幕間.かの者の過去
私は死んだ。
実に愚かで、哀れで、滑稽な死に様であった。
自身の魔法で、我が誇りである不死の外套を焼き捨ててしまうとは。
何万の魔王の軍勢の一握りの存在、六芒星。
その末席にありながら、かような失態、そして死。
この無能な私を、魔王は許してくださるだろうか。
私はかつて、『勇者』と呼ばれていた。
冒険と闘いの人生を私と共に過ごした、かけがえのない仲間たちと共に。
人々を悩ませていた魔物を次々に討ち取り、王都に攻めてきた当時の六芒星も打ち破った。
名声を恣にする間に、いつしか私の心には、油断と驕りとが生まれていたのだろう。
もし私が少しでも自分を顧みていたならば、あのような惨劇も起きなかったものを──
私が34歳の誕生日を迎え、いよいよこの国最強を名乗ろうかという時。
ある日、私たちは迷宮へと潜った。
何ということはない、ごく一般的な迷宮であった。
迫り来る魔物も、私たちにとっては敵ですらない。
あっという間に進撃し、ついに50層目に辿り着いた。
そこは、それまでの迷路のように入り組んだものと違い、洞窟であった。
その奥、見たこともないような魔物が眠っていた。
獅子のような頭、象のように太い脚。
そして鷲のような翼。
こいつは危険だ──
私の微かな理性が、最後の警告を発した。
しかし若く愚かなる私は、その警告を無視したのだった。
剣士は剣を鞘から抜き、弓使いは弓を引き絞り、魔術師たる私は最大火力の魔法を詠唱した。
全ては、いつものようにうまくいく。
皆、そう信じていた。
剣士が地面を蹴って飛び上がった。
そしてその大剣を魔物に向けて振り翳す。
その時、魔物が目を開いた。
そしてその脚で、剣士を薙ぎ払う。
強力なことは間違いないが、彼なら受け身を取れる……。
そう信じていた。
が、それは間違いであった。
剣士は空中で何十もの肉片と化した。
魔物の脚が、剣士の体を粉々に砕いたのだ。
背中に震えが走った。
弓使いは慄き、岩場に隠れる。
が、すでに矢は放たれた。
矢に気づいた魔物は、岩場に口を近づけると、炎を吹いた。
炎によって、弓使いは岩場ごと融けた。
私はただ1人残された修道士とともに、上層へつながる階段を目指した。
脇目も振らず走った。
杖も外套も捨て、私は命からがら逃げ帰った。
しかし修道士は……。
私は責められた。
勇者たちを率いるものとして、その選択の誤りを。
冒険者として、その驕りと慢心を。
王都の民から向けられていた尊敬と親愛の眼差しは、軽蔑と嫌悪の眼差しへと変わっていた。
私は王都を去った。
追い出されたのだ。
私はもはや誇り高き魔術師、勇者ではなかった。
落ちぶれた醜い浮浪者であった。
私は山を越え、崖を進み、密林を歩いた。
あてなどなかった。
ただあの王都から離れたかった。
私は倒れた。
疲労によるものか、負傷によるものか、あるいは魔物に襲われてか。
何日も何日も動けず、私の意識は途切れた。
ああ、これが死──
あの迷宮ででさえ明確に感じることはなかったその重みを目の当たりにした。
しかし、私は目を覚ました。
暖かい焚き火の灯りと、食欲をそそる香りによって。
森の中、私は暖かい毛布を着せられ、草むらに寝かせられていた。
そして目の前の男。
彼が救ってくれたのだと分かった。
男は魔王だと言った。
あまりにも突飛な発言だが、何故かすんなりと受け入れることができた。
男は私の力が欲しいと言った。
私は喜んで承った。断る理由がなかった。
私は生を捨て、死を超え、不死王となった。
新しい名が与えられた。
かつて勇者だった頃の名など捨てた。
私はへードル。
私は草原の都市に、森の王国に、氷の大陸にも攻め入った。
そして蹂躙し、滅ぼしていった。
それが魔王の望みであり、私の望みであったからだ。
負けたことなど、ただの一度もなかった。
そしてこの度。
私はアルトという都市の攻略を命じられた。
ただいつも通り、兵士を皆殺しにし、住民を捕え奴隷とする。
何ということもない、ただの任務だった。
私は成功すると信じて疑わなかった。
しかし違った。
驕っていた。油断していた。見くびっていた。
私はいつしか、あの日の惨劇を忘れてしまっていたのかもしれない。
私はいつしか、軽んずるようになってしまっていたのかもしれない。
失うことの苦しさを、失う者の悲しみを。
神は私に、二度目の罰を下した。




