43.迷宮の裏
「お、おいどうすんだよ! お前が呼び寄せたんだから何とかしろよ!?」
「黙ってないで何とか言ったらどうなの!?」
「ちょっと、言い争ってる暇があったら魔法ぶつけてよ!」
「後ろに下がれ、早く!」
俺たちは、たちまちパニックに陥る。
その時、荒川が清水の横をすり抜け、最前線へと躍り出る。
「電光! 氷槍! ……皆さん、下がってください!」
杖の先から放たれた魔法は、ピンポイントに先頭のケルベロスを吹き飛ばす。
荒川の表情は、今までに見たこともないような毅然としたものであった。
「俺も加勢する……『不知火』っ!」
2人の魔術師の手により、ケルベロスの軍勢は少しずつ数を減らしていく。
「おっ、おい……! 向こうからも来てるぞ!」
その時、清水が震えた声を上げる。
内臓を掻き回すような地響きが、その規模の多さを物語っている。
「宗吾、あんたも魔術師なんでしょ? 早く戦いなさいよ!」
榎田の焦る声が聞こえる。
振り返ると、泊は頭を抱え、痙攣したように体を震わせている。
好き勝手横暴に振る舞っておいて、危機に瀕したらあれか。
底が見えたぞ、泊宗吾。
「……ああああああ!!!!」
突然、泊はのけぞるように立ち上がると、狂ったように叫び出す。
いや、本当に狂ったか?
「ちくしょう、分かったよ、全部ぶっ壊せばいいんだろうがよ!
俺が全部ぶっ殺してやる!! 火球!!」
泊は周りも顧みずに魔法を放つ。
「きゃあっ! ちょっと、危ないよ!」
目の前を火の玉が通過していった千曲が、非難の声を上げる。
だが、泊は気にする様子もない。
集団の真ん中にいるにもかかわらず、あちらこちらに魔法を放ちまくる。
俺たちはその度に逃げなくてはならない。
「おい落ち着け宗吾! 逆に俺たちが死ぬぞ……うわっ!」
泊を宥めようとした松久は、杖を突きつけられ後ずさる。
「俺がぶっ殺すって言ってんだろうが、邪魔すんじゃねえよ! 火球!」
錯乱状態に陥った泊は、見当違いも甚だしい方向へ炎を打ち出す。
「うわあっ、危ない!」
目の前に火の玉が迫った土岐枝は、咄嗟に壁に張り付き回避する。
「きゃああっ!?」
その時、土岐枝がいる壁が、勢いよく回転した。
どんでん返し、という奴か。
土岐枝は、なすすべなく向こう側へ吸い込まれていく。
「ちひろ!? ……どうしよう、ちーちゃんが消えちゃったよ!?」
千曲が日比野に縋りつき、助けを求める。
「ま、まずは落ち着こう。あれが危険な罠とは限らな──」
日比野は、それ以上の言葉を紡ぐことができなかった。
「いっ、いやあああああっ!!」
命の危機を感じるほどの、土岐枝の悲鳴が、迷宮中に響き渡る。
その鬼気迫る声に、俺たちは一瞬凍りついた。
「ぜったい危ないじゃん! 早く助けないとちーちゃんが死んじゃうよ!」
「そ、そうだよね。だ、誰か、土岐枝さんを助けに──」
いよいよ涙目になった千曲の懇願を受け、日比野が周りに要請する。
「俺が行く」
俺は、静かにそう言った。
向こうの様子が分からない現状、さまざまな敵への汎用性が高い魔術師が出るべきだ。
で、この場の魔術師で、現状最も戦力になるのは、俺だろう。
「神埼くん、お願い! ……だけど、こっちはどうしよう……」
日比野の不安はもっともだ。
俺が抜けることで、戦線が瓦解する可能性が……。
「俺に任せておけ!」
その言葉と共に、ケルベロスの群れに突っ込んでいく人影が。
槍を片手に突撃する、若山であった。
若山は槍を自在に操り、次々とケルベロスの心臓を貫く。
「ここは俺に任せてお前は行け!」
ちょっとフラグが立った気がするが、若山の実力ならば大丈夫だろう。
どんでん返しの後ろに、さらに落とし穴。
こりゃ、受け身を取れなきゃ激痛だぞ……。
……落とし穴ということは、さっきいた場所より下にあるというわけで。
「……第4層か」
構造は大きく異なるが、迷路状であることに変わりはない。
しかし問題なのは……。
「……本当にまだ生きてるかこれ?」
地面に転々とある血痕。
ところどころに血溜まりができている。
わずかな期待と、半ばの諦めとともに、俺は紅い跡を辿って先へ進む。
* * *
死。
そんな言葉、まだ私には無縁だと思ってた。
でも、そんなことなかったんだ。
どうすることもできず、下の層に落とされた。
目の前にいたのは、前アルトに来たのと同じ、大鬼。
情けない悲鳴を上げながら、私は必死に逃げた。
腕を殴られて、足を潰されて。
それでも、這ってでも前に前に逃げた。
死にたくない、死にたくない、死にたくない……。
でも、全部無駄だった。
行き止まり。
ああ、今目の前で、棍棒が高々と掲げられてる。
私、ここで死ぬんだ……。
さくら、ゆり、まり……。
私の大好きな友だちの顔が、浮かんでは消えていく。
……さよなら……。
「風刃!!」
目の前の巨大なオーガが、上下に斬れた。
地響きと共に、地面に崩れ落ちていく。
血しぶきが身体中に降り注ぐのも、気にならなかった。
もう肉片となったオーガを踏みつけながら私の方へ歩み寄ってくる人影から、目が離せなかった。
「やっぱり体力が高いだけで、装甲自体は脆弱だ。迷宮の環境の影響か……?
……ああくそ、せっかくの服が血まみれだよ。後で泊ボコす」
私の目の前にいたのは。
「あっそうだ、土岐枝。……死んでないか? 死んでなければいいんだが……」
そんなちょっと不思議な喋り方をしながら、私を心配そうに覗き込むその人。
「……ん? おーい、聞いてるか? というか聞けるか?」
「はわっ!? ……うん、聞いてる」
顔をずいっと近づけられて、私はそう答えることしかできなかった。
さっきまで目が離せなかったのに、こうして見つめられると、何でだろう、今度は目を合わせられない。
心臓が痛いくらいに早く刻んでいる。
身体中が、変な熱さに包まれる。
ここで死ぬんだ、そう諦めてた。
でも、私の周りの苦難を切り裂いて、私を助け上げてくれた。
紛れもない、私の恩人……。
「……ありがとう……。神埼、くん……」




