41.不穏な影
「「ストーカー!?」」
宿のロビーに集められた俺たちは、その言葉を聞いて顔を見合わせる。
「そうみたいなんだ。みんな、何か知ってることはない?」
日比野は、荒川の両肩を抱きしめるように持ちながら、周りに尋ねる。
あの様子だと、被害を訴え出てきたのは荒川だろうな。
「そんなこと言われても、詳しいことを教えてくれなきゃ分からないよ」
「対策を立てるにしても、相手の情報がなけりゃね……」
芳賀と野口が要望を出す。
それに応じ、日比野は被害内容を俺たちに伝えた。
「……厄介だな」
道で歩いていたりすると、後ろから視線を感じる……か。
特定は困難だろう。
今のところ、つきまとい以外の被害はないそうだから、まだそこまで危険ではなさそうだが。
「陰湿だね。許せない」
坂北は拳を固く握りしめる。
「うん。美鈴ちゃん、私たちは絶対に味方だから、安心してね」
橋本が荒川を優しく抱きしめる。
……ちょっと荒川が怯えているのは見なかったことにしておこう。
「俺もそう思うけど、ここで義憤に駆られてても状況は変わらないぞ。何かいい解決策を出さないと……」
山口の言葉に、俺たちは思案を巡らせる。
「衛兵に相談して、見張りをつけてもらったりするのが1番だと思うけれど」
寺田が現実的な解決策を提案する。
「でも、それも1日中ってわけにもいかないし。むしろ衛兵がいなくなったタイミングが危険になったりしない?」
城戸が不安の声を上げる。
なるほど、警戒を強め、これまで通りのストーカー行為が困難になれば、こちらが油断したタイミングで大胆な行動に出る危険もある。
「なら、衛兵じゃない人なら? 怪しまれにくいし、現行犯で証拠を掴めるかも」
「覆面パトカーみたいにってことね。いいんじゃない?」
清水の意見に、平城山が賛意を示す。
「だとすると、誰がその見張り役になるか……だけど」
立川の言葉に、場は沈黙に包まれる。
そりゃそうだ。面倒だし、かなりリスクのある役回りだからな。
「何だよお前ら。……なら、俺が」
提案した張本人の清水が、思い切ったように手を挙げる。
その硬い表情は、彼の決意を物語っていた。
「清水くんなら安心だね。じゃあ、それでいいかな?」
「待って、みんな」
議論が終了しようとしていたその時、坂北が口を挟む。
「清水くんは真面目で信頼できる。だけど、もし争いになった時を考えるとリスクがあると思うんだ」
確かにそうだ。
清水は修道士、身体能力に長けているわけではない。
見張りということがばれた時、コイツならやれると襲われる可能性もある。
清水もそれを認めているのか、挙げていた手を下ろす。
「確かにそうだけど、じゃあ誰が?」
彼女にしては柔和な口調で、早乙女が疑問を呈する。
……ていうかお前、真面目に議論に参加してたのかよ。
バックれた泊と同じだと思ってた。
「おい、なら航平が1番の適任じゃないか?」
振り返ると、松久の肩を叩く井川。
確かに、純粋な体力という視点で見れば、彼が俺たちの中で1番だ。
「こいつじゃ衛兵と変わらねえよ。荒川さんと一緒にいたら明らかに不自然だ」
山口の野次ももっともだ。
松久の大柄で鍛え上げられた肉体では、明らかに護衛と思われてしまうだろう。
「そのことなんだが……。
ここは俺に任せてくれないか?」
話が途切れたタイミングで、芹沢が名乗りを上げた。
「俺は衛士、清水よりも体力はある。それに、見た目じゃ護衛には見えんだろ?」
芹沢は中肉中背、ぱっと見ではただの村人Bだ。
この立ち回りには適している。
その時、清水が勢いよく立ち上がると、芹沢のもとにつかつかと歩み寄る。
「……ちゃんとやってくれるんだな?」
そして、真剣な眼差しで尋ねた。
「ああ、もちろんだ。俺に任せておけ」
その返答に、清水は相好を崩した。
「……頼んだぞ」
芹沢の役目は、ストーカーに気づかれず荒川の周囲を監視し、仮に向こうが行動を起こした際、それに対処すること。
積極的に挑発行為などは行わず、向かってきたら立ち向かうというのが基本的な方針だ。
2人はパーティーが違うが、クエストをこなしている際はそもそも被害が確認されていないので、特に問題はない。
まあ、10人以上の冒険者の横でストーカーなどできるわけがない。
休日や朝夜など、1人きりになるタイミングを潰すのが彼の役割だ。
「なあ清水。……まあ、それに神埼」
ある日、清水と出かけようとすると、後ろから芹沢に呼び止められた。
その後ろには、あまり不安を感じていない様子の荒川。
やはり、芹沢がいることで安心しているのだろうか。
「何だよ芹沢。2人で楽しくしてろよ」
清水が、どこか不機嫌な様子で芹沢を睨みつける。
「いや、ちょっと頼みがあってな。今から2人で出かけるんだが……。
俺たちの後ろから着いてきて、ストーカーの現行犯を押さえてくれないか?」
芹沢本人は迂闊に動けないから、ストーカーがどこにいるのか、誰なのかを知ることはできない。
後ろから俺たちが監視することで、それを明らかにするということだ。
断る理由もないので、俺たちは承諾した。
並んで歩く荒川と芹沢の20メートルほど後ろを、それとなく歩く。
街道の混雑具合はちょうどよく、側から見ても俺たちと芹沢たちとの間に関係があるようには見えないだろう。
俺は歩きながら、建物の影などに怪しい人物がいないか、周りを探す。
「……ん?」
果物屋と魔道具店の間の路地。
そこに、仮面で顔を隠した見るからに怪しい男が。
「おい、あれ……?」
清水に意見を求めようと、そちらを向く。
彼は、前方の芹沢を睨みつけていた。
「おい清水?」
「……! 悪い、どうした?」
路地裏を指差すと、2人で顔を見合わせる。
清水は頷くと、ゆっくりと路地の方へ近づいていく。
「おいお前、仮面なんか被って何してるんだ?」
清水は仮面の人影まで近づくと、その肩に手を伸ばす。
が、人影はしなやかに身を躱すと、奥へと走り去っていった。
「待てっ! ……何するんだ!?」
俺は追って走り出そうとする清水の肩を押さえ、押しとどめる。
「今追っても無駄だ。それに、ここで捕まえたところで証拠がない」
清水はしばらく逡巡したが、やがて納得したようにため息をついた。
2人を再び見つけるのには、しばらく時間を有した。
なぜなら、カフェのような場所で、親しげに談笑していたからである。
道端で突っ立っているのも不自然だ。
落ち着いて監視するため、俺たちは追って入店する。
窓際の席に座り、街道を監視する。
「……特に怪しい人影はないな。荒川に怯えた様子もない。諦めて帰ったか……」
現行犯逮捕はできなかったが、ひとまず追い返すことはできた。
まあ及第点だろう。
「……はぁ」
テーブルの反対側の清水は、運ばれてきたコーヒーに口をつけることもなく、ため息をつく。
「どうした、見栄張って飲めないの頼んだのか? ……ん?」
軽口を叩いても反応しないので、流石に心配になってきた。
「芹沢のやつ、荒川さんとお近づきになりたいみたいだな」
唐突にそんな言葉が飛び出し、俺は眉をひそめる。
「荒川さんの方も、満更でもなさそうだし。……はぁ」
清水は、ようやくカップに口をつけた。
……あれか、恋に恋するお年頃ってやつか。
今思えば、自己紹介の時も、野犬の時も、清水はかなり率先して動いていた。
何やら複雑な感情があると考えるのが自然か。
「確かに、最近あの2人は仲良さげだな。お前も予想外の展開で悔しいのか?」
「いや……。俺に荒川さんの護衛は務まらない。荒川さんが安心して暮らせるのが1番だよ」
清水は深慮な人物だ。
自身の力不足を認め、嫉妬しながらも芹沢を信頼し任せていた。
だが、目の前でああされると、いくら何でも限界……か。
「まあ、あいつは違うパーティーなんだ。クエスト中はお前が率先して守ってやればいい。
……明日は迷宮攻略の予定だしな」




