36.エルフの村と裏社会
リューベックが王都に向かい、1週間が過ぎた。
今日、議員たちがアルトに来て、王国としての方針が発表されるらしい。
皆が必死に話しまくった甲斐あって、ほとんどの冒険者がサフェル村のことを知っている。
ギルドは、発表を期待と不安の心持ちで見守る冒険者たちで溢れていた。
発表は、ギルドのすぐ横にある演説台で行われる。
議員は壇上に登ると、発表を始める。
「えー、サレン川付近に存在するというエルフの村について、我が王国議会は厳正なる議論を重ねました。その結果……。
条約の改正は行わず、現行の条文に則り、彼らを西エルフ国へと追放することとなりました」
……は?
「おい、どういうことだ! 話が違うじゃないか!」
「条約があったとしても、元から住んでるのを追い出す権利なんかないだろ!」
「そうだそうだ、撤回しろーっ!」
一瞬の沈黙の後、冒険者たちの罵声が町の中心に響き渡る。
発表を行った議員は、冒険者たちの怒涛の口撃を浴びてなお、平然と立っている。
後ろの方では、他の議員が何やら話し、クスクスと冒険者たちを見て笑っている。
……あー、裏でなんかやってるな。
俺は、その議員の群れから外れるようにいる人影を見つけ、声をかける。
「リューベック議長、一体何がどうなって……」
「ああ、カンザキ殿か。私も努力はしたのだが、どうも良からぬ者どもがいるようで……。
おっと、ここで話すのはまずい。そこの路地ででも」
ギルドを少し離れると、人はほとんどいなかった。
「それで、一体どうなっているのですか?」
「ああ。がめつい王国議員の何名かが、西エルフ国議会の議員と手を結んだらしいのだ」
お偉いさんというのは、時として自身の富や力を誇示したがるものだ。
エルフ社会において、骨董品というのは、真新しい宝石の何倍も価値があるらしい。
彼らにとっては、子供の頃の懐かしいものを集めたいといったところなのだろうか。
さて、サフェル村にあるものはどれも歴史的価値のあるものばかりだ。
エルフ国の議員たちが、それを欲しがってもおかしくはない。
そこで、彼らは王国議会でも金にがめついと悪評の立つ者たちに声をかけた。
おそらくは、サフェル村を潰せば、そこにある骨董品を高値で買い取る、と。
話に乗った議員たちは、他の議員の食事に下剤を混ぜるなど、かなり悪どい手段で今回の議決を成立させたらしい。
「……取引の場面を見たのだ。どんなに美しい景色を見た時も、目の前の光景をこれほどまでに残したいと思ったことはなかったよ」
そうか、この世界にはまだ写真がないのか。
証拠もない状況では、裏取引の立証は困難か。
「一つ、状況を打開する手立てはある」
リューベックは、再び口を開いた。
「国王陛下の側近であるケルン侯爵が、かの村にいたく興味を示しているそうだ。彼やエルフ諸国の役人をかの村へお連れすれば、その良さを分かってもらえるやも知れぬ」
……無理だぁ。
俺がそんなお偉いさんを動かせるわけないって。
「ちょうど、今回の議会の決定を知り不満を抱いた侯爵が、近くアルトに乗り込んでくるそうだから、君が案内したまえ」
「え!? いやいや、俺にそんな役回りは無理でしょう!」
「しかし、君以外に誰がいるというんだね?」
リューベックの言葉に、俺は口をつぐむ。
……やるかぁ……。
3日後、議員たちと入れ違って、ケルン侯爵がアルトに襲来してきた。
その後ろに、何人ものエルフを引き連れている。
エルフ国の役人を招き、共に視察に向かうつもりらしい。
「……なんで私まで……」
「おい神埼、お前が引き受けたんだから巻き込むなよ!」
「まあまあ、私たちは村に行ったことないんだし、楽しみじゃない?」
疲れを露わにする日比野、不満を口にする野口、それを宥める土岐枝。
俺1人じゃ心細いので、この3人を道連れにすることにした。
「……あなたが、エルフの村を発見したという、カンザキ殿か。この度はどうぞよろしく」
俺たちと相対したケルンは、手を差し出してくる。
「ええ、エルフ村の魅力を、是非とも両国の皆様に知っていただきたいものです」
俺は緊張を押し殺し、その手を握った。
ケルンらお偉いさんは、王国所有のやたら豪華な馬車で向かうらしいが。
「どうせ国の経費なら、もうちょっといい馬車が良かったなぁ……」
俺たちはいつも通り、乗り心地の悪い馬車である。
長い時間をかけ、森へと辿り着いた。
「ここからは、徒歩での移動となります。私についてきてください」
地図を手に、サフェル村を目指して森を進む。
1時間ほどで、俺たちが歌声を聴いた場所まで辿り着いた。
最短距離を歩くと、意外と早いな。
さらに進むと、視界が一気に開ける。
後ろから、感嘆のどよめきが上がる。
振り返ると、エルフの役人たちが熱心に何かを書いている。
おそらくは報告書だろう。
3人は場をわきまえて静かにしてくれているようだが、その目はキラキラと輝いていた。
「皆さん、ここがエルフの秘境、サフェル村です。どうかここの魅力を存分にご堪能ください」
俺は、まず村の長のもとへ行った。
事情を説明すると、村長自らが村の案内を買って出た。
「この村の魅力は、私が1番知っているつもりです。私にお任せあれ」
「それはありがたい。
では、ケルン侯爵、エルフ国の皆様、これより先は村長さんにお願いしますね」
「ああ。カンザキ殿とお仲間は、自由に過ごしてくれたまえ」
役人たちは、熱く語る村長に先導され、どこかへ消えていった。
「……俺たち暇になったな」
よく考えてみれば当然だったが、部外者の俺たちにこの村を案内できるほどの知識はない。
ここで用済みになるのはごく自然だ。
……しかし、どうしたものか。
村を不用意に歩き回り、役人たちと遭遇するのも問題だ。
「ようこそ我が家へ。カンザキ君もおかえりなさい」
戸を叩くと、まだ何も言っていないにも関わらず、陽気なアイセンが出迎える。
「どうぞお上がりください。
いやあ、皆さんのご尽力で、この村にお役人が来たようで。これでこの村も安泰ですな」
どうやら、リリアが森中に監視役として置いているスライムが、俺たちのことを報告したらしい。
すっかり上機嫌のアイセンが、どこか滑稽だった。
日比野や土岐枝は、村の視察が終わるまで役目はない。
野口は、往復の護衛役だから、もともとサフェル村内での役割は与えていない。
「……今から数時間くらい、ここでお邪魔してもよろしいですか?」
「えぇもちろん。……しかし、私はこれから森で仕事があるのですよ。今日は妻も用事があるようで。
……仕方ない、留守番とリリアの子守りをお願いできますか?」




