幕間.若山直人
サフェル村では、祭りが行われていた。
その喧騒から、1人の男が森へと逃げるように吸い込まれていく。
その男──若山直人は、深く悩み、苦しんでいた。
端的に形容するならば、劣等感、か。
彼はいまや、親友である野口啓二に対してまでも引け目を感じている。
さっきだって、祭を大いに盛り上げる野口の姿を目にし、いたたまれなくて村を飛び出したのだ。
彼の手放さない武器である槍すら持たずに。
その時、若山は脇目も振らずに歩いていた足を止めた。
「……何やってるんだろうな、俺」
周囲を見渡すと、自虐的に息を吐く。
そして、元来た方向へと、ゆっくりと歩みを進める。
「お待ちなさい、若いお方」
後ろからの声に、若山は振り返る。
不気味な泣き顔を模った仮面と、滑稽なほどに整えられたスーツ。
そのあまりにも場違いな佇まいに、彼は軽く声を漏らす。
「恐れる必要などありませんとも。私は貴方の味方」
人影は、男とも女ともつかない声で、優しく語りかける。
その姿はどこか神秘的で、それなのに得体の知れぬ不気味な感じを抱かせた。
「……あなたなんかに用はありません。帰ってください」
若山は人影を拒絶した。
……自分の悩みなど、今出会ったばかりの胡散臭い奴にわかってくれるわけがない。
「あなたは、自分の弱さを悔いている。違いますか?」
人影は強引に話を続けた。
「……」
「答えませんか。ならもう少し詳しく。……ほう、剣術の達人」
「なっ!? ……お前、何者だ!」
突然に人影から飛び出した言葉に、彼は動揺した。
得体の知れぬ人影から、若山は半歩、また半歩後ずさる。
人影は手を大仰に広げ、まるで若山を抱擁するかのような姿勢をとる。
「ですから、私は貴方の味方なのです。どうか怖れず、貴方の抱える悩みを私に話してください。私にできることなら、何でも手助けしましょう」
全てが怪しい人影。
だが、若山の心からは、徐々に徐々に、人影への警戒心が薄れていたのであった。
「……俺は……」
若山は、自身の境遇を、人影に語り始めた。
親友である野口は、剣術で仲間に大いに貢献している。
それなのに自分は、大した活躍もできていない……。
彼が話すたびに、人影は大いに頷き、共感と同情の言葉を囁いた。
その泣き顔の仮面は、まるで彼を憐れんでいるかのようだった。
「……だから、俺はもっと活躍したい。ちゃんと貢献できるような──」
「仲間に貢献することだけが、人生ではないですよ」
突然、人影は初めて若山の話を遮った。
「……どういうことだ?」
「言葉通りの意味です。
先ほどから、貴方は仲間への貢献や奉仕をしたがっているような口ぶりでした。……しかし、それで本当に満足できるのですか? 自分を押し殺し、全体の目標に合わせ、心を削って働いて」
人影の言葉に、若山は黙り込む。
たっぷり十数秒の後、若山は言葉を発する。
「……それでも、あいつらは仲間だ。たとえお前の助けを借りるとしても、仲間を裏切るような生き方はしたくない」
人影は一瞬固まる。
「そうですか……。それもまた人の生き様の一つ、否定はしません。
……おや、貴方の心には、もう一つの悩みがあるようですが……」
「もう一つ……? そりゃ些細な困り事はたくさんあるが、そこまで深刻な悩み、俺には……!」
若山はそこまで続けると、はっとしたように息を呑む。
「あったでしょう? 若者に特有の、楽しくも辛く悲しいものが」
人影の口調は、まるで母親のように優しく穏やかなものになっていた。
若山は俯くと、吐き捨てるように話す。
「……無理だよ。あの人は……俺なんかと釣り合うような人じゃない」
「ほう。詳しくお聞かせ願えますか? 場合によっては、私が手助けできるかも」
人影の提案に、若山は逡巡するも、やがて話し出す。
「……あの人はみんなに優しい。いつも場の中心で、それでいて細かなところにも気を配ってくれる、そんな人だ」
彼は、自身の思いを次々と吐露する。
「……なるほど。とても素敵な方ではないですか」
「そうだよ。でも……いや、だからこそあの人の目には、俺はいない」
悔しげに唇を噛む若山を、人影は愛おしそうに、あるいは見定めるように眺める。
「……やはり、貴方は私の助けが必要だ。私ならば、どちらも確実に解決して見せましょう」
人影は、突然そう言い放った。
「……本当か?」
「ええ。戦いの腕や貴方の魅力を直接引き上げることはできませんが、周りに働きかけることはできます。私と契約したならば、すぐにでも貴方のために働きます」
「契約……悪魔か」
若山の顔に、再び警戒の色が戻ってくる。
「私は悪魔などではございません」
「……じゃあ、お前は誰だ。お前は俺に何を望む」
若山の顔には、不安の影がちらつき始めた。
「私はガイスト。選ばれし種族ガイストでございます」
「選ばれし種族……か」
若山は、その言葉を口の中で転がす。
「私にはある方面に関する卓越した才能がある。それはこのような形での人助けにこそ生かされるのですよ」
人影、いやガイストはそう語る。
「……何が望みだ。そして一体どのように俺の願いを叶えてくれるんだ?」
「望み、つまりは代価ですか。強いていうならば、情報集めなどに付き合っていただきたい。
……貴方の願いには全力で応えます。茶番でも籠絡でも、あらゆる手段を使ってね」
ガイストがそう言った瞬間、彼の心は決まった。
やはり……。
彼は、彼の決断を口にする。




