44.一難去って……
ひとまずの危機は去った。
「……しっかしまあ、よくこれで生きてたな」
全身に打撲の痕が残り、血まみれの土岐枝を見て、俺はそう思うのだった。
「早いとこ清水と千曲に何とかしてもらわないとな……。立てるか?」
「うん……いたっ」
土岐枝は立ちあがろうとするも、顔をしかめてうずくまる。
見れば、土岐枝の脚は、棍棒で潰されたのか見るも無惨なことになっていた。
……何でこれで立てると思った?
「絶対無理だろ。……しゃーなし、よっこらしょ」
「はわわっ!? えっ、ええーっ!?」
仕方ないから、土岐枝をひょいと持ち上げると、背中に背負う。
血に濡れた感触が気持ち悪い。
が、緊急事態だ、致し方なし。
土岐枝を背負ったまま、来た道を戻る。
「……ねえ、神埼くん。どうして、助けに来てくれたの……?」
背後から、土岐枝の弱々しい声が聞こえた。
やはり衰弱している、早急に治療を行う必要があろう。
「何で……か。俺もよく理由は分からないが……、強いて言うなら、仲間だから、か?」
あまり関わりはないとはいえ、いちおうは同窓。
失うのは悲しいことだ。
「そうなんだ……。
私ね、もうダメなんじゃないかって思ってたの。何が起こってるのかもわからないまま、ただ痛くて、辛くて、苦しくて……。
もう友だちにも会えないんじゃないかって、もう二度と笑えないんじゃないかって。悲しいっていうか……ああ、もう終わりなんだっていう、諦め? みたいな……」
そう語る土岐枝の声が、だんだんと震えてくる。
改めて恐怖を思い出し、怖くなったのだろうか。
「だから……ありがとう……」
その言葉を絞り出した土岐枝は、感極まって嗚咽を漏らす。
……めちゃくちゃ気まずいんですが。
こういう場合、俺は何か言うべきなのか?
それともそっとしておくべきなのか?
いやでも、無視するのも憚られる気はするし、かといって気にかけないのも気が咎めるし……。
取れる選択肢は一つ。
さっさと他の奴に押しつける!
「ちひろーっ!!」
どんでん返しを逆から押し、第3層に戻った瞬間、湯梨浜がこちらに駆け寄ってくる。
「ちひろ、ちひろは大丈夫なの!?」
「落ち着け! 死にかけだけどまだ死んではないから。さっさと清水と千曲に治してもらえ!」
「ゆりーっ!! 早く来てーっ!!」
さっきまで首絞められてたとは思えないほどの声量。
やはり、親友を思う気持ちというのは大きいのだろうか。
「……これは……」
駆けつけてきた清水は、地面に寝かせた土岐枝を一目見るなり息を呑む。
「ひどい状態だな。……2人がかりでも命を繋ぐのが何とかだよ」
言い終わると清水は、千曲と共に呪文を唱え始める。
「治療の邪魔はしないほうがいい。
……ところで、こっちは大丈夫だったのか?」
周りにはモンスターの気配を一切感じない。
逆に、湯梨浜と清水、千曲以外はどこかへ行ってしまったらしく、見当たらないのである。
「それなら、美鈴ちゃんと若山くんが大活躍だったよ。まあ、私も頑張ったんだよ?」
土岐枝の無事をひとまずは確認し、一呼吸ついたのだろうか。
そう語る湯梨浜の声は、先ほどよりずっと落ち着いていた。
「ならよかったが……。今はみんな何してるんだ?」
「周りにモンスターがいないみたいだから、また手分けして階段を探してるよ。
……でも私は、もう帰ったほうがいいと思うけどね……」
湯梨浜の顔が曇る。
土岐枝の治療という観点で見れば、俺も賛成だ。
その時、騒ぎを聞きつけてか、日比野と泊が現れた。
「あっ、神埼くん。ということは……土岐枝さんは?」
「無事……とは言えないな。ひとまずの応急処置中……といったところか」
「そうなんだね……。まあ、生きて帰ってきてくれただけでもよかったよ」
日比野は悲しげな顔をした後、励ますように笑みを浮かべる。
「あんた、責任とってくれるんでしょうね!」
その時、憤怒に満ち溢れた顔で泊を睨みつける湯梨浜が、地の底から響くような声を上げる。
「な、何だよお前。……だから、反省してるっていってんじゃねえかよ。乱暴して悪かったって……」
その迫力に気圧された泊は、掠れた声を上げながら後ずさる。
だが、その言葉を聞いた湯梨浜は、さらに怒りのボルテージを上げた。
「私に対することなんてどうでもいいのよ。ちひろにどんだけ怖い思いをさせたか、分かってないの? 本当に死にかけたんだからね!?
あなたがどれだけバカやっても知らないけど、私の友だちを傷つけたら許さないから」
さっき広がった光景とは、完全に構図が逆転していた。
違いがあるとすれば、泊の行動に意味はなかったが、湯梨浜の今の怒りには、明確な理由があるということだ。
後ろに燃え盛る炎さえ見える湯梨浜に、泊はまるで鼠のように縮こまっている。
一瞬言い返そうとするも、その口からは情けない、声にならない声しか漏れ出てこない。
その姿には、数十分前の横暴な態度は、片鱗も残っていなかった。
「……ふう、これでひとまずは大丈夫だ。早いとこアルトに帰って、本格的な治療をしないと」
振り返ると、清水が額の汗を拭っている。
土岐枝の全身に小さな結界を張り、かろうじて失血を抑えている。
なかなか高度な技術だな。
自力で起き上がった土岐枝を見るなり、湯梨浜はそちらに駆け寄る。
「ちひろ、大丈夫!?」
「うん。……神埼くんがね、助けてくれたんだ」
なんか勝手に感謝されてんですが。
そんな大したことしてないぞ?
「良かった。神埼くん、ありがとね。……泊くんも、これで反省するだろうし……」
日比野はそう言うと、恐怖のあまり失禁した泊を、やれやれといった様子で見つめる。
「……この服、こいつに新しいの買わせてもいいか?」
「服? ……!?」
何となく聞いてみた言葉にこちらに向き直った日比野は、俺の着ている服に気づき目を見開く。
改めて見てみると、本当に酷い格好してるな、俺。
オーガの血やら土岐枝の血やら涙やら、もはや地面より汚い。
「……本当に大変だったんだね。私が責任を持って泊くんに言っておくよ」
よっしゃ。
その時。
「きゃああああっ!!」
「今度は誰だ!! ……!?」
その悲鳴の主の正体に思い当たり、背筋が凍る。
「行くぞ! 修道士組もついてこい、土岐枝は任せたぞ、湯梨浜!」
そう言い残すと、俺は地面を蹴って駆け出す。
後ろから、清水と千曲、追って日比野の足音が聞こえる。
あいつに対して、何か思うところがあるわけではない。
それどころか、むしろ厄介な奴だ。
だが……。
死に別れは嫌だ。




