32.エルフと出会いました
こちらに敵意を向ける、エルフの少女。
俺たちは、それとの戦いに突入した。
「テレキネシス!」
魔力を普段よりも多く込め、少女の動きを封じようと試みる。
「……!? 動けない……!」
細かな表情の変化まで読み取ることは叶わないが、どうやら成功したようだ。
少女は体を震わせ、少しでも動こうと試みている。
が、俺の張り巡らせた魔力の檻に阻まれ、腕一本振ることさえままならない。
「先制攻撃を行なったその大胆さと自信は尊敬するよ。
だが、相手の実力を見誤らないというのも、大切なことだと思うがな!」
言うが早いか、前に伸ばした手を勢いよく上に掲げる。
「う、うわああっ!?」
少女はそれに引っ張られるように宙に浮いた。
ここで、少し嗜虐心が湧いてきた。
掲げた手を、円を描くようにぐるぐると回す。
少女はなすすべもなく空中を引き摺り回される。
「こ、降参! 攻撃したのは謝るから! だからもうやめて!」
「ごめんで済むなら警察はいらねえんだよ!」
いや、この世界だと衛兵か?
家の中。
ちゃぶ台を挟み、悠然と構える壮年の男、慎ましい銀髪の女、そしてあの少女と相対する。
「……それで、事情というのは?」
男が、威厳ある声でこちらに問いかける。
調子に乗って少女をぶん回し続けていると、後ろの家から出てきた2人に、うちの娘に何してるんだと怒鳴られる羽目になった。
状況が状況なので、家の中で話すことにしたのだ。
「ちょっと神埼、あんたが謝んなさいよ」
俺の横に座る榎田が、小声でそう促す。
「何でだよ。あいつの魔法で、俺たち死んでたかもしれないんだぞ? 適切な措置だろう」
「……流石にやりすぎだと思います……」
「しーちゃん、いじめっ子みたいな顔してたからねぇ」
反駁を試みるも、荒川と三城がさらに畳み掛けてくる。
「ぐっ……しかし、あくまでも先制攻撃してきたのは向こうだ。俺は自衛しただけだ」
「なら、テレキネシスで動きを封じるだけで良かったっしょ?」
「……力を見せつけて戦意を削ぐことも戦術の一つだ」
「それでも、小さな子供に対する仕打ちとはとても思えませんね……」
俺は食い下がるが、さらなる追撃にさらされる。
その時、男が口を開いた。
「なるほど、状況は理解できました。うちのリリアが、あなたたちを攻撃したのですね。
……本当にすみませんでした」
てっきり怒りの言葉が飛んでくるかと思われたが、夫婦は深々と頭を下げる。
リリアと言うらしき少女も、渋々といった様子で続いた。
「リリアは最近魔法ができるようになって、見せびらかしたかったのでしょう。とんだご迷惑をおかけしました」
「いえいえ、こちらこそ少々やり過ぎてしまったかもしれません」
どちらともなく謝罪し、状況は平和裏に集結した。
「そうだ、今日はこの村に泊まっていくとよいでしょう。何かクエストにお手伝いできることがあるかもしれません」
女の方が、明るい口調でそう提案する。
まさに渡りに船。この村についての情報を得ることもできる。
「そこまでしていただけるとは……。感謝してもしきれません」
ここは、数十人のエルフが暮らす村、サフェル村。
俗世間との接触をほとんど行っていないため、少し見回るだけでも珍しいものが目に入る。
リリアの父アイセンによれば、この森で暮らす住民はこのサフェル村以外にはないとのこと。
とはいえ、地図やモンスターの情報なんかも集められそうだ。
しかし、気になる点が一つある。
エルフは、サレン川の西岸にしか住んでいないはずなのだ。
サレン川同盟の条文にも、「人族は東岸、エルフ族は西岸を支配領域とし、互いにその権利を侵害しない」と定められている。
気になって、アイセンに尋ねてみた。
すると、アイセンは少し悲しい目をした後、エルフと人の歴史について語り出す。
かつて、エルフはサレン川流域一帯に散らばって住んでおり、小さな町がいくつもあった。
エルフたちは、現在アルトのある付近にまで進出していたらしい。
エルフの町同士は平和で、魔法技術は民間のためだけに磨かれていた。
当然、兵士などどの町にもいなかった。
が、その日常は突然に崩壊する。
今から500年前、当時隆盛を極めていた人族の帝国が、この地域に攻め込んでくる。
武力の皆無だったエルフは、なすすべなく敗北した。
エルフたちは、サレン川を渡り西岸に逃れることを選んだ。
しかし、渡河に失敗したり、逃げ遅れたものは、みな死んだ。
幸いにも、帝国はサレン川を渡ってまで追撃することを選ばなかった。
この帝国が崩壊した後にできた国の一つが、我々の住む王国となっていったらしい。
さて、東岸のエルフたちは、すでに滅んだと思われていた。
しかし、生き残りがいた。
この幽玄の森に潜み、帝国の目を欺き生き残ったものたち。
それがこの地に集い、サフェル村を築き上げたのだ。
エルフの寿命は数百年を超える。
アイセンは、その修羅場を潜ってきた張本人なのだ。
「……それは、何とも……」
「ああ、気にすることはない。今の人族の方々には何の罪もないからね」
言葉に困る俺に、アイセンは笑いかけてきた。
が、その表情には、心なしか悲しみが宿っていた。




