50.蓄積
激動の1日から、はや1週間が過ぎた。
皆新しい環境にも徐々に適応し、平穏が徐々に戻ろうとしていた。
そんな折、俺は山口の呼び出しを受けた。
「用件はなんだ? こっちは忙しいんだが」
ギルドに併設された料理店。
座る山口の前に置かれているのは、グラス1杯の水のみだった。
「率直に言う。図々しいとか、何を今さらと思うかもしれないけどな……。
俺を、お前たちのパーティーに戻してくれ」
「……まあ、そう言うと思ったさ。金がなくなったのか?」
「飯買う金すら。貯金が尽きる前には、どこかのパーティーに入れると思ったんだけどなぁ……。
俺の能力、あんまり理解してくれる人がいなくて。それにこの物価高だろ?」
山口の能力とは、喋ることなく相手と直接やり取りできる、いわば念話。
かつての俺たちのような大人数や、分散して行動する際などには、大きなサポート役。
だが、一般的な冒険者たちにとっては、喉から手が出るほど欲しいというほどではないか。
「まあ、俺は別に構わないが……。他の奴らが何て言うかねぇ。特に橋本」
昨日の暴れようを見ると、『みつきに心配かけといて、どのツラ下げて帰ってくるつもりなの!?』とか言い出しかねない。
「頼む、なんとかして説得してくれよ。このままじゃ俺飢え死にしちまう」
そう懇願する山口の顔を見て、一つ疑問が湧く。
「あれ、お前そもそも何で井川のパーティーを脱退することにしたんだ?」
10人以上の大パーティー、山口は大活躍のはずだ。
井川にも重宝されていたに違いないのだが……?
俺の質問を受けて、山口は顔を歪めると、大きくため息をつく。
「俺、戦闘能力はあんまりないだろ? だから基本は修道士と同じ後方にいたんだ。
そこにきて井川のやつ、俺たちみたいなサポートを軽視してるんだよ」
あれ?
「まあ、井川はもちろんとして、城戸さんみたいな魔術師、圭介みたいな剣士が強すぎて、サポートの出番なんてほぼなかったんだから、仕方ないのかもしれないけどな。
それにしてもあいつは酷かった。戦闘に直接参加してる奴らばっかり評価して、俺たちは腫れ物扱い。報酬だって等分じゃなかった。抗議したら何て言ったと思う? 『お前ら、みさきの結界に籠ってるだけで、何もしてないじゃねえか。文句言うなよ』だぜ!?」
山口は愚痴を重ねると、やけ酒を煽るかのようにグラスの水を飲み干す。
テーブルにグラスが叩きつけられる鈍い音が響く。
いや……。
井川の言い草からして半ば予想してはいたが、まさかこれほどにまで酷いとは……。
戦術の天才とまでは言わずとも、まともな人間なら、戦闘をサポートとする立場の者たち、そしてもしものための回復役の存在の重要性は理解できる。
あいつ、そんなに頭なかったか?
あるいは「戦闘こそ正義!」のイカれた奴なのかもしれんが……。
「……分かった、俺が他の奴らを説得する。ついでに井川も叱っとく。
あと、これやるから美味いもん食え」
ここは男の友情とやらを発揮すべき時だろう。
俺は立ち上がると、去り際にポケットの硬貨を取り出し、テーブルに置く。
「……神埼、いいのか? ありがとう……ん?
おい、本当にいいのか!? こんな、金貨なんてもらって……」
「安心しろ、俺はほとんど金使わないから余裕が……えっ金貨!?」
やべ間違えた!
金貨をサッと回収し、半額相当の銀貨数枚と入れ替える、という実に恥ずかしい別れかたをしたその足で、俺は皆の説得に回った。
「もちろん大丈夫だよ。困ってる人は助けないとね」
坂北はもちろん。
「まあ、人がいて困ることはないもんね」
あまり接点のなかった玖珠田も。
「おっ、山口が帰ってきてくれるのか!? 良かっ──」
「お前はリーダーとしての自覚が足りてなかったんだよ! だからこんな惨事を招いたんだろが、聞いてて呆れたぞ! そもそも戦闘において重要なのは剣士や魔術師のような者だけでなく、むしろ支援魔法を始めとした彼らをサポートする……」
俺の井川へのお説教は、その後30分にわたって続いたという。
「……好きにして」
「そこを何とか、あいつも後悔してるみたいだし……ん?」
「だから好きにしてって言ったでしょ!」
あら、めちゃくちゃすんなり行った。
もう少しネチネチネチと色々言われることを(俺何もしてないのに)覚悟していたのだが……。
「ああ神埼くん! 橋本さんは今、前の私みたいな状態だから……そっとしておいてあげて」
日比野が駆け寄ってきた。
「前の私みたいな、と言いますと?」
「え、そこ言わせる!? だから、自分の殻に閉じこもってグルグルって後悔し続けて、病んじゃってるってこと……ああ、私なんてことしちゃったんだろ、委員長なのに……」
ああミスった、このままじゃ敏腕委員長が生ける屍に戻ってしまう!
「……ということがありまして、晴れて君は今日から我らがパーティーの一員だ」
「やった……って、何かいろいろと厄介な問題起こしてなかったか? 今聞いたところだと……」
満場一致で、山口の復帰は認められた。
「さて井川くん、何か言うことがあるんでは?」
俺に背中を小突かれた井川は、神妙な表情で前に進み出る。
「神埼に言われて気づいたよ。お前だって、必死に頑張ってたんだよな。役に立ってないとか言って悪かったよ。
……他のみんなも、俺が暴走して迷惑かけてごめん」
こちらを向いて頭を下げる井川を見届け、かつて井川と同班だった者たちは……。
「まあ、これからに期待ってところだね」
と玖珠田。
「井川くんは強いからね。きっとこれまで以上に優秀な人になると信じてるよ」
と坂北。
「忘れたわけじゃないけどね、あの言葉。……まっ、許してあげるよ」
と平城山……って井川お前霊術師に何してくれてんだ!? 死ぬぞ!?
「おい直樹! 山口が戻ってくるみたいだし、お前も帰ってこいよ!」
すっかり神妙な顔が消え去った井川が、側をスタスタと通り過ぎようとしていた芳賀を呼び止める。
「えっ!? いや……ええっと、遠慮しとくよ。今さら気まずいし……それじゃ」
芳賀はそうとだけ言うと、顔を覆うようにして立ち去った。
まあ、無理もないか。
傷心の日比野を心配して声をかけただけなのに、橋本にキツく当たられて心が折れた。
だから、半ばやけを起こして逃げたのだ。
彼の言うとおり、気まずいに決まっている。
井川もそれを察したのか、芳賀の肩を掴もうとしていた手を下ろす。
……ほう、成長したな。
迷宮での一件での失態を機に、不良から足を洗った泊。
過度な自責に塞ぎ込んだ時期を経て、名実ともにすぐれた委員長となった日比野。
彼らに続き、井川も自己を乗り越え成長した。
芹沢の引き起こしたクラスの崩壊は、確かに大きなショックをもたらした。
しかしそれ以上に、一人一人の成長を促したのは間違いない。
だが、この時の俺はまだ知らなかったのである。
バラバラになり、各人の行動など知る由もなくなったこの1年C組28人。
この中に、明確なる悪意を持って忍び込んでいる不届き者が、少なくとも1人、いるということは。
筆舌にも尽くしがたい惨劇が、繰り返し起こるとは。




