45.迷宮の守護者
「三城ーーーっ!!」
その名を叫びながら、俺は悲鳴の聞こえた方へと走る。
1秒でも早く、あいつの元に駆けつけてやらねば。
が……。
「……チッ」
行き止まり。
どうする? 引き返すか?
いや、聞こえた声や気配から考えると、おそらく三城はこのすぐ裏にいる。
今から引き返して道を探している時間などない!
「……仕方ない。腐食!」
人の体から金属まで溶かす、毒を活用した闇属性の魔法。
俺はどうもこの系統の魔法と相性がいいらしい。
魔力を込めるのに比例して、目の前の壁がどんどんと溶けていく。
「助けてぇーーーっ!!」
ぽっかりと穴の空いた向こうから、小さな人影が飛び込んでくる。
人影は俺に飛びつくと、堰を切ったように泣き出す。
「三城! ……って、お前!?」
恐怖に泣きじゃくる三城の、ある一点を見て、俺は言葉を失う。
俺から見ると右の、三城にとっては左の片腕。
それが根元から消滅し、その傷口から今もなお鮮血が吹き出している。
「清水! 千曲! 今すぐ治療しろ!!」
2人を促しておいて正解だった。
遅れてやってきた2人に、三城を半ば投げ飛ばすようにして渡す。
「いっ、一体何があったんだ!? ……いや、今は治療が先だ!」
清水は一瞬目を見開いたが、すぐに我に返り、呪文を唱え始める。
凄惨な三城の状態を見て硬直していた千曲も、清水に続いた。
「何があった!?」
焦った顔の野口と若山が、後ろからやってきた。
これは心強い。
「分からん、ただ強敵がいる! 叩き潰すぞ!」
俺は三城が飛び込んできた穴の方を見やる。
そこには、さっきまでいなかった、謎の影があった。
自身の巨大な身体を通すべく、壁の穴をこじ開けようとしているのは……。
「な、何じゃありゃあっ!?」
筋骨隆々とした屈強な肉体。
鋭い眼光を放つ牛の顔。
漆黒に輝く鋭利に尖った角。
全てを破壊せんとする巨大な斧。
「「ミノタウロス!?」」
野口と若山が同時に声を上げる。
「……そういう奴がいるんだな! 『不知火』!」
壁を破らせるわけにはいかない。
ここで倒さねば!
* * *
恐ろしく強大な敵を前に、野口啓二は決意を固めた。
今こそ、ずっと解き放てなかった、自分の能力を操らねばならないと。
異世界に移った際、神に貰う能力。
彼のそれは、剣技にまつわるものであった。
流麗な剣技、重い打撃、鋭い斬撃……。
彼の繰り出す一撃一撃は、人のそれより優れていた。
しかし、彼には一つだけ、一度も使えなかった能力があった。
足りなかったのは技術か、力か、あるいは信念か。
今の彼には、その全てが自身には備わっていると、自信を持って断言できた。
彼は剣を抜き構えると、徐に唱え出す。
「我が剣よ、我が心は熱く燃え、他の誰よりも強きものなり。今我が望みに応え、真なる姿を顕現せよ……真紅の太刀!」
その瞬間、彼の持つ剣が輝き、紅々と色づいた。
「啓二……! お前、ついにやったのか!」
その姿を見て、若山が驚嘆の声を漏らす。
「行くぞ……うおおおっ!!」
彼は地面を蹴り、一直線にミノタウロスに接近する。
* * *
ミノタウロスに突っ込んだ野口は、見たこともないような斬撃を目の前の巨躯に浴びせた。
血が吹き出し、野口の身体を染め上げてゆく。
ミノタウロスは大きく体勢を崩し、数歩後ずさった。
その手から斧が滑り落ち、音を立てて落ちた。
ミノタウロスは、膝に手をつくと、呼吸を整えるような仕草をする。
「今だ、畳み掛けろ! ……テレキネシス!」
地面に落ちたミノタウロスの斧を掴む。
魔素の腕で斧を振り回し、ミノタウロスを追い回す。
「空撃槍! うおおおっ!!」
俺の横を若山が駆け抜けると、槍に引っ張られるかのように突き進む。
その切先は、野口のつけた生々しい傷に食い込んだ。
ミノタウロスの呻き声が響く。
3人の連携は、見事なものであった。
野口の剣、若山の槍、俺の魔力が操作する斧。
互いにぶつかることもなく、それぞれがミノタウロスに確実な負傷を負わせる。
ミノタウロスは全身に傷跡をつけ、血を滴らせている。
だがその怒りに燃えた目は、それが未だ戦う気のあることを示していた。
「あとは俺が。炎よ、我が意のままに舞い踊り、邪悪なる──」
魔法で吹き飛ばして、それでケリをつける。
そう思い始めた詠唱を、俺は止めざるを得なかった。
「うむ……よくぞここまで辿り着いたものだ、侵入者どもよ」
謎の言葉が、耳に響いた。
「野口? なんか言ったか?」
「いや……。そんな、まさか……」
ミノタウロスの前で剣を構える野口は、微かに震えている。
……まさか、この牛頭が喋ったというのか?
だが、文面的にもそうだ。
だとすれば、このミノタウロスには知性があるということに……。
「この迷宮にはありとあらゆる仕掛けが施されている。安易な動きは破滅を招くぞ。
……今のようにな!」
その言葉と共に、ミノタウロスは壁を力任せに叩く。
バンという大きな音に一瞬怯むが、それ以上に何も起こらない。
ただのハッタリか……?
その時、内臓が浮くような浮遊感が全身を襲う。
同時に、ミノタウロスが急上昇していく。
……まさか。
まさかまさか。
「三城ーーーっ!!」
そう叫び伸ばした俺の手は、むなしく空を掻いた。
俺たちは、奈落の第4層へと、落とされた。




