47.分裂
「俺はパーティーを抜ける」
集まった1年C組の面々を前に、芹沢はそう宣言した。
唐突に放たれたその言葉に、皆は顔を見合わせる。
「そりゃ、抜けるのは自由だけど……。理由は何だよ」
井川が口を尖らせる。
芹沢の所属するパーティーのリーダーは彼だ、不満を抱いているのだろう。
「こっちにもいろいろ不満があるんだ。1番の理由は報酬だな。俺は最前線で攻撃を一手に引き受ける衛士だ。1番危険のある役割なんだよ。それなのに対して何もしてない連中と同じだけの報酬なんて、不公平だ」
芹沢の目線が、あまり活躍する機会のないであろう盗賊の寺田や霊術師の平城山へと向けられる。
2人は心外とばかりに鋭い目線で睨み返す。
しばらく見ていない間に、向こうのパーティーの人間関係はだいぶ錆びついたようだ。
周りを見渡すと、以前とはかなり雰囲気が異なっている。
仲のよかった芳賀と山口が別々にいたり、かと思えばあまり関わりのなかった城戸と平城山が並んで座っている。
まあ、仕方のないことではあるかもしれない。
実質的リーダーの井川はムードメーカーだが、人間関係のトラブルへの対処は不得手だろう。
彼の知る人間関係とは、おしなべて開けっぴろげなものだ。
複雑な課題に対応できるとは思えない。
なら坂北と橋本が頑張ってくれそうなものだが、こちらもあまり統制力を発揮していないようだ。
坂北はもともと率先してまとめるタイプではない。
性格の良さで周りから持ち上げられているが、大将を務める柄じゃない。
この状況にも、おろおろしているばかりだ。
橋本はというと、こっちはこっちで少々難点がある。
意見をまとめたりする進行役としては優れているが、いかんせん全体を見て平等に接するというのが苦手だ。
まあ、完璧人間の日比野のせいで霞んでいるだけで、結構優秀ではあるのだが。
だが、向こうのパーティーには、いいリーダーがいないということだ。
一部で不満の噴出することは避けられるまい。
「とにかく、これ以上このメンバーとやっていくことはできな──」
「おい芹沢、大事なこと忘れてないだろうな!」
話を締め括ろうとした芹沢の言葉を遮り、清水が机を叩いて立ち上がる。
「お前がどう生きようと勝手だよ。でもお前には荒川さんを守るっていう役目があるんだろ!? それを放棄するなんて、俺は許さないぞ」
清水の口調はいつになく強く、その眼には強烈な意志が宿っている。
「落ち着け清水、俺はパーティーを抜けるって言っただけだ。そっちの役割はちゃんと引き継ぐよ。そもそも俺と美鈴ではパーティーが違う。影響はないはずだ」
「みす……!?」
清水が一瞬固まる。
いつの間にか名前で呼び合うほどの仲になっていたのか。そりゃ清水も焦るわ。
「……確かにそうか。ちゃんとやってくれるんなら……」
心を打ち砕かれた様子で、清水は再び席に着く。
……あとで飲み物奢ってやろ。
「委員長、何か言うことはあるか?」
「私? いや、全ては芹沢くんの自由だよ。芹沢くんじゃないにしても、パーティーに入るかどうかを私が強制することはできない」
日比野の答えに、芹沢の口角が怪しげに上がる。
「なら、抜けたい奴ら、俺と一緒に抜けようぜ」
芹沢の放った言葉が、この場全体に緊張を走らせる。
「何言ってんだ。お前みたいな変わり者、そうそういる訳──」
「それなら、ずっと迷っていたんだけれど、この際だし決断するわ。私最近別のパーティーに勧誘されているのよね。せっかくだし移ろうかしら」
立ち上がった寺田の言葉が、井川の動きを止める。
それを皮切りに、次々と立ち上がっていく。
「芹沢と似た境遇なんだよな、俺。せっかくの『通信』能力を活かせてないんだよ」と山口。
「わざわざ戦う必要なんてないっしょ。どっかの店とかで働きゃいいんだし」と早乙女。
結局、14人のうち9人が離脱するという大惨事になった。
「け、圭介? お前は残ってくれるよな!?」
「……悪いな、俺にも事情があるんだ……ごめん」
泣き出さんばかりの表情で笹川に縋り付く井川は、見るも哀れであった。
よほど井川に恨みを抱いていたのか、芹沢は悦びを押し殺しているような笑みを浮かべている。
「そうかそうか。みんな理由は違えど、今の状況に不満があったってことだ。
……ところで、そっちのパーティーはどうだ?」
突然、こちらに話が振られてきた。
しかし、こちらには日比野という圧倒的な指導者がいる。
そうそう脱退者が出るとも……。
「あ、じゃあ……」
何!?
体格と能力を活かし、建設業界で働くことを決めたという松久。
迷宮での失態で心を入れ替え、再スタートを切りたいと語った泊。
3人組から新たな人間関係にステップアップしたいと、一時的な別れを宣言した千曲。
モンスターを殺す生活に心苦しくなり、平和的な職業につきたいと涙ながらに語る牛田。
山奥にいるという槍の達人のもとで修行したいと言い、野口と固い握手を交わした若山。
思いの外、皆さまざまな意見や信条を抱えているようだ。
「……俺も合わせてちょうど半分か。まあ、残ったみんなで頑張ってくれよ」
そう言い残し手続きに向かった芹沢たちを、俺たちは呆然と見送ることしかできなかった。
後に残されたものたちは、言葉を発することもできない。
「ちくしょう、何なんだ芹沢のやつ。あいつが変なこと言わなけりゃ、今日も平和だったのに」
井川が机の足を蹴ると、机に突っ伏して頭を抱える。
リーダーということもあり、自責の念に駆られているようだ。
しかし、それよりはるかにダメージを受けているのが……。
「私のせい、私がみんなをちゃんと見てなかったから……。みんなに悲しい思いさせてちゃったのかな。こんな私がリーダーなんてやってる資格なんてないよね……」
完全に心を打ち砕かれ、涙を流すでもなく、ただ壊れたレコードのように繰り返す日比野。
その姿に気づいた橋本が、慌ててこちらに駆け寄ってくる。
「大丈夫、みつきはなーんにも悪くない。悪いのはアイツなんだから」
「でも、芹沢くんが言い出さなかったとしても、いずれは他の人が不満を爆発させてたんじゃないかな……。私が気配りできてなかったから……」
橋本は優しく日比野の背中をさするが、日比野の後悔の感情はますます膨れ上がっていくように見える。
「……そんなに1人で抱え込まなくてもいいんじゃないか?」
向こうから来ていた芳賀が、遠慮がちに日比野に声をかける。
魂のこもっていない言葉を吐き出し続けていた日比野が、一瞬固まる。
同時に、橋本が芳賀へ視線を移す。
その目には、自分でも破れなかった日比野の殻にヒビを入れたことへの驚きが詰まっていた。
日比野の心に響いていると感じたのか、芳賀はさらに言葉を続ける。
「原因が日比野さんだけにあるなんてあり得ない。君だけが抱え込むなんて──」
「あなたは黙っててよ。あなたにみつきの苦しんでる理由がわかってるわけないでしょ!?」
芳賀の言葉を怒声で叩き折ったのは、橋本だった。
彼女の心には、日比野を1番理解しているのは自分だという矜持があるのだろう。
だからこそ、芳賀の乱入が許せない。
「そ、そんな言い方ないだろ。確かに俺は日比野さんのことをよく知らない。でも1人の友達として──」
「黙ってって言ったでしょ。何回言ったら分かるの!?」
橋本は完全に自分を見失い、日比野を慰められないストレスを芳賀にぶつける。
案の定、芳賀の顔はみるみるうちに歪んでいった。
「何だよ、俺は日比野さんのことを思って言ってるんだよ! それが何だっていうんだ!
……もう嫌だ、俺も辞めてやる! ちくしょうっ!」
芳賀は腕で目を覆いながら芹沢たちの方へと走っていく。
……あーもう、完全にボロボロですわ、このクラス。




