なったんだから」
俺は抵抗虚しく、頭をクシャクシャに撫でられる。
「ちょっ、やめろ! ……ん?」
ふいに、三城は俺の頭から手を離すと、俺の顔を見つめる。
「おめでと、しーちゃん!」
そう言うと、三城は心からの笑顔を見せる。
……ふいに、ちょっと前三城のことをうざったいと評したことが申し訳なくなってきた。
「……おう。素直に受け取っとくわ」
「あーっ! ちゃんとありがとうって言ってよ!」
前言撤回こいつウザい!
俺と三城は、人っ子一人いない夜道を、全速力でチェイスしながら帰った。
「……それで、話したいことというのは?」
翌日、隊長室にて。
「2つあるんだ。まず1つは、あのラプラスの襲撃を受けた村周辺の地域について。あそこはうちの防衛隊の管轄だが……、我々は手を引くことにした」
それはつまり、ラプラスに対して白旗を揚げ、引き下がることを示す。
が、ラプラスの強さは本物。
紳士的な対応を示してくれている今のうちに譲歩するのが、賢明というものなのだろう。
「俺も同感です。……で、2つ目は?」
問うと、ハンドンは辺りを見渡すと、耳打ちの仕草をする。
それに従い、俺は耳を近づける。
「この町に魔王軍のものが潜入している、とラプラスが語ったことは、前に話したろう? それについて、新たな情報が挙がったんだ。それによれば……。
ある魔王軍の人物が、冒険者を味方に引き入れ、スパイとして活動させているそうだ。つまりは、このギルドの冒険者の中に、魔王軍の手先がいる」
俺は息を呑んだ。
それすなわち、俺の見知った友人の中に、裏切り者がいるかもしれないということなのだ。
「それは大問題ですね。一体どう対応をするつもりなんですか?」
そう尋ねると、ハンドンは姿勢を戻し、咳払いをする。
「今日、この話を全冒険者の前で発表する。今ごろ招集がかかっていることだろう。
そして、皆でその人物を見つけ出す」
これは、日本では有名なある遊びに似ている。
皆で話し合いを行い、村人を食い殺そうと人間の皮を被った狼を見つけ出す。
誰が本当のことを、そして誰が嘘をついているかは、本人にしか分からない。
ただ一つ異なるのは、この村に狼をいとも容易く見つけ出す占い師など存在しないことだ。
もっとも、話し合い如きで『潜伏者』が見つけ出せるなど、到底思ってはいない。
だが、その人物にプレッシャーを与えることはできよう。
それがもし、『潜伏者』の行動を早めることにつながったら?
「……その時は、俺たち冒険者が一丸となり、狼を絞め殺す」




