52.トカゲの復讐劇
村を再三襲っていたリザードマンは、俺たちの攻撃に恐れをなし、退散した。
これに懲りて、もう村が襲撃を受けることはないと思われていたのだが……。
『大至急 リザードマンの大群に襲われている村の救援』
……何でだよぉ!
俺たちが追い払えなかったのだから、自分たちでけりをつけるべきであろう。
そう思い、即座に受注して早馬に飛び込んだ。
「もっと急いでくれ! 1つの村の危機なんだ!」
「そうは言っても、この雨です。ぬかるんでて危険ですよ!」
「クソッ、レプティールめ!」
村に近づくたびにどんどんと強くなるこの雷雨。
間違いなく、リザードマンの首領、レプティールの仕業だろう。
「仕方ない、後ろに向かって風魔法を撃て!」
風魔法を得意とする井川にそう指示すると、御者が慌てた顔で振り返った。
「おっ、お客さん!? そんなことしたら馬車がひっくり返ります!」
「一大事なんだ! 馬車がぶっ壊れたら許してくれ、暴風!」
井川が叫ぶと、後ろに向かって構えられたその杖の先端から、とてつもない威力の風が噴き出す。
同時に、馬車はこれまでの数倍の速度で空走し始めた。
「ぎゃああああっっ!!」
御者のさまざまな心のこもった悲鳴が、風に流れて消えていった。
「進めーっ! 勝利は我らリザードマンの手にあるぞ! この村を廃墟に変えてしまえ!」
「「うおおっっ!!」」
時すでに遅し。
村から離れた位置で馬車を降り、木々に隠れて村の方角を見た瞬間、目に飛び込んできた凄惨な光景に息を呑む。
村の建物は完膚なきまでに破壊され、辺りには瓦礫と血が広がっていた。
だが、死体や怪我人はない。
どこかに逃げ延びているのだろう。
手分けして探していると、村長の白髪が茂みから覗いていた。
近寄ると、昨日威勢を張っていた何十人もの村人が、肩を寄せて縮こまっている。
「あのー……」
「ひいっ!? お、お許し下さい……」
声をかけると、昨日の力強さはどこへやら、皆揃ってこちらに土下座してきた。
「安心してください、俺は味方です。
しかし、何でこんなボッコボコにされてるんですか?」
気になるのはそこだ。
これまでもこの村は何度かリザードマンの襲撃を受けてきた。
だが、これまでは自分たちだけで対処できていた。
しかし数日前にはアルトに救援を要請し、俺たちがやってきたのだ。
そして今日はこの有様。
「ま、ま……」
後ろの、前レプティールに悪態を吐いていた若者が、震え、声にならない声をあげる。
「ま? 魔王軍でもいたんです?」
「そうです。それも、ただの魔王軍ではありません……」
村長のその言葉に、俺はかつてアルトに甚大な被害をもたらした2人を思い返す。
町の大部分を灰燼に帰した悪魔公爵ヴァルト。
そして数多の冒険者を生ける屍へと変えた不死王へードルだ。
まさか、それに匹敵する強敵がここに送り込まれてきていると言うのか……?
「とにかく、こんなところにいてもそのうち見つかりますって。応援を呼びますから、ひとまずアルトに避難しましょう」
そう提案すると、村人たちは次々と立ち上がった。
(見つけた。誰かアルトに応援を要請してくれ、強敵がいるそうだ)
山口の脳内通信で皆に情報を伝える。
(私が行くよ。ついでに村人さんたちを避難させる馬車も頼んだほうがいい?)
即座に湯梨浜から反応があった。
(話が早いな、任せた)
湯梨浜を除く全員が、森の奥で集合した。
ここなら、しばらくは見つかることもないだろう。
「とりあえず、一体何が襲ってきたのか教えてくれ」
今後の方針を考える上でも、知っておかねばなるまい。
村人たちは、震える声で次々と証言をした。
純白のタキシードに身を包んだ男。
2メートル以上もある大剣を片手で軽々と振り回し、空気を切り裂く斬撃を放つ。
自らを「ラプラス」と名乗った……。
「……なんか強そうだな」
俺たちは顔を見合わせる。
応援を頼んだのは正解だったようだ。
「とにかく、そいつに見つからないようにアルトまで逃げなきゃいけないんだろ? じゃあアルトから援軍がくるまで待機するのが1番だよ」
野口の意見は至極もっともだ。
俺たちだけで、強大な敵ラプラスに打ち勝つことはできまい。
ならここで隠れ、アルトから大勢の冒険者がやってくるのを待つべきだ。
村人を避難させ、俺たちはここに残って戦うことになるだろう。
俺たちは姿勢を低くし、息を潜めた。
湯梨浜が近づいてきたら、山口の脳内通信で知らせてくれるだろう。
援軍の中には優れた指揮官たるハンドンもいるに違いない。
彼ならば、ラプラスに見つかることもなく、俺たちと合流でき──
「こんなところに隠れていたか。敵を眼前にして逃げ去るとは、何と臆病な」
後ろから、そう声がした。
慌てて振り返ると、大剣を背負った白い服の男。
まさか……!
「おや、貴殿らはこの村のものではないようだな。ではまずは名乗らせていただくとしよう。
我が名はラプラス、我らが魔王の忠実なる騎士である」
男がそう言うと同時に、耳をつんざく稲妻が走った。
「お、おい! どうすんだよ!」
「どうするって、とにかく逃げようぜ!」
完全に予想外の事態。
俺たちは完全にパニック状態に陥った。
今最も優先されるのは、ラプラスに首ちょんぱされるのを防ぐことだ。
「橋本、結界を張れ!」
「あ、えっ!? 分かった!」
橋本は一瞬驚くも、すぐに詠唱を始める。
まもなく、村人も含めた何十人もが、半透明の結界に覆われた。
「結界の中に逃げ込んだか。相変わらず、人間というのは何と姑息で矮小なる種族であることよ」
ラプラスはそう言うが、攻撃する気配はない。
結界を破るのは、ラプラスにも難しいことなのだろうか。
しかし、その体から伝わってくる、ヴァルトやへードルをも凌駕する絶大な魔力は、彼にとってこんな結界を破壊するなど造作もないことを如実に示している。
意図が読めない。
「結界はどの程度保つんだ?」
「この調子だと──」
「24分32秒」
橋本が答えを口にする前に、ラプラスがその正確な時間を告げた。
「あらゆる未来を見通す私の眼は、その女性の展開した結界が今から24分21秒後に崩壊することを正確に予測した。
そしてそれこそが、貴殿らの残りの寿命に等しい」
ラプラスの言葉は、ハッタリではない。
彼はただの剣技の達人ではない。
「私は魔王より、この二つ名を拝命した」
ラプラスは、自身の性質を正確に表現したその名を口にした。
『全知のラプラス』と。




