46.雪解け
衝撃と同時に、鈍い痛みが下半身を駆け抜ける。
幸い、受け身を取る余裕はあった。
だが……。
「……さて、ここからどうしたもんかね……」
今まさに閉まっていく落とし穴の蓋を見ながら、俺は呟いた。
今、上の第3層には、三城と清水、千曲の3人が取り残されている。
三城は大怪我を負っているし、残る2人も修道士、戦闘には向いていない。
早く戻らねば、ミノタウロスが壁を破壊し、3人の身に危険が迫ることになる。
「どうする? 天井を壊してそこから上がるのか?」
若山は口を開くと、槍で先ほどまで空いていた部分を指差す。
「危険だよ、その間にミノタウロスに勘づかれる。登ってる間はこっちが不利だ」
野口は不安げに言う。
「それが1番の近道だ。あいつに気づかれないほど遠くに行ってる間に、3人がやられるぞ」
「そうはいっても……!」
若山の強い口調に、野口は困惑しているようだ。
「神埼はどう思うんだ?」
突然、若山が俺に話を振ってきた。
「お前に賛成だよ。今こうしている間、上ではどうなっていることか……」
「だよな? 啓二、時には危険を冒してでも行かなきゃいけない時もあるんだよ」
「……分かったよ。そうと決まれば協力する」
決心した野口は、表情を引き締め、剣を手に立ち上がる。
ドスン!
その時、地響きと共に迷宮全体が揺れる。
ミノタウロスが壁を破ったのだ。
「まずい! 早く上に上がるぞ。空撃槍!」
若山は槍を手に飛び上がると、天井に突き立てる。
が、強固な岩の塊には、ひびすらできない。
「そこは任せておけ。腐食!」
若山が離れたタイミングで、俺は天井に杖を向ける。
その先端から、禍々しい瘴気が噴き出す。
痛い。
さっきとは比較にならないほどの魔力を込めた。
制御しきれない瘴気が、杖を覆い尽くし、俺の指までも侵蝕する。
だが、今は指の一本や二本、気にしている場合ではない。
痛み以上の焦りが、指先の感覚を忘れさせた。
光が差し込む。
「開いたぞ! ぶち破れ!」
俺の叫びにも近い声に、野口が地面を蹴り飛び上がる。
放たれた斬撃が、小さな穴を見る間に切り裂いていく。
「今だ、テレキネシス!」
俺は自分を魔素で覆うと、自分で自分を操る。
腕が引きちぎれるような痛みに襲われる。
止めない、止めるわけにはいかない。
「牛の化け物め、俺が相手だ!
……ん?」
体の向きを変えて着地し、素早く周りを見渡す。
先ほどまでいたはずのミノタウロスは、影も形も見えない。
一体何がどうなって……。
そうだ、三城!
と清水、あと千曲!
3人の姿もない。
まさか、ミノタウロスが連れ去ったのか!?
「あっ、神埼!」
いた。
すぐ横の曲がり角を曲がったらいた。
「良かった……。だが、一体何があった?」
抱き合いながら泣いている三城と千曲。
三城の左手は、元通りになっていた。
清水はというと、これまたとんでもない恐怖を味わったように青白い顔をしている。
清水の説明を要約するとこうなる。
第4層に落下していった俺たちのことを考えると、遠くまで逃げることもできず。
仕方なく、今いる壁の裏で隠れることにした。
が、まもなく壁を破ったミノタウロスは、三城たちを見つけ、襲いかかってきた。
恐怖に目を瞑り、しばらくしても音が聞こえないので、目を開いたところ。
そこにミノタウロスの姿はなかった……。
「……なるほど。不自然だな……」
「だろ? でも、気配もすっかり消えてるし……」
不安は残るが、ひとまず脅威は去ったと考えるべきか。
それはそうと。
「おーい三城、もう大丈夫か……ぐえっ!?」
「しーちゃぁん!! え〜ん……」
声をかけたら、突然飛びついてきた。
……怖かったんだな。
「はいはい、もう大丈夫ですからねー」
「怖かったよぉ……」
ミノタウロスの脅威が去ったとは、まだ言い切れない。
が、今話して、いたずらに怖がらせることもあるまい。
「よし、今日はもう帰るか……ん?」
三城の肩を掴んで引き剥がすと、俺はあることに気づいた。
「ちょっと左腕見せてみろ。……やっぱり」
遠目では完全に復活したように見えた三城の左腕。
よく見てみると、薬指だけ欠損している。
「魔力切れで、そこまでしか治せなかった。……ごめん」
「いや、清水が謝ることじゃない。設備もない迷宮で、ここまで治したんだ」
ミノタウロスという強大な敵を前にして、これだけの被害に抑えられたのだ。
よくやったと言うべきだろう。
その後、自力でやっとこさ這い上がってきた野口と若山や、騒動に集まってきた皆に状況を説明した。
「それは大変だったね。みんな、今日はもう帰る、それでいいかな?」
「怪我人が2人もいるんだし、そりゃあね」
あ、土岐枝のこと忘れてた。
地上まで戻る時は、それ専用の階段が開く。
一気に地上まで上がると、今まさに夕陽が沈むところであった。
「ああっ、外の世界は気持ちいねぇ〜」
「お前さっき腕とれてよくそんな平和な顔できるな」
夕陽を眺める三城の顔からは、早くも負の感情が消え去っているのであった。
翌日、俺たちはギルドの一角に集合していた。
迷宮攻略の総括と反省会、といったところだ。
「……悪かった」
会は、泊が土岐枝に頭を下げたことから始まった。
土岐枝の負傷は酷く、今は車椅子での生活を余儀なくされている。
流石の泊も、自責の念を感じているようだ。
「過ぎたことは変えようもないけど、理由を教えてよ」
口を開こうとした土岐枝より先に、湯梨浜が泊に質問をぶつける。
「……目立ちたかったんだよ。俺はずっと」
泊の口調には、普段の怒りや傲慢さは微塵も感じられなかった。
「力で言うこと聞かせて、ずっと俺が1番だって気になってた。このクラスで1番強いのは、1番偉いのは俺だって」
「でも、力じゃあなた、松久くんに勝てなかったんじゃない?」
湯梨浜の放った松久の名前に、泊は肩を落とす。
「あいつは俺と仲良くしてくれてたからな。
結局、俺が脅す相手は、いつだって俺より弱い奴だったんだよ。下ばっかり見て、上から目を逸らして」
泊の人生は、実に順風満帆なものであった。
だが、異世界という予測不能な環境で、彼の立場は大きく揺らいだ。
「でも今じゃ翔や航平、ずっと見下してた神埼と野口にまで抜かされた。俺は心も強さもないクズになっちまったんだよ」
ん?
「俺を見下してたのかー?」
「しーちゃん、今はいいから!」
杖を泊に向けたら、後ろから三城が慌てて杖を持つ俺の手を抑える。
「迷宮で活躍して、見返してやろうと思ったんだよ。でも出てきたのは雑魚敵ばっかり。
……だからって、俺がしたことが許されるわけねえけどよ」
そう吐き捨てると、泊は自虐的な笑みを浮かべる。
湯梨浜の表情が崩れることはなかった。
「そう、あなたのせいでちひろは大怪我した。その罪は──」
「さくら、私は大丈夫だから」
顔を紅潮させ、今にも泊に掴みかからんばかりの湯梨浜を制止したのは、土岐枝だった。
「ちひろ……。 でも──」
「さっき言ってたでしょ? 過ぎたことは変えられないって。
だったら、憎しみ合うんじゃなくって、助けてくれた人に感謝するのがいいと思うの」
そういうと、土岐枝は俺の方を向く。
「そりゃどうも。
……ん? お前なんか顔赤いぞ。熱あるんじゃないか?」
「ち、違っ──」
「あ、もしかしてちひろ、時雨ちゃんのことが……」
「だから違うって!」
湯梨浜はさっきまでの表情と打って変わって、ニコニコ笑顔で土岐枝をいじる。
……さっきまでの雰囲気どこいった?
日比野が口を開く。
「土岐枝さん本人がそう言ってることだし、みんな、泊くんを許してあげてもいいかな?」
「……ちひろが言うなら」
皆が頷くと、最後には湯梨浜も、首を縦に振った。
「いいのか? こんな俺を……」
「これからは真面目にな」
「そうそう、こんどバカやったらぶっ飛ばすからね」
涙を潤ませる泊に、松久と榎田が軽口を飛ばす。
これにて一件落着……。
「全員揃ってるのか。ちょうどいい。みんな俺の話を聞いてくれ」
その時、芹沢を先頭として、井川たちのパーティーがぞろぞろとやってきた。
一体何だ……?




