53.ラプラスの悪魔
「私は常日頃より、相対したものには手札を全て明かすことにしている。それが私にとっての礼儀であり、真剣さなのだ。
察しの通り、私はあらゆる未来を正確に見通すことができる。いわゆる未来予知というものを、私は持っている」
ラプラスは、落ち着いた声でそう語った。
彼の立ち姿には、一瞬の気の緩みも、こちらを侮っているような態度の片鱗も見られない。
騎士道というものを重んじているのかもしれない。
「……終わったじゃん」
向こうから能力を明かしてくれたのは嬉しいけども。
分かったところでどうしようもないんだよなぁ……。
さっきラプラスが言った通り、あと20分もすれば橋本の結界は砕け散る。
その瞬間、俺たちは新鮮な切り身になってしまうのだ。
押しつぶされそうなほどに重い沈黙が続く。
かたや剣を手に悠然と構えるラプラス。
かたや結界に閉じこもり、震えて死を待つばかりの俺たち。
「ぼ、冒険者の皆さん、何か手立てはないんですか……?」
「ねえ、僕まだ死にたくないよ……」
村人たちの悲痛な訴えに、俺たちは応えることすらできない。
突如、ラプラスが大きく右に動き、視界から消える。
先ほどまで彼が構えていた場所を、幾筋もの光線が焼いた。
土が焼ける不快な匂いが鼻を掠める。
(お待たせ! アルトから200人が来たよ〜!)
直後頭の中に響く、湯梨浜の声。
間に合った……。
安堵に体を包まれると同時に、唇を噛んで気を引き締める。
ここでどう動くかが、俺たちの、この村の運命を決する。
「状況は!?」
木々をかき分け現れたのは、防衛隊長ハンドン。
「魔王軍幹部と思われる、未来を予知する力を持った剣士がいました。次もいつどこに出現するか分かりません」
「了解。みんな! ひとまず、村を囲むようにあたりの斜面に散らばるんだ」
俺が状況を端的に伝えると、ハンドンはすぐさま指示を出す。
俺たちはそれに従い、辺りの山腹へと走る。
村が見えた。
その中心の広場には、レプティールを囲んで万歳三唱をするリザードマンたち。
ラプラスの姿はない。
村全体を爆破できる位置まで走ると、木の裏に身を隠す。
「それで隊長。作戦は?」
先に到着していたハンドンに問うた。
「ああ。その幹部が現れたら、タイミングを合わせて四方八方から魔法を打ち込む。未来予知となると、不意打ちが上手くいくかはわからないがね」
タイミングを合わせるということは、山口が適任だな。
俺が指示を出すよりも早く、山口が辺りの冒険者たちに脳内通信を仕掛けているのが目に映った。
しかし、やはり懸念はラプラスの予知だ。
予知というのが、自分の知り得る情報からだけなのか、それともあらゆる情報を知ることができるのかによって変わる。
例えば、さっき橋本の結界が保つ時間を正確に当てた時。
あれは結界の現物、あるいは術者の橋本を観察した結果と捉えることができる。
いっぽう、森の奥からの攻撃を避けた時。
俺の目には、慌てて回避したようにも見えた。
しかし、普通の人ならあれで死ぬが、攻撃を予知したからこそ早く避けられたとも捉えられる。
仮説としては、自身の知った情報をもとに今後を予測する能力が異常に高い説。
あるいは、魔力の動きや人間の感情の変化といったある種の予兆を感じ取っている説。
世界の全てを知るのは不可能なのだから、この辺りが落とし所だろう。
「魔法用意!」
おっと、今は目の前のことに集中しなくては。
杖を構え、その先に魔力を集める。
同時に、木から身を乗り出し、村の方を覗く。
広場に向かって歩く白服が、確かにそこにいた。
(3、2、1……撃てっ!!)
「『火炎旋風』!!」
山口の合図と同時に、俺は声を張り上げる。
タキシードに向けられた杖の先端から、赤く燃え上がる炎が迸った。
同時に、数百の稲妻が、炎が、岩が、武器が、村を歩くただ一つの人影に向かって突き進む。
ドガアァァァンッ!!
数百メートルは離れているであろうここでも耳を覆いたくなるほどの轟音が、大地を揺らした。
かつてのどかだった村は、たちまち土煙に覆われる。
爆音に混じって、微かにリザードマンの慌てふためく声が聞こえた。
まもなく、煙が晴れる。
そこに、ラプラスの姿はなかった。
「お、おいどうなってんだ?」
「まさか粉々に消し飛んだんじゃ?」
「いや、きっとまた逃げたんだろ。結局腰抜けじゃねえか」
冒険者たちのさまざまな憶測が飛び交う。
安堵、不安、緊張、何をどう感じたらいいか分からない。
ふと、俺はこの場にさっきまでなかった気配を感じ取った。
具体的には、俺たちの真後ろから……。
「まるで蛞蝓のように遅い攻撃だったな。あの程度で私に傷をつけられると思っていたなら、何たる楽観者と賞賛を送りたいほどだ」
恐る恐る振り返ると、そこには。
今まさに剣士を一刀両断する、全知のラプラスがあった。
「おい後ろだ! 後ろに敵がいるぞ!」
「ど、どうなってんだ!?」
「瞬間移動か!? ……今はどうでもいい、うおおおおおおっ!!」
予想外の事態に冷静さを欠いた冒険者たちが、武器を振りかざしてラプラスの元へ走る。
「やはり人間は愚かだ」
10を超える命が、今ここで無惨に刈り取られていった。
形勢逆転。
命を奪われる側への転落。
「勇敢なる者らよ。戦いの中に散ることを誇りに思うがいい……点火!」
瞬間、ラプラスの大剣が、紅蓮の炎に包まれる。
ラプラスは、その太刀を振るった。
同時に、赤々と燃える炎が、水平に広がる。
が、回避できぬほどに早い訳ではない。
俺は手近な木の裏に身を隠した。
「ぎゃああっ!」
冒険者の悲鳴。
見ると、その男の築いた魔力の壁が、ガラスのように砕け散るところであった。
普通の炎ではない!
おそらくは、剣戟と同等のエネルギーと破壊力を持つ。
そこらの木で防げるものではないぞ!?
「神聖鏡! こちらに!」
間一髪、荒川のもとに逃れる。
先ほどまで隠れていた木がいとも容易く両断されたのを見届けると、安堵のため息をついた。
ヴァルト戦といいへードル戦といいヘーレ迷宮の時といい、この人はいつも誰かの命を救ってばかりだ。
正直、清水と同じくらい信頼している。
炎の刃が通り過ぎると、ラプラスはため息をつく。
「思った以上に対処されてしまったか。私もたるんだな。久しぶりに、魔王との模擬戦がしたい」
そんな恐ろしいセリフを吐きながら、ラプラスは剣を構え直した。
(お、おい! 向こうの山からSOSが来たぞ!)
その時、山口の上擦った声が飛び込んでくる。
(どういうことだ? 向こうには雑魚トカゲしかいないはずだが……)
(詳しくはわからない、でもただ事じゃない雰囲気だったぞ!)
無視するわけにもいかない。
どうしたものか……。
(行ってくれ。こんな強敵、数人減ったところで負けに変わりはない。なら向こうのみんなを助けるべきだ)
ハンドンの力強い声が、俺の背中を押した。
(よし、続け!)
俺は先陣を切ると、山の斜面を駆け下る。




