29.戸外の日常
荒川が野犬に襲われたこともあり、今日の探索は早めに切り上げることとなった。
日はまだ高い。
皆は日の暮れるまでの時間を思い思いに過ごしている。
荒川は、高台で魔法の特訓をしていた。
「調子はどうだ?」
「……だいぶ良くなりました。ありがとうございます」
とは言うものの、息が乱れ、腕を押さえている。
魔力を流しすぎて痛めたのだろうか。
「ま、完全に回復するまでは体にあまり負担をかけないほうがいい。魔術師としての仕事は、俺たちに任せておけ」
しかし、泊が進んで協力するとも思えないからな……。
このパーティーでまともに動ける魔術師は、現状俺だけか。
少し離れたところでは、野口と松久が剣を構えて相対していた。
訓練かなぁと思いながら通り過ぎようとすると、松久に呼び止められた。
「おお神埼、ちょうどいいところに。模擬戦の審判をやってくれないか?」
「……まあいいが。始め!」
合図と同時に、野口は地面を蹴って飛び上がった。
大きく振りかぶった剣が、紅い輝きを放つ。
重戦士の松久は、自慢の大きな盾を構える。
「かかってこい、受け止めてやる!」
「喰らえ、紅蓮の太刀!」
ガキイィン!!
金属同士がぶつかり合う、激しく鋭い音が響く。
松久が盾を前に押し出すと、野口はその勢いのままに吹っ飛んでいく。
が、受け身をとってすぐに構え直した。
「くそっ、防がれたか……」
「いや、とても重い一撃だった。さすがだったぞ。
では、今度は俺の番だ!」
松久は盾を投げ捨てると、胴ほどの太さはあろうかという大剣を掲げる。
野口の方へと駆けると、勢いよく振り下ろす。
「ぐっ!」
かろうじて受け止めた野口は、あまりの質量と勢いにじりじりと地面にめり込んでいく。
これは勝負あったか?
その時、野口は目にも止まらぬ速さで横に逸れた。
自身の全体重をかけていた野口が消えたことで、松久は大きくバランスを崩す。
「隙ありっ! はっ!!」
大きく倒れ込んだ松久の背中に、野口の剣がポンと置かれた。
「勝負あり! 勝者、野口啓二!」
「くそっ、油断したな……」
「いや、あと少しお前の勢いが強ければ、あのまま押し切られてたよ」
地面に転げた松久に、野口が手を差し伸べる。
「しかし、外から見た感想ってのも聞いてみたいもんだな。どう思った?」
「俺? ……そうだな、普通にどっちも俺から見りゃすごいんだが……。
ま、強いて言うなら野口は力を、松久は技術を高めるといいんじゃないか?」
割と当たり前のことを言っただけなのだが、2人は大きく頷いた。
2人と別れ、馬車の方へ向かうと。
「時雨ちゃーん」
誰だ? 俺のことをそんな変な呼び方するのは。
「……何だ、湯梨浜か。何の用事だ?」
「ちょっと人数が足りなくてさ、一緒にやろうよ」
そう言うと、湯梨浜はカバンからトランプのような紙の束を取り出した。
「なるほど、ただのババ抜きか」
模様がちと幾何学的なデザインであること以外は、4つの形と13の数を持つ普通のトランプ。
「そ。本当はなんか難しいルールがあるみたいだけど、普通にトランプとしても使えるからね」
「あ、次神埼くんの番だよ。1枚引いて〜」
湯梨浜の説明を聞いていると、土岐枝がカードを差し出してきた。
「あ、揃った」
しばらくして、千曲と湯梨浜は上がり。
残るは俺と土岐枝のみとなった。
「俺が1枚、そっちが2枚……。正しい方を選んだが勝ちか」
「さーて、ちひろはババ抜き強いからね。いくら時雨ちゃんとはいえ、勝てるかな?」
「……なるほど、分からん!」
「ほらね〜」
片方を引きかけてみたり、もう片方に移したりと、色々やったものの、土岐枝の表情は全く変わらない。
ただニコニコ笑うのみ。
「……表情筋のわずかな動きから予測するしかないか……」
俺は顔を土岐枝にずいっと近づけ、細かな反応も見逃さないようにする。
「ちょ、ちょっとぉ、あんまり見られると照れるよぉ」
数十秒くらいそれを続けたら、土岐枝に反応あり。
「こっちか! ……よし!」
俺は勝鬨を上げ、2枚の同じ模様のカードを地面に放る。
「ずるいよ〜!」
「まあまあ、こういう日もあるって〜」
ゆるふわ3人組に別れを告げると、俺は再び歩き出す。
すると、馬車から降りてくる泊と鉢合わせした。
泊はいきなりこちらを向くと、顔を怒りに歪める。
「あぁ? 何見てんだよ」
「いや、別にそんなつもりはないが……」
「チッ、どいつもこいつも、本当に何だってんだよ……」
……?
やはり今日の泊はどこかおかしい。
アルトを離れ、快適とはいえない生活の中で、ストレスが溜まっているのだろうか。
普段の泊なら、荒川に悪態こそついても、置き去りになどしないはずだ。
「……どうして……」
その時、馬車の中から、泣き声にもため息にも似た声が聞こえる。
馬車を覗き込むと、日比野が体操座りになり、頭を抱えていた。
「どうした委員長、泊の説教に疲れたのか?」
「ああ、神埼くん。別にそんなことはないんだけどね……」
そうは言うものの、日比野の顔に普段のような明るさは見られない。
野犬の一件が関わっているのは間違いないだろうが……。
やがて、夜になった。
「明日は今日の反省を生かして、必ず団体で行動するように。この森の危険性もみんなわかってきたと思うから、情報は早めに共有してね。じゃあ、今日は明日に備えて早く眠ってね。おやすみー」
月明かりを頼りに、地面の上に布を敷く。
その上に寝転ぶと、上からシーツをかけた。
これ、寝相が悪い人大変だろーな……。
「おい、神埼」
その時、後ろから声が聞こえた。
「……? 清水?」
振り返ると、俺の隣に清水がいる。
「どうした、小便くらい1人で行け」
「そんなわけないだろ!
……じつは」
清水は、急に声を落とす。
「お前にはまだ話してなかったよな。俺が向こうで医者を目指してた理由」
そういえば、清水は医学部に入るために勉強を頑張っていた。
形は違えど、今は修道士として人を救っている。
清水は、闇夜の中で、自身の過去について語り始めた。




