5.見張りは辛いです
「おーい、神埼」
声に目を開けると、榎田がいる。
「何で男子小屋にいるんだよ」
「見張りよ見張り、次あんたでしょ」
そうだったそうだった。
眠い目を擦りながら、槍を片手に小屋の外へ出ていくと、すでに城戸が地べたに体操座りをしていた。
俺は無言で隣に座る。
城戸とはまだ一回も話したことがない。
気まずい組み合わせだ。
まあ、特に気にはならない。
沈黙には慣れているからな。
「……か、神埼くん、だっけ?」
沈黙に耐えかねたのか、城戸が話しかけてくる。
「ん、何?」
「いやさ、今日は色々大変だったけど、えーっと……頑張ろうね!」
榎田に絡まれてるせいでかなり陽キャに見えたが、意外と大人しめだな。
結構気が合うかもしれない。
「ああ、頑張ろうな」
それからは、再び沈黙が場を満たす。
無言のまましばらく時間が過ぎた。
山口が作っていた簡易タイマーは、まもなく30分がたつことを示している。
見張りも何事もなく終われそうだ……。
そう思いふと川向こうの森を見た瞬間、身体が凍りつくほどの緊張が走る。
見てしまったのだ。
こちらを警戒と憎悪の目で睨む、3対の黄色く光る眼を。
ケルベロスだ。
城戸も気づいたのか、身体が凍りついている。
俺が動くしかない。
弾かれたように立ち上がると、男子用か女子用かなど考える暇もなく近くの小屋の戸を開け放つ。
「襲撃だーっ、早く起きろっ!」
俺はあらん限りの大声で叫ぶ。
「ぐえっ!?」
その瞬間、何かが腹にめり込んだ。
衝撃と痛みに、俺は小屋の外に吹っ飛ばされる。
「襲撃はあんたよ、この変態め!」
榎田の罵声が、容赦なく襲いかかる。
「違えよ、ケルベロスだっ!」
俺は痛む腹を抑えながら、かすれる声で応答する。
この調子だと、内出血しているかもしれない。
「マジでっ!? すぐ行く!」
榎田は飛び起きると、壁に立てかけてあった槍を取り、外に向かって駆け出した。
そして──
「あっおい、ちょっと待っ……ぎゃああっ!!」
俺の頭を容赦なく踏みつけていきやがった!
踏んだり蹴ったりとはまさにこのこと。
だが、いつまでも倒れているわけにもいかない。
このまま女子たちが起き出したら、同じように踏み潰されるか、変態扱いで社会的に死ぬ。
何とか立ち上がり、放り出された槍を手に取ると、川辺へ走る。
後ろから、騒ぎを聞きつけた皆がちらほらと続く。
「こ、これはマジでやばくない?」
川向こうを見た榎田が、絶望的な表情で呟く。
だが、いくらモンスターとはいえ、そこまで怯えることか?
さっきも倒せたし。
不審に思い、もう一度目を凝らすと……。
「おいおい、どうなってんだよ」
森を飛び出し、川を渡りこちらに向かってくるケルベロス。
その数は、2、3頭どころではなかった。
20、いや30頭はあろうかというケルベロスの群れが、敵意をむき出しにしてこちらへ向かってくる。
先ほど倒したケルベロスの仲間か。
仲間の死を感じ取り、弔い合戦に来たのだろう。
「い、委員長! どうすればいいの!?」
「と、とにかく逃げよう! みんな、早く!」
日比野が呼びかけると、皆は一目散に川から離れる。
だが、たった1人だけ、川を見据え微動だにしない人物がいた。
「き、城戸さん!? 早く逃げて!」
日比野の必死の訴えにも、城戸は動じない。
城戸は、右手をケルベロスの方へ向ける。
その時、信じられないことが起こった。
城戸の右手に、光を放つ紫色の球体が出現した。
ここが異世界であることを考慮すれば、魔力。
そう判断せずにはいられない。
「闇の攪乱!」
城戸は、覚悟を決めたような表情で叫んだ。
俺は生まれて初めて、自分の目を疑った。
今まさに城戸に噛みつき、爪を立てようとしている何頭ものケルベロス。
その全てが、動かなくなっていた。
空中で動きを止められたケルベロスたちは、水面へと落下していく。
パラライズ。相手の動きを封じる、強力な状態異常。
おそらく、神に授かった固有魔法というやつなのだろう。
しかし、どう考えてもあの魔力量は異常だ。
俺のように魔力が強化されていでもしない限り、一個人が出せる魔力ではない。
しかし、どうやって……?
「……あー、怖かったぁ。ありがとうね、朴葉くん」
「い、いや別にそれほどでも……」
城戸は振り返ると、なぜか朴葉に礼を述べる。
一体何が行われていたんだ?
同じ疑問を抱いた皆が、口々に尋ねる。
まとめると、城戸に頼まれていた朴葉が、自身の能力である「スキルドレイン」を用い、魔力を全員から徴収していたのだそうだ。
城戸の得た能力は固有魔法、練習などなしに使用できる、世界で唯一の魔法だ。
だが、莫大な魔力を消費するため、城戸本来の魔力では発動すらできない。
そこで、魔力を人から奪ったり与えたりできる朴葉の登場というわけだ。
……しかし、一体いつ魔力を取られたんだ?
「なるほどな、いきなりハイタッチされた時はびっくりしたけど、まさか魔力を勝手に取ってたとは知らなかったよ」
ああ、あの時か。
確かに、あの後どっと疲れが出た。
今思えば、戦闘が終わって我に返り、感じていなかった疲れが表面化したには、どうも疲れ方が異常だった。
しかし、この一日でその作戦を考えつく朴葉の力も、侮れたものではないな。
「あっ、あかね!? どうしたの!?」
「城戸さん!? ……早く小屋に運んで休ませてあげてくれ!」
榎田と朴葉の慌てた声に引き戻されると、さっきまで得意げに作戦を語っていた城戸が、力なく倒れていた。
そりゃそうだ。いくら魔力を補給したとはいえ、数十頭もの魔物に、しかも強力な魔法を使用したのだ。
残りの魔力がほぼゼロになっていても、おかしくはない。
榎田に負われ、小屋に運ばれていく城戸を見送った後、再び川に目線を戻す。
ちょうど麻痺が解けたケルベロスたちが、慌てて向こうの森へ戻っていくところだった。
まあ、今後しばらくは、再び襲撃に来ることはないだろう。
わざわざ深追いして、刺激することもない。
「しーちゃんは何にもしなかったんだね」
「お前らを起こすという重要な任務をこなしたんだぞ、その言い方はよせ」
「はーい」
昼間の疲れの上に、夜遅くに起こされてあまり調子が良くないのか、今日の三城はやけに静かだ。
まあ、それに越したことはない。
「じゃあ、みんなおやすみ。見張りの人は、いっそう警戒してね。森の方からの襲撃にも気をつけて」
解散すると、見張りを除く全員が、小屋へと戻る。
明日も生き抜くためには、英気を養わねば。
俺は、今度こそ深い深い眠りについた。




