4.ケルベロスとの一戦
──我々は、かつてない危機に直面している──
牙を剥き、3組の黄色く輝く双眸でこちらを睨む狼のような生物。
そう、ケルベロスと我々は対峙しているのである。
……といっても、対峙しているというよりは襲われていると言った方が正しいかもしれない。
かたや弱肉強食の森を生き抜く魔獣、かたや平和な温室育ちの子供。
まともに戦えば、勝ち目はないだろう。
魔法が使えればまだ何とかなるかもしれないが、それも無理だ。
そんな俺たちの取ることができる、最善の選択とは──
「逃げろぉーっ!!」
誰かの怒声に、俺たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。
せっかく作った拠点だが、仕方ない。
まさか最初の敵がこれだとは誰も思わないだろ。
せめてスライムかツノの生えたウサギとかであれよ。
(みんな、大丈夫か!?)
木々の中を進んでいると、突然、脳内に声が響く。
そうか、さっき山口が、脳内で通信できる能力をゲットしたとか言っていたな。
離れたところでも、相手に知られずに会話できる、とても便利な能力だ。
(みんな、これからどうしたらいいと思う?)
日比野の声が続いて聞こえてくる。
(拠点を取り返すのは無理そうだし、どこかに集まって野宿するしかないな……)
野口の悔しげな声。
自らの知識でこの状況を乗り越えられないことに、責任を感じているようだ。
(でも、また襲われたらどうするのよ。山の中じゃうまく逃げられないだろうし、今度こそ助からないわよ)
(じゃあ、あいつを倒して拠点を奪い返すのか? 冗談じゃねえよ!)
頭の中を、さまざまな声が飛び交う。
(と、とりあえずどこかに集まろう。顔を見て話した方がいいし、みんなでいれば安全だ)
(じゃあ、あの一番大きな木のところに集合しよう)
若山の提案に、日比野が指示を出す。
見上げると、確かに一際大きな杉の木が生えている。
俺は、足音を殺しながら杉の木を目指す。
十数分後、全員が無事に木の下に集合することができた。
「さて、どうしたらいいと思う?」
日比野が改めて問いかける。
手をあげたり、発言するものはいなかった。
「……せっかく28人いるんだし、犬っころ1匹くらい倒せるだろ。やろうぜ」
泊が沈黙を破る。
こいつの口から、協調を促す言葉が出るのは意外だな。
「俺の能力を使えば、枝を加工して尖った武器が作れるかも」
松久が口を開いた。
「でも、私たちの力で勝てるとは思えないわよ。返り討ちにされる」
突き進もうとするクラスに一石を投じたのは、立川玲奈。
「立川さんの意見に賛成ね。安全な日本で育ってきた私たちに、野生と渡りあう実力はないわ」
寺田楓が同調した。
クラスでも頭脳派な2人の反対によって、意見は再び割れる。
「とりあえず、委員長はどうするべきだと思うんだ?」
状況を打開するためには、日比野の力が不可欠だ。
「えっ、私? ……そうだね、今後もこの世界で生き抜いていくことを考えると、この試練には立ち向かわなきゃいけないと思う」
おや、てっきり反撃には反対するかと思っていたが。
「……それもそうね。日比野さんがそう言うのなら、私も協力するわ」
「か、楓!? ……分かった、私も協力する」
「ありがとう、立川さんに寺田さん。じゃあ、まずは枝を集めて武器を作ろう!」
ここまでの統制力には、もはや恐怖すらおぼえる。
クラスで信頼されている人物といえば、日比野の他に井川と坂北があげられる。
だが、井川は異世界で先走り気味、反対に坂北は萎縮している。
日比野にクラスの命運がかかっていると言って間違いないだろう。
「……よし、人数分の槍だ。切れ味には自信があるぜ」
松久が、皆に槍を手渡す。
初めて手にする武器は、木にも関わらず重く、妖しげな光を放つような気がした。
(じゃあ、木の間を通って、拠点を囲んで。俺の合図で、一斉に飛び出すんだぞ)
山口が先導し、拠点へそろりそろりと接近する。
まもなく、開けた場所に位置する拠点は、28人によって囲まれた。
木々の間から、散乱する魚に噛みつくケルベロスを見据える。
震える手で槍を握り締め、同時に気も引き締める。
やるか、やられるか。
これは現実の戦いだ。一瞬たりとも気は抜けない。
(あいつの弱点は尻尾みたい。参考にしてね)
日比野のありがたい情報が入ってくる。
(……じゃあ、行くぞ。3、2、1、突撃!)
「うおおおっ!!」
男子たちは雄叫びを上げながら、女子たちも必死の表情で、目標に向かって走り出す。
三方からいきなり襲撃を受けたケルベロスは、川を渡ろうと背を向ける。
その隙を逃さず、皆は槍をケルベロスに向かって突き出す。
ブスッという鈍い音と共に、誰かの槍がケルベロスの尻尾をとらえた。
「やれーっ!」
動きを止めたケルベロスを、俺たちは無我夢中で攻撃する。
5分後、我に返ると、ケルベロスはすでに息絶えていた。
「……た、倒したぞーっ!」
井川が飛び上がる。
他の皆も、次々に勝鬨を上げる。
大金星。俺たちは、みごと敵を倒し、拠点を奪還した。
「やったな神埼!」
後ろからの声に振り返ると、朴葉勝だった。
どちらからともなくハイタッチをすると、朴葉は去っていった。
そして、井川、三城……と、次から次へと。
普段は泊や山口とのグループ内でしか話さない朴葉が、珍しいこともあるもんだ。
……しかし、戦闘が終わるとどっと疲れが出てきた。
今日は早く寝ることにしよう。
「……安らかに」
誰かの声。見ると、日比野がケルベロスの亡骸に合掌していた。
「何をしてるんだ?」
「……たとえ敵でも、獣でも、その命は大事なもの。
率先して行動を起こしたのは私、責任は果たさないと」
そう言うと、日比野は穴を掘り、その中にケルベロスを埋めた。
なるほど、みんながみんな、勝利を祝っているわけではないようだ。
自らの手で命を奪ったことに罪悪感を抱き、落ち込んでいる人も多い。
だが、異世界とは残酷なもの。
時には他を排しても、生き抜いていかねばならないのだ。
「はーい、みんな集まってー」
笑顔を顔に張り付けた委員長が、皆を呼び寄せる。
「こんなこともあったし、やっぱり見張りをつけた方がいいと思うんだ。
出席番号順に2人ずつでペアを組んで、30分ごとに交代でいいかな?」
「「さんせーい」」
ということで、1番の荒川、2番の井川が見張りにつき、残りは眠ることになった。
小屋の中は、10人以上で過ごすにはやはり狭いが、それでも外よりは何倍も快適だ。
1時間後の出番まで、英気を養うとしよう。
俺は、異世界初の眠りについた。




