49.怪事件
「つまり、私たちは窃盗の容疑者にされている、ということね」
寺田が不満げに口を開く。
「まあ、状況的には仕方ないけど……。疑われるっていうのは、辛いことだね」
坂北がため息をつく。
宿のロビーの片隅のテーブルに、犯行が可能、すなわち貯金箱の鍵を持つ5人は座らされていた。
その周りを、脱退したものも含め、1年C組の全員が取り囲んでいる。
「……正直、この中に犯人がいるとは思えねーんだよなぁ」
井川が、全員の気持ちを代弁する。
彼女の他に、坂北、橋本、芳賀、そして現在は精神崩壊状態の日比野。
その誰もに人格者の定評があり、事実そうなのだ。
誰かこの貯金箱を受け取った人はいないかとギルドに問い合わせてみたが、記録していないという。
杜撰な管理体制だと一発拳を入れたいところだが、この時代どこも似たり寄ったりだろう。
何とかして物的証拠を押さえるのが1番だろうが……。
「で、どうやって犯人を絞り込むわけ? こうやって自白するのを待つの?」
長い沈黙に耐えかねた榎田が疑問を投げかける。
「いや、一番手っ取り早いのは全員の部屋を家宅捜索することだ。金の山が出てきてくれたら御の字だが、やたら高そうな物とか、あるいは宝の隠し場所を記した地図なんてのが見つかったら即確保だ」
俺の主張に、5人を取り囲む皆のほとんどは賛意を示す。
「そうね、私はやましいことなど何もしていないから。どうぞ調べてくれて結構よ」
「僕も、それでみんなが納得してくれるなら」
寺田と坂北は、すぐに俺の提案を受け入れる。
芳賀も、おずおずと頷いた。
「じゃあ、数人に分かれて1班ずつ各人の部屋の捜索を──」
「私は嫌、何で何もしてないのにプライベートを晒さなきゃいけないの? そもそも、私たちだけが容疑者っていうこと自体がおかしいんじゃない?」
橋本が拒絶した。
「はあ!? そうやって逃げようとするなんて、あんたが犯人ってこと?」
その態度に、早乙女が掴みかからんばかりの勢いで罵声を浴びせる。
「そんなわけないでしょ。でも私にだってプライバシーはあるんだから。それに、みつきはどうするの? 同意してないのに勝手に部屋に入ったら、不法侵入で私が代わりに訴えるよ!」
相変わらず日比野のこととなるとうるさい橋本なのであった。
「北斗の部屋、怪しいもんなんか何もなかったぞ」
「楓の部屋も!」
すでに捜索を終えたのか、泊と湯梨浜が相次いでロビーに駆け込んでくる。
「これで、みんな僕のことを信用してもらえるかな?」
「当然の結果ね。まあ、喜んでおくことにしようかしら」
2人は立ち上がると、包囲の輪を通り抜ける。
それを拒む者は、誰もいなかった。
「容疑者は3人に絞られた……か。自白するなら今のうちだぞぉ……?」
挑発的な視線を、3人に浴びせかける。
それに気づいた橋本の目が、露骨に歪められた。
「直樹の部屋にも何もなかったぞ!」
笹川の声が、客室の方から響いてくる。
大きく息を吐き、胸を撫で下ろす芳賀。
対照的に、周りの視線を一手に受け、呼吸の早くなる橋本。
片や長年クラスのリーダーとして献身的に働き、先日の事態には過剰なまでの自責の念に押しつぶされてしまった日比野。
片や捜査に非協力的な態度を示し、激しい感情の昂りを見せている橋本。
先入観から物事を判断するのは禁物だが、まあ……。
ねえ。
その時、橋本は歯を食いしばると、勢いよく立ち上がる。
「……確認して」
その口から、ついにその言葉を洩らした。
「確認すれば満足するんでしょ。ベッドの裏まで確認してよ。そうしたら疑いは晴れるんでしょ」
どこまでも暗く低いその言葉。
その言葉を聞き、また数名がロビーを飛び出していく。
「……今、何が?」
「みつき! 大丈夫、みつきは何もしてないもんね」
虚な表情で口を開いた日比野に、橋本は一転して明るい声で語りかけると、優しく背中を撫でる。
先ほどのクエストの間、彼女はつきっきりで日比野を見守っていた。
橋本の反応から察すると、日比野はあれから一言も言葉を発さなかったのだろうか。
しかし、橋本は一つ大事なことを忘れているようだ。
「まあ、お前がシロだって分かったら、消去法で犯人はその人になるんだけどな」
俺の言葉が何を意味するかに気づいた橋本は、大きく取り乱す。
「……!! そんなわけない、みつきがそんなこと……!!」
「でも、お前は犯人じゃないんだろ? じゃあそういうことだ」
その時、橋本が机を叩いて立ち上がる。
「違う!! 私も、みつきも、貯金泥棒なんて絶対にやってない!! みんなもそう思うでしょ? 思わないの!? さっきリーダー決めをしてた時は委員長がって言って責任なすりつけて、泥棒を見つけるってなったら、今度もまたみつきに全部なすりつけるの!? 冗談じゃないよ! みつきはいつだって、みんなのために尽くしてるんだよ。でもあなたたちの都合のいいコマじゃないんだよ!!」
キンキンとうるさい橋本の声が、建物中に響き渡る。
全て言い切ると、力尽きた橋本は椅子に崩れ落ちると、机に突っ伏して大きな泣き声を上げ始めた。
「時雨ちゃん、ちょっといじめすぎたんじゃない? 私もみつきが犯人だとは思えないんだけど……」
「そうそう。みさきの言ってること、何か間違ってた?」
湯梨浜と城戸が、今度は俺を糾弾する。
「そ、そうか? 俺としてはやりすぎたつもりはないんだが……なあ三城?」
「今回ばっかりはしーちゃんがわるい。おしおき」
「お仕置きって何なの痛ぁっ!? 痛い痛い、分かった分かった俺が悪うございましたすいませんでしたあーっ!?」
何で頭をポカポカ叩かれる羽目になるんだ!?
「橋本さん……どうしたの?」
その声に、皆が動きを止めた。
日比野が、今度ははっきりと、言葉を発したのだ。
隣で泣き叫ぶ橋本に驚いて、正気に戻ったらしい。
「あー、今何が起こってるかというとむぐっ!?」
状況を説明しようとしたら、三城に口を塞がれた。
「……なるほど。もちろん捜査に協力させてもらうよ。それと……」
捜索に出かけようとした者たちが、その言葉を聞いて立ち止まる。
橋本のおかげですっかり復活した様子の日比野は、真剣な表情で立ち上がる。
「みんな、迷惑かけて本っ当にごめん!」
そして、深々と礼をした。
「大変な時に塞ぎ込んで、目の前の責任から逃げてた。委員長なのに、情けないよね。
これからは、これまで以上にみんなに気を配って、ちゃんとした委員長になりたい。いいかな?」
「もちろん! お前らも良いに決まってるよな!」
「おかえり、みつき!」
どこからともなく拍手が湧き上がる。
やはり、本物の人格者だ。
夜まで色々と話し合いが行われた。
パーティーのリーダーは、俺で変わらず。
脱退した者たちも、他の冒険者パーティーへ入った人などもいるため、戻すことはしないとなった。
総合的に見れば、クラス全体の緊張が緩和されつつ、日比野1人への依存の軽減が促されたと言えるだろう。
最も望ましい結果だ。
「だが、事件は迷宮入りか……」
井川が頭を抱える。
結局、橋本の部屋も、日比野の部屋からも怪しいものは何も出てこなかった。
「俺の金はどうなるんだよ!?」
「信じて貯金したのに、返してよ!」
束の間のお祝いムードも、一瞬にして消え失せてしまった。




