28.不和
野犬に襲われている荒川。
その救出に、俺たちは向かっている。
しかし、荒川はかなり練度の高い魔術師。
野犬ごとき、瞬殺ではないか……?
「荒川さんはまだ回復しきってない。今襲われたらちょっとやそっとの怪我じゃ済まない!」
歯を食いしばる清水の言葉を受けて、俺は気づいた。
野犬に囲まれている荒川は、確かに魔法を撃とうとしている。
が、撃てないのだ。
へードルとの戦いで、瀕死の重傷を負った荒川。
その傷は、たった2週間で回復するはずもない。
おそらく、魔法を放つことが難しくなっているのだろう。
加えて、清水の言う通り、荒川はまだ完全に回復していない。
軽い傷でも、重症となる可能性がある。
「おい野犬ども、荒川さんから離れろ! お前らの相手はこの俺だ!」
清水の叫びに、野犬は体の向きを変える。
そして、こちらに向かって駆け出した。
「……で、俺が倒せばいいんだな。『不知火』!」
モンスターでもないただの犬っころなど、秒殺だ。
野犬はたちまち生き絶えた。
「……清水、お前は修道士で、戦闘には向かない。今回はたまたま俺がいたから良かったが、もしかしたらお前は今頃犬の餌になってたぞ」
親友を失くすのは嫌だ。
最近の清水は、どうも感情が昂りやすいようだ。
荒川を意識しているのかもしれない。
「……じゃあ」
突然うつむいた清水が、か細い声でつぶやく。
「どうした?」
「じゃあ、目の前にいる人を見捨てろって言うのかよ!?」
勢いよく上げられた清水の顔に、涙の筋が伝う。
「そうだよ、俺は弱い。人の傷を癒すことはできても、モンスターの討伐なんて無理だ。
でも……。目の前で怯えてる人を見捨てて、自分だけ逃げるなんて、俺には……」
そこまで言うと、清水は感極まって嗚咽を漏らす。
「……すまん。お前の信念を尊重すべきだった」
「いや、神埼は俺の身を思って忠告してくれたんだ。俺こそ、怒鳴ったりしてごめん」
その時、こちらに向かってくる足音。
「……助けてくれてありがとうございます」
荒川は、俺に頭を下げた。
「いや、礼はこいつに言ったほうがいい。俺1人だけじゃ、咄嗟に動けなかっただろう」
「何言ってるんだよ。お前は荒川さんと俺、2人の命を救ったようなもんじゃないか」
清水はすっかり元気を取り戻したもようだ。
「な、何があったの!?」
「ああ委員長。こいつが野犬に襲われてたんで野犬ぶっ殺した」
「ずいぶんと乱暴な説明だね……。まあ、とりあえず情報共有しよう」
遅れてやってきた牛田も交え、緊急会議が開かれた。
「まずは、状況を説明してくれるかな」
「ああ。悲鳴に駆けつけると、荒川が3頭の野犬に襲われていた。清水と俺で何とかしたが」
そう言うと、荒川は改めて俺たちに礼をしてきた。
「なるほど。そうなると、もう少し警戒して探索したほうがよさそうだね。
……ところで、どうして荒川さんは1人でいたの?」
俺たちは、3または4人のグループを作り、絶対にバラバラにならないようにと言われていた。
荒川が野犬に1人で襲われていたというのは、よく考えるとあまりにも不自然だ。
グループメンバーが弱っている荒川を見殺しにしたか、それとも囮にして自分だけ逃げたのか。
「荒川さんと同じグループの人はだれかな?」
同じ思考に至った日比野が、少しの怒りを孕んだ口調で言うと、皆を見渡す。
「……あの」
牛田が、おずおずと手を挙げた。
「どうしたの牛田さん、何か知っていることがあるのかな?」
日比野が、ゆっくりと顔を向ける。
「……本当に、本当にごめんなさい!」
牛田は、土下座せんばかりの勢いで頭を下げた。
「……詳しく話を聞かせてくれるかな」
牛田は、状況を語り出した。
彼女らのグループは、荒川と牛田、そして泊の3人だった。
が、途中で荒川が体力を切らし、集団から遅れてしまう。
「このくらいの距離すら歩けねえのかよ。役立たずじゃねーか」
「……それは言い過ぎだと……」
「なんか文句あんのかよ?」
「い、いえ……」
「チッ、もうこんな奴置いて先に行くぞ」
「えっ? ……でも……」
「大丈夫です……、私が悪いから」
「ほら、本人もいいって言ってんだし、さっさと行くぞ」
……だいたいこんな感じだ。
泊の高圧的な態度に牛田は逆らえず、本人が容認したこともあり、荒川を置いていくことになったようだ。
「なるほど……。泊くん、これはどういうこと……いない?」
「え? 本当だ、1人足りないぞ!」
てっきり全員いたものだと思っていたが……。
「泊ー! どこにいんだよ!」
「単独行動は危険だよ!」
「モンスターに襲われても、助けてやんねえぞ!」
皆で呼びかけたが、泊がやってくる様子はない。
まさか、非協力的な人物が最初に死ぬパターンのミステリーと同じ流れ?
確かに、泊の言動は、「俺は部屋に籠る!」の奴と同じくらい死にそうだったからな……。
「うるせぇよ、何があったんだ?」
「いた!!」
生きてた。
「やれやれ、ひとまずは安心か。早く──」
俺は、そこまで言うことしかできなかった。
泊の方へつかつかと歩み寄る、怒りに燃えた日比野の顔を見て。
日比野は、困惑している泊の目の前まで進む。
そして、腕を振りかぶると、その頬を張った。
「はっ!? てめえ、何すん──」
「こんなことをするなんて、何を考えてるのこの大馬鹿者!!」
日比野の唸るような低い声の怒声に、場の空気が凍りつく。
「あ、え? ……ったく、いったい何があったってんだよ」
未だ状況を理解できていないらしい泊の質問が、日比野をさらに過熱させた。
「あなたも聞いたでしょう、悲鳴を! あなたが置き去りにした荒川さんが死にかけたのよ!」
「そ、そうなのか? ……それは悪かったけどさ」
日比野にすっかり萎縮した泊は、素直に謝る。
その姿を見て我に返ったのか、日比野がはっとしたようにこちらに向き直った。
「……取り乱してごめん、私こそ冷静にならなきゃいけなかったね。
とにかく、今日はもう調査はやめにしよう。馬車に戻るよ」




