54.事態は思わしくないようで
山を駆け降りると、廃墟と化した集落を駆け抜け、反対側の山へと差し掛かる。
後ろから何人もの冒険者が着いてきているのが心強い。
悲鳴や怒号は聞こえない。
状況は好転したのか、はたまた絶望的なのか……。
視界が開けた瞬間、そこには恐ろしい光景が広がっていた。
100人をゆうに超える冒険者たち。
そのほとんどが地面に倒れ伏し、ぴくりとも動かない。
奥では、リザードマンたちが脱力した冒険者たちを片っ端から縄で縛り上げていくのが目に映った。
「い、いったい何が起こったんだ!?」
後ろから追いついてきた井川が、素っ頓狂な声を上げる。
「分からん、とにかく加勢するぞ!」
俺は腰から杖を引き抜き、近くのリザードマンに狙いを定める。
ここにいる冒険者たちは、1人残らず無力化されている。
俺たちだけで対処しなければ。
と、たいそうな事を言ってみたが。
一体どうしてこの状況を作り出せたのかと疑問に思うほど、リザードマンたちは弱いのであった。
攻撃を受けるまで俺たちが来ていたことに気づかないほど気が緩んでいたし、いつの間にか雨の止んだ、ただぬかるんだばかりの土壌では、槍の扱いも今ひとつ。
俺たちは、本気を出すこともなく、飛びかかってくるリザードマンを圧倒できた。
「一体何やってるんですか! こんな弱いリザードマンに負けるなんて、アルトの名が廃りますよ!」
俺は魔法を放ちながら、そこで情けなく地面に転がされている副隊長を非難した。
「き、聞いてくれ。突然体が動かなくなって、気づいたらやられていた。麻痺魔法だよ」
「あたしも、必死の抵抗虚しく……分かってくれよ!」
冒険者たちは、口々にそのような事を言うのだった。
「なら、その魔法を放った術者がまだ近くにいるわけだ。さっさとぶち殺してやる!
おいそこの修道士、俺たちに状態異常耐性をつけてくれ!」
「わ、分かりました!」
近くに転がった杖を何とか取ろうともぞもぞ動く修道士が、何だか滑稽である。
だがそこはプロ、まもなく杖を手に取ると、流れるように耐性をつけてくれた。
「首領、壊滅的な被害です! 撤退しましょう!」
「し、仕方あるまい。退けーっ!」
レプティールの震える声を合図に、残っていたリザードマンたちは一斉に逃げ出した。
「待てゴラッ! ……チッ。
俺が奴らを追いかける、お前たちはそこでぐるぐる巻きにされてる情けない奴らを解放してやれ!」
情けない副隊長に代わり、俺が主導権を握ることに成功した。
その優越感に浸る時間もなく、地面を蹴ってリザードマンの後を追う。
「止まれぇっ、今降伏すれば命だけは助けてやる!」
「リザードマンの名にかけて、そんな屈辱は決して受け入れん! 我々の進む道は、勝利か死かのみぞ!」
「なら正々堂々と戦え! なぜ逃げるのだ! もう我慢ならん……『煙霞』っ!」
「「ぎゃあああっっ!!」」
すっかり晴れ上がった空から、木漏れ日が差し込んでくる。
リザードマンに有利な環境は、完全に失われた。
奴らの全滅も時間の問題か……?
「おいルビアよ、此奴を生ける像に変えてしまえ!」
突然、レプティールは木々の間に向かって叫ぶ。
そちらを向くと、まるでムササビのように木々を飛び進む影。
あいつが冒険者を大量に麻痺させたのか。
……麻痺させられる前に倒す!
「風刃!」
影に向かって杖の先を向け叫ぶ。
が、影はそれを容易く避けてみせた。
今度は影の方が、こちらに手を伸ばす。
「くそっ!」
麻痺させられたらおしまいだ。
俺は咄嗟に茂みに飛び込んだ。
「隠遁!」
最近覚えた、影に潜り気配を消す魔法。
これなら、見つかることも、ましてや麻痺させられることもなかろう。
ひとまずの安全を確保すると、今度は冒険心が湧いてきた。
100人以上の冒険者を一度に麻痺させられるような実力者とは、一体どんな奴なのだろうか。
今後の対策としても、確認しておく必要があろう。
影の中を自由に移動できるこの魔法。
その強みを最大限に生かし、木漏れ日を避けて道のほうへと出ていく。
今まさに、生き残った数少ないリザードマンたちの元へ、人影が歩み寄っていくところだ。
人影は紺碧の服を纏い、顔まで覆っている。
しかしその立ち居振る舞いや体格が、人影が女性であることを示していた。
「申し訳ありません、取り逃してしまいました」
人影は跪くと、それを裏付ける高く澄んだ声を発した。
「構わん。彼奴は確かに憎らしいが、あの村の者どもに比べれば可愛いもの。見逃してやれ。
短い協力だったが、感謝しているぞ。ルビア」
レプティールは、ルビアという人物にそう語った。
「……惨敗だった」
「こ、これは……だ、大丈夫ですか?」
全身に腫れ上がった打撲痕のあるハンドンを前に、俺は言葉も出なかった。
聞けば、ラプラスの剣戟になす術もなく、ただ遊ばれたのだそう。
命ばかりは助けてもらい、逃げ帰ってきたのだとか。
「まあ、村人たちも安全なアルトまで非難できましたし、結果オーライですね」
そう軽口を叩くも、ハンドンの顔は曇る。
「それがな……このアルトも安全ではないかもしれないんだ」
「……それは、ラプラスがここまで追ってくるかもしれない、という事ですか?」
「いや、そうではない。彼は魔王に仕える者だが、一人の剣士でもある。アルトに攻め入ることはないと断言した彼の言葉に相違はあるまい」
ハンドンの表情からは、ラプラスという騎士への信用が伝わってきた。
彼も元は国王を護った聖騎士、その直感に間違いはなかろう。
ハンドンは、言葉を続ける。
「……だが、彼がこう警告したのだ。
このアルトに、魔王軍のもの、しかも有力な人物が、配下を引き連れて潜入している、とな」
俺は耳を疑った。
「まさか、ヴァルトやへードルのような強敵が、この町を占領しようとしていると?」
「ああ、どうやらラプラスは魔王軍の中でも穏健派らしくてな。攻撃的なその配下の動向を警戒しているようなのだ。ありがたい忠告と受け取るべきだろう」
一度、二度と取り戻したこの町の平穏が、また脅かされる……。
その事実は、俺に不安と焦りを抱かせるに十分だった。
憂鬱な気持ちでギルドを出ると、見覚えある人物がこちらに歩いてきた。
特筆すべきは、その人物が松葉杖をつき、あちこちに包帯を巻いていることだ。
「土岐枝、歩けるようになったのか。……いや歩いてるって言えるのかこれ?」
「うん、お医者さんが、ゆっくりなら大丈夫だって」
土岐枝はそう言うと、屈託のない笑顔を見せる。
精神面ではすっかり回復したようだ。
三城と違って言動がうざったくない分、接するのに疲れない。
その笑顔が、荒んだ心に幾ばくか水を与えてくれる。
「元気そうで何よりだ。……ま、もうしばらくは休んでおけ。帰り道でずっこけんなよ」
「うん!」
土岐枝と別れた後、その足で銭湯へと向かった。
ぬかるんだ土地で戦って泥だらけになった体をきれいに洗い、湯船に浸かる。
こういう時間が、考え事をするのに適しているのだ。
……今日最も気になるのは、やはりあのルビアという奴。
おそらくは魔王軍、もしかしたらラプラスの部下の可能性もある。
まごう事なき強敵だ。
……だが。
「なんか引っかかるんだよなぁ……」
「どうした神埼? 夜ご飯の魚の小骨か? そういう時はな、ご飯をかっ込めばいいんだぜ」
思わず口をついて出た言葉に、井川が的外れなアドバイスをしてくる。
却って小骨が喉にぶっ刺さるので、皆は止めるように。
「あー、そうさせてもらうよ」
生返事をしながら、改めて思案。
ルビア、その名に覚えは全くない。
間違いなく初対面のはずだ。
だが、なぜかその姿に、声に既視感をおぼえたのだ。
単なる勘違いなのか、それとも……。
俺の知っている誰かが、魔王軍のものという裏の顔を隠しているのか。
だとすれば、それがラプラスの言ったという潜入者なのか……?
謎は深まるばかり。




