48.再始動を目指して
重苦しい雰囲気の中、残された人々。
不本意ではあるが、これからはこの面々で冒険者としての任務を全うすることになるだろう。
しかし、日比野が深く傷つき消耗している今、その道のりは長く険しいものになりそうだ。
その時、長い沈黙に耐えかねた井川が口を開く。
「こうなっちゃったのはしょうがない。とにかく、俺たちで新しいパーティーを作ろうぜ」
「そうだな。合わせて13人、人数はほぼ同じだ。顔ぶれが変わっただけで、これまでと変わらない」
「じゃあ、案外やっていけるんじゃない?」
若山の言葉に、平城山が楽観的な考えを口にする。
「問題は、職業構成か……」
誰も気にする様子がないようなので、とりあえず俺が問題を提起する。
「……確かに、前衛を担う職業の人が誰もいない。これは問題だね」
全体を見渡した坂北が、腕を組んで考え出す。
ことの発端の芹沢、そして松久、さっき泣きながら逃げ出した芳賀。
防御や囮などを担う前衛の職業の人が、このメンバーには1人もいないのだ。
加えて、土岐枝と三城という2人の負傷者も抱えている。
これまで通りの戦いはまずできないと思った方がいいか。
「まあ、嘆いてたってしょうがない。俺たちにできることをするしかないだろ。
まずは、新しいパーティーのリーダーは誰が務める?」
清水の問いかけに、皆の視線は日比野の元へと吸い寄せられていく。
だが……。
「ねえ、もしかしてみんな、またみつきに全部背負わせる気なの?」
場の流れに気づいた橋本が、日比野を俺たちから守るように立ち上がる。
その強い物言いに、不快感を露わにした井川が突っかかる。
「そんなつもりじゃないだろ。俺たちは委員長を信頼して──」
「委員長委員長って、結局みんなはみつきの表の部分しか見てないで、勝手に持ち上げて、責任逃れしてるだけなんじゃないの? みんなの意見をまとめて、不満も悩みも聞ける限り聞いてあげて、誰よりみんなのことを考えて、誰より苦しんでるんだよ。みつきだって人間なんだよ、限界な時だってあるんだよ。それでもまだみつきに責任を押し付けようって言うなら、私はみつきを連れてここを抜ける」
橋本は、反論する時間も与えず、一気に捲し立てる。
確かに今の日比野は、とてもリーダーが務まるようには見えない。
何より、本人がリーダーであり続けることを拒絶している。
しかし、ずっと完璧な日比野しか見続けてこなかった皆は、その現実を受け入れられない様子だ。
「……でも、みんなをまとめるなんて役目、務まるのは委員ちょ……日比野さんくらいしか──」
「野口くん、こればっかりは橋本さんの言うとおりだ。これ以上日比野さんに負担は強いられない」
焦る野口を、坂北が制止する。
だがその坂北にも、この状況に対する混乱があるのは明らかだった。
その時、井川がなおも納得できない様子で口を開く。
「確かに言いたいことはわかったよ。でもさ、無責任じゃねーか? じゃあ誰が代わりにみんなをまとめるのか、橋本が指定してくれよ」
「え? 何で私が……」
「確かに。美月ちゃんがリーダーってことで決まると思ってたんだから、その代わりは言い出した本人がやってよ」
井川に指さされ困惑する橋本に、玖珠田が追い打ちをかける。
「もーみんな、1番ぴったりな人忘れてる」
その時、なぜか三城が喋り始める。
「誰が適任だと思うんだ? こんな状況だし、少しは参考程度に──」
「もちろんしーちゃん!」
え。
え!?
「……俺!?」
「うん。だってこの前の迷宮でも、1番がんばってたし、ちーちゃんのことも助けてくれたし、私も助けてくれたし」
土岐枝と野口が、同時にはっとした表情でこちらを見る。
土岐枝の車椅子を押す湯梨浜も、良い提案だと受け取っているようだ。
「いやまあ、確かにそうだけどさぁ……」
でも、俺はあんまやりたくないんだよなぁ……。
「なるほど、迷宮での神埼くんの活躍は僕も聞いてる。指示を出す判断力やリーダーシップもあるようだし、確かに適任かもしれない」
さ、坂北ぁ!?
「待て待て、リーダーシップという観点で見れば、お前の方が……」
「でも僕は、冒険者としての資質はあまりない。パーティーを率いる人は、やっぱり強くないと駄目だしね」
くっ……。
「それなら井川はどうなんだ、ハンドン隊長にも認められる実力者だぞ」
この前2人で模擬戦をしていた。
「あんまりリーダーって柄じゃないと思うけどねぇ……」
「それな〜」
これもまた、女子たちの不満によって沈められた。
「……はあ、仕方ない。俺でいいよもう」
「やたーっ!」
「ありがとう。じゃあ早速手続きして、最初のクエストを受注しようか。早く連携もしたいしね」
俺は重い足取りで、ギルドのカウンターへと向かったのであった。
「私は参加しない。大丈夫だからね、みつき」
後ろで橋本の声が聞こえた。
「「ぎゃあああああっ!! 食われるーっ!!」」
森を切り裂く悲鳴と、草花を薙ぎ倒す人の波。
俺たちは、ケルベロスの上位種、ヘルフントを頂点とするケルベロスの群れから逃げ惑っていた。
「誰だあんなゴミクエスト受注しようなんて言ったやつ!」
「あれくらい普通だろ! そっちがぬるいクエストばっかで鈍ってたんじゃねーのか!?」
井川のパーティーで不満が溜まってた理由、絶対これだろ!
その時、後ろから全てを吹き飛ばすような重低音の咆哮が響いた。
同時に、背中が火で炙られたように熱くなる。
いや……。
「ぎゃあああっ! 燃えてる! 燃えてる!」
ヘルフントは、口から火を放った!
結果は辛勝ではあったが、過程は散々なものであった。
玖珠田と清水が素早く火炎耐性を付与していなかったら、今頃全員灰だ。
最終的には、剣士の野口と坂北が子分のケルベロスを相手取っている間に、荒川が俺に動きを封じられたヘルフントの心臓を貫いた。
しかし、どれか一枚の歯車が狂えば、大損害も必至だったろう。
「ダメだこりゃ。まだ連携できてないし、前衛のいない穴がデカすぎる。あんな大物クエストはなしだなし」
せっかくなので、リーダー権限をフルに使わせてもらう。
「マジかよ。あんなのしょっちゅうだったろ」
「はあ? あんな強いモンスター、迷宮以外で相対したこたねえよ」
井川が悪びれもせずにいうので、少々驚いてしまった。
井川は典型的な男子だ。
未だにこの世界の興奮冷めやらぬ様子で、日々はしゃいでいる。
それについていけず、振り落とされるものも少なくなかったろう。
……ともあれ、昔は昔、今は今だ。
これからは俺がリーダーとして、井川の手綱を握ることになろう。
今日はクエストの報酬を得られただけで十分だ。
ギルドに預けてあった貯金箱を受け取ると、全員に配った残りの硬貨を滑り込ませる。
カラカラと軽い音が響いた。
「ちょっと待って。音がおかしくない?」
突然、横から玖珠田が割り込んでくると、貯金箱を奪い取る。
しばらく観察した後、それを橋本にパスすると、開けるよう促した。
しかし、この貯金箱を開けられるのは、彼女の他に日比野、坂北、寺田、そして芳賀のみ。
まさか盗まれているということなど、万に一つも──
貯金箱が地面に落ちる重い衝撃音。
割れたそれから地面に散らばった硬貨の枚数は、先ほど俺が入れた量と全く同じ。
ついこの間、皆から集めた100万以上の硬貨の山は、綺麗さっぱり消え失せていた。
「……ない。全部盗まれてる」
震える玖珠田の声が、虚に開いた貯金箱の割れ目に吸い込まれていった。




