35.村の行末
一夜明けて。
「みんなー、帰るから荷物をまとめてねー」
「ん? もう探索は終わったのか? 予定だとあと3日はかかるはずだが……」
「それがねぇ、三城さんがエルフ村の人からこのあたりの地図をもらってたらしいんだ」
そう言いながら、日比野はカバンから件の地図を取り出す。
なるほど、森の植生や動物の巣穴に至るまで詳細に描かれている。
……なかなかやるじゃないか、三城。
「あ、神埼くん。昨日はありがとね」
薪を片付けていると、土岐枝が声をかけてきた。
あの饅頭は、作戦を立案した土岐枝にあげることにしたのだ。
まあ、一瞬で湯梨浜と千曲と分けっこしていたが。
「昨日は大活躍だったからな。
……しかし、帰ったら忙しくなるぞ」
俺の言葉に、土岐枝は表情を引き締める。
アルトに帰ったら、サフェル村の存在を報告すると同時に、その存続に向けた活動を始めなくてはならない。
下手に隠すよりも、報告しておいた方が印象は良くなると判断してのことだ。
しかし、その分タイムリミットは短くなる。
* * *
アルトに向かう馬車の中。
若山直人は、深く悩んでいた。
「そしたらさ、松久のやつ慌てて……どうした?」
「……! 悪いな啓二、ちょっと考え込んでた」
「ちょっと疲れてるんだな。悪い、俺の話に付き合わせたりして」
「いや、大丈夫だ」
さらに奥の神埼に話しかけられた啓二が、楽しげに話す。
どうやら、剣術と魔術を組み合わせた戦術を考えているらしい。
啓二は剣術の達人だ。
休みの日には、ベテラン冒険者との訓練をしているらしい。
少し前にも、新しい技を習得したと言っていた。
森の悪魔ヴァルト、死せる王者ヘードル。
彼ら強敵との戦いでも、啓二は活躍していた。
日本にいた頃は目立たぬ存在だったが、いまや信頼される強者。
……翻って、自分はどうだろうか。
得た能力も大したものじゃない。
何とはなしに選んだ槍という武器も、使いこなせているわけではない。
へードルとの戦いの時なんてひどいものだ。
啓二が荒川を蘇生する昭人やフロンさんを守っている間、俺は何をしていたか。
ただひたすらに、稲妻から逃げただけ。
あの不気味な魔法陣が広がった時も、咄嗟に動けなかった。
俺があと1秒早く動いていたら、俺の目の前の剣士は助かったかもしれない。
日本にいた頃は、啓二は数少ない友人だった。
日陰者ながら、楽しく充実した毎日だった。
だが今は、その啓二にすら置き去りにされている気がする。
俺は、何をすべきなんだ……。
* * *
アルトの城壁を潜った瞬間、安心感と疲れが身体中を駆け巡る。
「ようやく帰ってきたか……。やっぱり長い旅だな」
「でも、なかなか有意義な時間だったんじゃないか?」
馬車を降りて伸びをすると、先ほどまで会話していた野口が言った。
「そうだな、俺も少し剣術を嗜んだ方がいいかもしれないな……」
「そう思うぞ。直人もそう思うだろ? ……あれ?」
「……あぁ悪い、ちょっと寝かけてた」
今はまだ昼だが、どうしようもないくらいの眠気に襲われる。
「どうしようかなぁ……。クエスト完了の報告はしなくちゃいけないけど……ふわぁ」
眠い目を擦っていた日比野が、耐えきれずにあくびをする。
俺たちは、のどかでふわっとした空気に包まれていた。
「……でも早く報告しないと、村が危ないんだろ?」
あっ、そうだった!
清水の声に、俺は忘れていた大事なことを思い出す。
「よし、今すぐ報告しにいこう!」
日比野が先導し、俺たちはギルドに向かって進んだ。
「……なるほど、エルフの村が。……保全ですか。それは私には……なるほど、上に報告します」
ギルドの職員は真摯に俺たちの話を聞くと、上の者を呼びに向かった。
ハンドンか。あの人柄だし、きっと理解を示してくれるだろう。
数分後、職員の連れてきた、その上の者を見て、俺はこう呟かずにはいられなかった。
「……誰?」
その服に縫い付けられた、宝石や金の飾りを見るに、身分の高いものではあろうが……。
「無礼な物言いは慎みたまえ。私はこの国の法を司る議会の長、リューベックにあるぞ」
ワックスで整えられた豪華な白髭をいじりながら、その男は言った。
「……誰?」
「この無礼者!」
怒るリューベックを職員がなんとか宥め、併設の料理屋の一席に案内する。
4人がけのテーブルには、俺と日比野、リューベックとギルドの職員が座った。
「……ってなんで俺が交渉の代表者にさせられてるんだよ!?」
「まあまあ、実際にサフェル村を見てきた人の意見も必要だと思うんだ」
……三城は論外、榎田は何かトラブル起こしそう、荒川は発言できなさそう。
「……仕方ないか」
リューベックは咳払いをし、話を始める。
「そなたらは、かの村を保全したいとの意向であったな。なぜそう思うのだ?」
「まあ、あの村の人々の生活を壊すのは忍びないですからね。
それに、空気もいいし、緑に囲まれて静かだし」
俺は、村で素直に感じたことを語る。
「なるほど。しかし、我々にはサレン川同盟という遵守せねばならぬ決まりがあるのは知っておるだろうな。わざわざ両エルフ国の大使を再び招き条文改正を行う手間を割くほど、その村に価値があると言えるのか?」
やはり、想定通りの回答だ。
「感情論を抜きにして語れば、歴史的な価値があるでしょうね。あの村の建築や生活様式は、古来から維持されてきたもの。貴重な文化遺産と言えるかと。
それに、観光地としての経済効果も期待できますしね」
リューベックは、存外に話の解る男であった。
こちらの言い分を真摯に聞いてくれ、反論も的確だ。
しかしその反論は、こちらの主張を折るためでなく、エルフ村やアルトの住民の利益を考えてのものであることが、言葉の節々から伝わってきた。
議論を通じ、計画はより洗練されたものとなっていった。
3時間に及ぶ会議を終え。
「君の意見は、王国議会へ持ち込むことにしよう。1週間もしないうちに、条約改正の会議が始まるであろうな」
リューベックは、そう言うと馬車に乗り込み、王都への街道に消えた。
リューベックを見送り、ギルドへと戻ろうとすると、疲れた顔の井川と遭遇した。
「どうしたんだ? 何やら大変だったみたいだが」
「それがな……」
料亭に入り、井川の話を聞く。
どうも、井川たちのパーティーは今日、森でのクエストを行ったらしい。
俺たちが転移したり、ヴァルトが現れたりしたあの森である。
そこで、いっときメンバーがはぐれる事件があったそうだ。
「……さっきまで後ろにいたはずなのに、気づいたら消えててさ。ビビったわ」
「それは怖いだろうな。で、全員ちゃんといたのか?」
「ああ。30分くらいしたら、急にまたみんな現れたんだよ。神隠しの一種なんじゃないかってことになったけど」
向こうも大変だな。
「……こっちの話も聞くか?」
「もちろん。面白いことあったか?」
全部話したら、井川は感動のあまり泣いた。
「ま、うまくいきそうでよかったよ。それじゃあな」




