3.平和な森
なんやかんやあって、無事に資材と食料が集まった。
危惧されていたモンスターの出現などもなく、実に平和であった。
食料は、山口の起こした火と川の水があればさまざまな調理ができる。
日比野が食べられるものを選別しておいてくれたので、安心して食べられる。
そうなると、問題は拠点建設の方だ。
短期間の仮拠点とはいえ、屋根なども合わせて作るのは難易度が高い。
誰かが建築関連の能力を持っていれば、容易いことではあるが……。
「いい感じに削れたな。じゃあ、この木をこんなふうに組んでくれ」
「いや、2軒作ることを考えたら、この組み方の方が木が節約できるぞ」
「なるほど。それに、その方が簡単そうだな」
あれ?
「……何だか随分と調子がいいみたいだが」
「ああ、松久が建築関連の能力みたいでさ。手でバンバン木を切って削って、木材にしちゃったんだよ。
それに山口たちの知識を合わせて、あっという間に立派な小屋が出来てくんだよ」
建築現場をポカーンと眺めていた清水に尋ねると、そんな答えが返ってきた。
そういうものか。
まもなく、木を組んだ土台の上に、女子たちが草を編んで作った屋根を被せ、小屋が完成した。
「おお、すごいね! これはもう家と言っていい完成度だよ!」
「いや、地震や大雨には弱いんだ。この晴れが続くのを祈るしかないね」
日比野が褒め称え、男子たちは謙遜する。
というよりは、照れている。
「魚が焼けたよ〜」
料理担当の声が聞こえる。
「おっ、いただきまーす……って凄いなこれ!」
井川の驚愕ももっともだ。
焼き魚に留まらず、何かの木の実をくり抜いた鍋に、山菜やキノコの入った汁物が。
さらには、いかにも甘そうな果物まで。
これが森の中のサバイバルかと聞かれたら、ノーと答えるだろう。
炎を囲み、並んで座る。
クラスがまとまり、ただ和む時間。
暖かい談笑に包まれ、気を抜けばここが危険に溢れた異世界だということを忘れそうになる。
「ねえ、神埼くん」
ん、誰だ? 俺に話しかける物好きは。
「……何だよ坂北」
坂北北斗、人当たりのいい好青年。
日比野が女子のモテ枠だとしたら、こいつは男子のモテ枠だ。
優しい性格、気配りもできる。
知恵や体力に長けているわけではないので、異世界に来てから大人しくしていたようだが。
「君は、これからどうしていくつもりなんだい?」
「どうしてって……。普通に、クラスの方針に従うな。反対するべき意見が出るはずもない」
クラス対立の急先鋒になりたくはないな。
「しかし、いきなり何を話しかけてくるかと思えば、何があったんだ?」
「いや、今日の君は何だか元気がなさそうだったからね。少し心配になって」
理由があるとすれば、劣等感と三城かな。
「北斗〜、ちょっと来てよ。クラスの今後について話し合いたいって、委員長が呼んでたよ」
「うん、分かった。すぐに行くから、ちょっと待ってて」
「大事な話なんだから、早く来てよ。そんなヤツと話してないでさ」
おい、言い方言い方。
今日は少し苛立っているような、橋本みさき。
一応副委員だし、正義感があるわけではないが、普段はもう少し角が丸い。
やはり急な環境の変化によるストレスか?
まあ、言い返せる立場ではないが。
「みさき、その言い方やめてよぉ。しーちゃん別に変なヤツじゃないから」
ん? 坂北の逆から聞き慣れた声。
その姿をみとめ、橋本は何か言いたそうにした後、坂北の脇を持って立たせ、無理やり連れて行った。
そっちが片付いたところで。
「何でお前は隣にいるんだ。あっちの仲良しグループにでもいろよ」
こいつも一応どこかのグループに入っているのだが、それと一緒にいるのをあまり見かけない。
「別にいいじゃん。
それにしても平和だねぇ。この森にモンスターがいるなんて信じられないくらいだね」
三城がこちらを見上げ、柔和な、というよりは考えなしの笑顔を見せる。
そういえば、こいつ結構身長低いんだよな。
前それを馬鹿にしたら背中に引っ付いて頭を叩かれまくったので、触れるのはやめておこう。
「……まあ、それはそうだな。
却って不気味だ」
普通なら、今ごろスライムかゴブリンあたりに襲われていてもおかしくない。
あまりの平穏は、却って事件の前触れだったりするものだ。
が、予感に反し、幸運にも、食事は平穏に終わった。
色々あったが、時間は意外と早かったようで、日は暮れたもののまだそこまで暗くはない。
ということで。
「私たちのこれからに向けて、絆を深めるためにも、改めて自己紹介をしようと思うんだけど、いいかな?」
「「さんせーい」」
「じゃあ、出席番号1番から」
橋本が告げると、1人の女子が立ち上がる。
「あ、荒川美鈴……です。これからよろしくお願いします……」
終始俯いたままの荒川は、消え入るような声で、何とか自己紹介を終わらせる。
「え? なんて言ってた?」
悪気はない、ある男子の何気ない一言。
「分からなかったぜ。おーい、お前は誰なんだーい?」
それを拡大解釈し、泊が荒川に野次を飛ばす。
「え、あっ、すみません……!」
荒川は顔を手で覆い、心の底から辛そうにしている。
「おい、やめてやれよ。仕方ないだろ」
そんな今日暴走気味の泊を留めたのは、意外にも清水であった。
「……な、何だよおめえ。
チッ。分かったよ、すみませんでした〜」
普段は大人しい清水の突然の行動に驚いたのか、泊は矛を収めた。
自己紹介は、それ以降は特にトラブルが起こることもなく、順調に進展していった。
5番目の俺の番も、あっという間に過ぎて行った。
25番目、三城もいつも通りのテンションであった。
そして、最後の1人、若山が立ち上がったその時──
「ねえ、あの森のあそこ、なんか光ってない?」
奥の方にいた女子たちが、ざわざわと声を上げる。
そちらを見ると、確かに何やら黄色く光るものが森の奥に。
「そんなわけ……ああ、あれは動物の目だな」
山口が冷静に断じる。
だが、ここは四国の森ではない。
異世界の森である。
「3匹いるな。……待て、まさか……!」
野口が青ざめる。
若山も、野口の表情の意味を感じ取り、何が起こったか理解したようだ。
「……ケ、ケルベロスだ!」
「「……ケルベロス?」」
野口の必死の訴えに、皆はいまいちピンと来ていないようだ。
「具体的に言うと、首が3つある狼だよ。たぶんモンスターだ!」
「「モンスター!?」」
若山が補足すると、皆は一斉に声を上げる。
こちらにはピンと来たようだ。
「ど、どうすんだよ! お前ら、何とかしてくれるよな!?」
「お、落ち着いてみんな! 刺激しないようにそっと離れよう!」
「委員長、もう気づかれてる! そんなことしても無意味だ!」
「じゃ、じゃあどうしたらいいの!?」
初めての危機に、クラスは大混乱へ陥る。
何とか平静を保とうとしていた日比野も、野口の指摘にあっさりと冷静さを失う。
もっとも、俺も例外なく硬直状態である。
こうして、俺たちの快適な異世界ライフは、早くも困難にぶち当たるのであった。




