42.迷宮に行きましょう
「じゃあみんな、行くよ」
日比野を先頭に、俺たちは未知なる迷宮へと足を踏み入れる。
ここは、真なる魔境──
なんてカッコつけてみたはいいものの、その実大したこともない。
ここはヘーレ迷宮、アルトから徒歩圏内にあるダンジョンだ。
多層構造になっている迷宮は、現在第21層まで攻略されている。
上層は強いモンスターも少なく、冒険者たちの訓練場としても多く用いられている。
しかし、聞くところによれば、この迷宮の下層には、恐ろしい敵が潜んでいるとか。
正確な階層は分からないが、そこで当時王都最強と言われていたパーティーが1人を残して全滅したそうだ。
その1人も、口を閉ざしたまま王都を逃げるように去ったため、詳しいことはわかっていない。
まあ、そこまで下層に潜ることもあるまい。
気楽に挑むのが1番だ。
この迷宮は、その名の通り各階層が迷路のように入り組んだ作りになっている。
その最奥に、次の階層へとつながる階段がある。
だが、随所に罠やモンスターが潜んでおり、前後左右を常に警戒しなければならない。
「……何だこれ」
野口が拍子抜けしたように呟く。
俺も同感だ。
……いくら第1層目だとはいえ。
「……これ、階段だよな」
「うん。そうだね……」
まさか、5分で制覇できるとは誰も思わないだろ!
トラップもモンスターも皆無。
ちょっとうろちょろしたら、あっという間に見つけてしまった。
不思議がりながら、第2層へと移動する。
「おっ、モンスターだ!」
ようやく敵とのご対面……。
「え……スライム1匹、だけ?」
5秒で死にました。
その後も、スライムやゴブリン、良くてコボルトまでしか現れなかった。
滞在時間20分のうち、19分は階段を探すために歩き回っていた。
1分だけだぞ、戦闘時間。
流石に次こそは……と、半ば期待、半ば祈るように階段を降りる。
安全なのに越したことはないが、流石につまらなさすぎるぞ。
……が、期待に反し。
「何だよこの迷宮! 何もいねえじゃねえか!!」
泊ががなり声をあげ、壁を蹴る。
その程度で苛立ちを吐き出すこともできず、壁を殴ったり、床を踏みつけたり。
だが、普段は不満を抱く泊の言動に共感してしまうくらい、この迷宮には何もいないのだ。
せっかく買った杖の出番もない。
「ちょっと泊くん、落ち着いて。迷宮に当たってもどうにもならないよ」
こんな所でも日比野は泊を諫める。
しかしその声や表情には、普段は見られない恐怖が、少し感じられるのであった。
だがまあ、なんだかんだで日比野の言うことは聞く泊だから、まあ何とかなるだろ……。
と思ったが。
「じゃあ何に当たればいいんだよ。お前か!?」
「何にも当たっちゃダメだよ! ここはぐっとこらえて、先へ進もう?」
「……うるせえよ、指図すんじゃねえ!
おいクソッタレのモンスターども、びびってねえで出てこいよ! 火球!」
泊は日比野を突き飛ばすと、あたり構わず魔法を放つ。
「みつき! ……ちょっと泊くん、いい加減にしてよ」
よろけた日比野を抱き止めた湯梨浜が、珍しく強い口調で泊を非難する。
「あぁ!? なんか文句あんのかよ」
「当たり前でしょ。こんな所でトラブル起こして、みんな迷惑……何?」
その時、泊は魔法を繰り出す手を止めると、湯梨浜の方へずかずかと歩く。
信じられないことが起こった。
「お前ら全員うるせえんだよ、指図すんじゃねえって言ってんだろうがよ!」
泊は湯梨浜の胸ぐらを掴み、壁に叩きつけたのだ。
「や……やめてよ……」
首を半ば絞められるような形になった湯梨浜は、掠れた声で抵抗する。
「おい宗吾、流石にだめだ! 何でそんなにイラついてるんだよ!」
「そうよ、あんたいつからそんなヤツになったわけ!?」
松久と榎田が泊を湯梨浜から引き剥がそうとする。
その時、俺の裾を掴む者が。
「……こわい……」
涙に潤んだ目で、こちらを見上げる三城。
その初めて見せる表情に、背筋を何かが走る。
「まあ安心しろ、こっちの方に飛び火したら魔法ではっ倒すから」
「……しーちゃんもこわい……」
何だお前せっかく守ってやろうってのに!
しかし、皆この状況に怯えているのは事実だ。
普段は悪事に毅然とした態度で接する日比野も、これ以上ないほどに理不尽な暴力を見て、足がすくんでいる。
湯梨浜の親友である土岐枝や千曲も、自身への飛び火を恐れて動けずにいる。
……おや?
「あいつはうまくやってるのか……」
さらに奥の方、少し遅れて着いてきていた荒川。
それを守るように、清水が立ちはだかっていた。
大仰に手を広げていたりするわけではないが、荒川を守り通すという意思の伝わってくる、そんな立ち方だ。
その時、微かな地響きのようなものを感じ取った。
「……おい、なんか来るぞ!」
「はっ、ようやく面白くなってきたじゃねえか!」
思わず叫ぶと、泊は満足そうな顔で湯梨浜を離す。
「カハッ、ああっ……」
「さくら、大丈夫!?」
「……うん、大丈夫。ちょっとびっくりしただけ……」
地面に座り込んだ湯梨浜に、土岐枝と千曲が駆け寄った。
湯梨浜はそんな2人に笑顔を見せる。
が、すぐに顔をしかめると、激しく咳き込み出した。
土岐枝はすぐに湯梨浜の背中をさすり、千曲は優しく声をかける。
……が、悠長にそんなことをしている場合でもないようだ。
長く続く、目の前の道の奥。
「……おい、あんな来るなんて聞いてねえよ」
泊が、さっきまでの威勢はどこへやら、怯え切った顔で震える声を絞り出す。
比較的広い道も狭しとばかりに押し合いへし合い。
百はあろうかという、ケルベロスの大群を見て。




