38.会議
会議の始まり。
俺は各陣営をこっそりと窺い、勢力を確かめる。
まず村の保全を訴えるサイド。
王国よりケルン侯爵、エルフ諸国より数名の役人。
彼らの強みは、やはり影響力の強さだろう。
俺と野口、日比野、そして土岐枝のアルト冒険者。
サフェル村代表、村長以下3名。
中には、リリアの父アイセンも、厳しい表情で腰掛けている。
そして対立する、村の廃止・移転を訴えるサイド。
王国議会の議員3名。
中でも、先ほどケルンと睨み合ったライプツィヒという男が警戒対象だ。
キールとデュッセルと名乗った2人も、アルトで見覚えがある。
そして、エルフ議会側。
何でも、東西エルフ国には、それぞれ独立した議会が1つずつ、共同の議会が1つあるらしい。
共同議会のリエージュが、3人の中で最も力を持っているようだ。
が、残りの2人もしたたかな空気を漂わせている。
「すでに議会で決まっていることなのですよ。このような会議、時間と金の無駄でしかない」
会議の第一声は、不満を露わにしたライプツィヒの主張と共に始まった。
「いかにも。我々エルフ国の議員も、王国の議決を尊重すべきだと考えます」
リエージュは、即座に彼に同調した。
「お前たちはこの村の真の価値を見ていない。いくら国といえ、この村の存廃を勝手に決めるなど言語道断ではないか」
ケルン侯爵は、それに毅然と反論する。
「賛成ですね。この村には計り知れない価値がある。お金が大好きな皆さんにも、気に入ってもらえるんじゃないですかね?」
俺のターン。
挑発目的も兼ねて、議員たちをわざとらしく見ながら言った。
「なっ! 冒険者風情が生意気な。おい、こいつを不敬罪で逮捕しろ!」
えっちょっ、聞いてない。
「恐れ入りますがデュッセル殿、王国議員に対して不敬罪は適用されません。よって貴殿の要請は却下いたします」
会議の進行役を務める男の返答に、俺は胸を撫で下ろす。
……あんまり暴れないようにしよ。
「まあまあ皆さん、こんな水掛け論では何も得られない。ここはひとつ、村長に意見を伺うべきでは?」
その時、エルフ国の議員の1人が立ち上がると、そう提案する。
これはずいぶんと大きな賭けに出たな。
いや、村長が村がなくなるのを容認するはずはない。
何という無謀な……。
「おっと申し遅れました、私は西エルフ議会のヴェルダンと申します。
……それで村長、あなた様の意見を伺いたいのですが……」
ヴェルダンの呼びかけに、村長は応じた。
「当然、私はこの村を守りたい、その一心です」
「そうだっ、俺たちはこの村を守るぞ!」
アイセンはいつになく熱血漢だ。
「なるほど。
……して村長、ちかぢか我が国では新たに移住するエルフへの大規模な助成金の拠出を検討しておりまして……」
ん?
「さらに、サフェル村の全村民を受け入れられる新たな村の建設も始まっていますし。ああ、この村の文化財等は、金銭に置き換える形とはなりますが、当然皆さんにお返ししますよ」
あー、こいつ中抜きする気だな。
だが、そんな小手先の話に村長が応じるわけがない。
「おいヴェルダンよ、なぜ西が受け入れることになっておる。彼らの見た目は、東のエルフに近いものがあるぞ。すなわち彼らは我が東に帰依すべきだ」
その時、ヴェルダンの隣席にいた男が声を荒げる。
「何を言うかランス。ここに最も近いのは我が西エルフ国だ。3国の境界はここより何十キロも北にあるではないか」
ヴェルダンとランスの視線が衝突する。
「やめたまえ。我々が争っていてどうする」
リエージュの一喝が、場を収めた。
「……2人が失礼した。しかし私からもう一度言わせてもらおう。すでに議決はあったのだから、村人は直ちにどちらかのエルフ国へ引き払い、ここは王国の管理する土地とする。それが最も合理的だ」
「その議決が誤りだったと言いたいのだ。その気になれば今すぐにでも取り消せるのだぞ」
「では、貴殿の権力で議決を捻じ曲げるか? 国王の側近という地位を濫用して」
ケルン侯爵は、言葉に詰まる。
状況はあちらが有利だ。
現行の条文の規定もそうだし、過程に問題があるにせよ王国ではこの村を潰す議決すら出ている。
あちらはただ法の遵守を主張すればよいのだ。
対して我々は、法を改正するだけの価値がこの村にあることを証明せねばならない。
「えー、はいみなさんお静かに。
この村が大好きな皆さんも、お金と権力が大好きな皆さんも納得できる案があるのですが」
議員たちの顔が紅潮するが、気にせず俺は語り始める。
「……すなわち、ここは宿場町として交通の結節点の役割を果たせるでしょう」
「なるほど、それは商人や冒険者たちにとってはありがたいな」
ケルン侯爵は、端から俺の意見に賛意を示す。
「この村は観光地になる素質があります。適切に運営すれば、両国からの客の落とす莫大な利益を享受できます」
「……なるほど。王国に利益があるのなら、それも悪くないかも知れないな」
「キール、裏切るのか!」
「我々の目的は王国の繁栄であることを忘れてはならぬぞ、デュッセルよ」
ついに、金銭が目的である王国議員たちの心を動かすことにも成功した。
「……あとは、なぜかこの村に多いスライムを目玉商品として売り出す案ですね」
土岐枝に目配せすると、彼女は立ち上がり演説を始める。
俺が知らない間に、土岐枝の案はかなり洗練されていた。
街道沿いに新たな商店街をつくり、閑静な旧市街との客層の分離を目指す。
両国から労働者を招き、店や宿の経営に参画させる。
スライムを使役しているリリアの協力のもと、モンスターの使役に関する研究を行う。
土岐枝が話すたび、王国議員たちは深く考え込む。
やがて、その手があったかと言うように膝を叩いた。
「貴殿らの意見には感服した。ケルン侯爵、我々もこの村の維持に協力しましょう」
「ライプツィヒ殿……。まさか、貴殿からその言葉が聞けるとは。是非とも」
元から議員らの目的は金。
高い金を得られるがリスクも高く、民衆の支持も得にくい集め方よりも、得は少ないが確実で民の評価も得られる俺たちとの協力の道を選んだようだ。
……となると、面白くないのはエルフ議員たち。
今や彼らは孤立し、唯一の味方であった王国議員たちにも手を切られた。
「ならん、利益のために条約を改正するなど、国家の暴走だ。それにその案では、我々エルフ国の享受できる利益が少ないではないか。不公平だ」
リエージュは、苦し紛れだが痛いところを突く反論。
「リエージュよ、鎮まりたまえ」
ここで、これまで口を閉ざしていたエルフの役人が口を開く。
「せっかく同盟を締結したのに、このような醜い争いで関係を崩すなど言語道断。手を取り合ってこの村の保全に努め、友誼を深めることこそが真の利益だとなぜ分からぬ」
「しかし……」
リエージュはなおも反論しようとするが、役人の鋭い目に押し黙る。
「……では、この村の保全と発展を共同で行う、ということでよろしいかな?」
「もちろん。我々エルフ諸国、この美しき村を守るために全力を挙げましょうぞ」
「ええ。アルトの冒険者たちがすぐに土木工事にやって来ますよ」
ケルン侯爵に、皆は次々と賛意を示す。
会議は、勝利のうちに幕を閉じた。
1時間前は激しく火花を散らしあっていたケルン侯爵とライプツィヒが、談笑しながら村へ向かっていく。
村長たちは、緊張が一気に解けたのか、大声で歌いながら肩を組んでいる。
向かい側に目を向ければ、石ころを蹴っ飛ばすリエージュ。
まあ、エルフ国にも少なからず利益は出るわけだし、そのうち機嫌を直すだろう。
ふとキールとデュッセルの姿を見て、思い当たる。
王国議員たちは放っておいていいのだろうか。
結果的に未遂に終わったとはいえ、実際にエルフ国議員たちと裏取引をしたことは事実。
しかし、今は協力してくれている彼らを裁くことに意味があるとも思えない。
「……ああ、彼らが裏切ることはもはやないと言い切っていいだろう。今はこの村のことが優先、彼らの処遇はその後に決めればよかろう」
ケルン侯爵に相談すると、そう返された。
まあ、そんなものか。
安堵と解放感の息をつくと、俺は村に戻る。




