51.森の奥の争い
俺たちは早馬に乗り、目的地を目指している。
今日のクエストは、リザードマンに襲われている村への救援だ。
リザードマンが魔王の手下の可能性もあるそうだから、気は抜けない。
リザードマンというのは、トカゲと人間の合いの子のような見た目の生物だ。
モンスターとも亜人とも言い切れない絶妙な立ち位置にあり、それゆえに多くの問題を抱えている。
多くの文化圏ではリザードマンは下等な種族とみなされ、差別や迫害の対象となっている。
この国においては、モンスターとして討伐対象にすらなっている。
リザードマンとてこの立ち位置に甘んじるばかりではなく、今回のように徒党を組んで村落を襲撃したり、魔王の傘下に入って魔族として暮らすものも多いそうだ。
まあ、今回の俺たちの仕事は村を守ることだ。
敵であるリザードマンに情けなどかけない。
場合によっては、魔法での掃討もやむを得ないだろう。
村に降り立つと、すぐに白髪の老人がこちらに駆け寄ってきた。
その慌てぶりは、状況の深刻さを物語っていた。
「あなた方がアルトからおいで下さった冒険者の皆様ですね。お待ちしておりました」
老人に促され、俺たちは村へ足を踏み入れる。
そのうちの1軒に入ると、そこには刀や農具で武装した村人たちが集結していた。
「おい村長、誰が都会もんなんぞ呼べって言ったんだよ。俺たちがトカゲ如きに敵わないとでも言いたいのか?」
突然、若者の不躾な目線がこちらに向けられる。
「奴らはお前の想像するよりも遥かに強い。油断は禁物だ。
……村のものが失礼なことを、申し訳ございませんでした」
村長と呼ばれた老人は、若者を一喝すると、こちらに頭を下げた。
「来たぞ、トカゲ共だ!」
その時、遠くから誰かが声を張り上げる。
それを聞くなり皆は立ち上がり、武器を携えてそちらへと急行する。
そこには、槍を持った数十のリザードマンが並んでいた。
中央のひときわ存在感を放つ、リザードマンの首領らしきものが、声を張り上げる。
「聞け! 我々はリザードマン、この森を統べる者である! 貴様ら人間の横暴にはもはや我慢ならぬ、我々を迫害したことを後悔させてくれようぞ!」
首領の声は、凄まじい怒りを孕んでいた。
「トカゲ風情が何をほざく、返り討ちにしてくれるわ!」
村人たちも、負けじと声を荒げた。
(神埼、ここは俺がタイミングを合わせる)
その時、山口の声が脳内に響いてきた。
(ちょうど頼もうと思ってたところだ。よろしく)
俺が依頼すると、山口は前置きをした後、カウントダウンを始める。
突然脳内に声が響き驚いた村人たちも、すぐに構えた。
(突撃!)「突撃!」
山口と首領の声が、ほぼ同時に響き渡る。
村人たちとリザードマンが、武器を振りかぶって衝突する。
鋭い金属音が空気を揺らした。
「我が名はレプティール、リザードマンの首領にして、復讐の使命を背負う者!」
首領は名乗りを上げると、その三叉の槍を高々と掲げる。
「我々を侮ったことを悔いるがいい……雷雨招来!」
槍の先端から稲妻が走り、天にまで届いた。
瞬間、空にはどこまでも暗い雨雲が立ち込める。
一滴、また一滴、そして滝のような大雨。
「いかん! 撤退だ!」
村長は怯えたような声で村へと走り戻る。
威勢を張っていた若者たちも、一目散に逃げ帰った。
「逃がすか!」
村人たちの背中目掛けて、リザードマンたちは駆け出す。
先ほどまでより、明らかに速い。
「奴らは水で力を得る、到底敵う相手ではない!」
村長の叫びにも似た声で、俺は状況を理解した。
「ふうん、水ねぇ……。じゃあ、火にはめっぽう弱いわけか。『火炎旋風』!」
俺はやにわに杖を引き抜くと、リザードマンたちの目の前に炎の壁を出現させた。
予想通り、彼らは立ち止まり、後ずさる。
「怯むな! 優れしリザードマンが、炎如きに負けてなるものか!」
レプティールの鼓舞に、リザードマンたちは逡巡の末、炎に突っ込んだ。
「今だ、『火炎旋風』!」
第2段階。
炎は爆発的に巨大化し、命知らずのリザードマンたちを呑み込んだ。
悲鳴も焼かれ、ただ雨が蒸発する凄まじい水蒸気の音だけが場を満たす。
レプティールの呆然とした表情が、ひどく滑稽に見えた。
「な、何と……。くそっ、撤退! 撤退だ! 人間どもよ、1度の勝利でいい気になるな! 我々は勝つまで戦うぞ!」
レプティールの捨て台詞も、轟音にかき消されて消えていった。
その後、俺たちが村人たちのやまぬ賛辞を浴びたのは言うまでもない。
「……あの、少し相談したいことがあるのですが……」
アルトに帰りつき、ギルドでの手続きを済ませた後、俺は荒川にそう呼び止められた。
山口といい、最近やたらと相談を持ち掛けられるな……。
まあ、いちおうリーダーなっちゃったし仕方ないか。
「まあいいが、何かあったのか?」
家路を歩きながら、俺は訪ねる。
日も沈み、荒川の表情を見ることも難しい。
「その、大したことではないのですが……。私、芹沢さんに護衛をお願いしているじゃないですか」
その件で清水が大いなるショックを受けていたので、とてもよく知っていますよ。
しかし、護衛をつけることになったのは、荒川が謎の人物によるつきまとい被害を訴えてきたからだ。
「あれから何かあったのか?
まあ、あんなことを引き起こしたとはいえ、芹沢は真面目な奴だ。有事の際には対処してくれるだろ」
荒川の表情が曇るのが、薄暗いなかでも分かった。
「それが、芹沢さんのいない時を狙われるようになりまして……もしかしたら、護衛だと勘付かれたのかもしれません」
その言葉を聞き、俺は周囲を見渡す。
幸い、今は何もいないようだ。
まあ、何かいたとしたら荒川の方から言うだろう。
「まだ直接的な被害が出ているわけではないと……。やたらと慎重な犯人だな」
「明るい道を歩くよう心がけているので、それが効果を挙げているのかもしれませんが……。
でも、いつ何をされるか分からないので、不安なんです」
めちゃくちゃ大したことじゃん。
「……体調は完全に回復したのか?」
「え? ……はい、魔法も以前と同じくらいの速さで撃てるようになりました」
荒川は、かつてへードルの魔法を直に喰らって半身が吹っ飛んだ。
その直後に野犬に襲われた際、彼女は魔法を使うことができず、追い詰められた。
だが、今やそのような心配はないだろう。
「なら、襲われたら魔法でぶち殺しちまえ。正当防衛だ正当防衛」
「そ、そうですかね……? できれば殺したくはないのですが……」
「まあ、捕まったら証言台に立って弁護してやるよ。もしダメだったら……ごめんな」
「だ、ダメです、諦めないでください! 私こんな年齢で死にたくないです!」
ひとしきり言い合うと、荒川ははっとしたように口を押さえる。
が、抑えきれないと言った様子で吹き出し、ケラケラと笑い声を上げる。
荒川が声を上げて笑うというのを見るのは初めてだ。
「す、すみません……なんだかこの会話が可笑しくって。変ですよね、私」
「いや別に……笑いたい時に笑えばいいさ」
クラス皆の待つ宿に帰り着く頃には、荒川の笑いの発作も収まった。
「相談事は全く解決してないのに、ずいぶんと笑顔になったな」
荒川の表情は、今まで見せたことがないほど晴れやかなものになっていた。
「人間、そういう時もありますよ。じゃあ、おやすみなさい」
荒川が部屋に入るのを見届けると、俺は辺りを見回す。
「誰かの視線を感じる……一体誰だ?」
三城が机の中に隠れていたというのは1回あったが、どうもそういう類ではないようだ。
何か怒りというか、敵意を感じる。
「……気のせいか? そんなはずもないと思うんだが……」
俺は特定を諦め、自室に帰った。




