25.別れ
へードルはおもむろに杖を掲げる。
その先に、魔力の球が生じた。
球はどんどんと巨大化し、凄まじい気を放つ。
「お、おい! どうすんだよ!」
その光景に慌てた冒険者たちが、球に向かって魔法をぶつける。
「やめろ、あれの威力を高めるだけだ!」
球がさらに巨大化していくのを見て、ハンドンが慌てて止める。
「ここは、我々にお任せください。……西エルフ国魔導隊、物理結界展開!」
「東エルフ国魔導隊、魔力結界展開!」
エルフの兵士たちが、何層もの結界でヘードルを包み込む。
「私たちも続くぞ、結界を張るんだ!」
ハンドンの声に、結界を得意とする冒険者たちが進み出た。
「ほう、ここまでの結界を張るとは。見直したぞ、人間どもよ」
結界の中から、へードルのくぐもった声が聞こえてくる。
何十もの結界に阻まれ、その姿はぼやけて見えにくくなっていた。
「だが、こんなもの我にとっては脅威でもなんでもない。薄っぺらい結界など打ち壊してくれるわ! ……破壊雷!」
その瞬間、結界内が一瞬にして閃光に包まれた。
「うわあっ!! ……良かった、結界が効いたぞ!」
そのあまりの眩しさに死を覚悟した俺たちだったが、何ともなかったことで落ち着きを取り戻す。
「いや、待て! あの結界が最後まで保つかは分からないぞ」
若山の声に結界をよく見ると、確かにあちこちでひび割れが。
バリイィン!
鋭い音とともに、結界が砕け散った。
土煙に覆われて、へードルがゆっくりとこちらに進んでくる。
骨のぶつかり合う不気味な音が、辺りに響く。
「お、おい、こっち来てるぞ!」
「早く陣形を整えろ!」
へードルの自信に満ち溢れた足取りに、冒険者たちは慌て出す。
やがて、へードルはその姿を露わにする。
自身を覆っていた外套は消え、まるで人間の魔術師のような服装に変わっている。
「ふん、これが貴様らの全力か。情けないほどに弱い。
今度こそ、貴様らを滅ぼしてくれようぞ……破壊雷!」
へードルは改めて、黒い稲妻を放つ。
轟音が響き、また地面が削れた。
そういえば、なぜへードルはわざわざ外套を脱いだのだろうか。
俺の見立てでは、あの外套は魔法を遮ることのできる優れた防具だ。
それをわざわざ脱ぐなど、こちらへの侮辱もはなはだしい。
俺と同じことを思ったのか、エルフの兵士たちに動きがある。
空中に巨大な魔法陣が生じ、へードルに焦点を合わせている。
「おや、あれは……かなりの神聖魔法と見た。だが、我に人間の神聖魔法など通用せん」
へードルはそれに気づくも、避けるそぶりすら見せない。
「神よ、今我らに力を与えたまえ、邪悪なる存在を打ち砕く力を……破魔殺陣!!」
兵士たちは、一斉に叫ぶ。
半径2メートルはあろうかという巨大な魔法陣から、目も眩むほどの閃光が迸る。
へードルは、それを真正面から受けてみせ──
「ぐっ、ぐあああっ!! い、一体何が起こっている!?」
まことに強力な神聖魔法を喰らったへードルは、いかにもアンデッドらしき反応を見せる。
「何だよ、俺たちの魔法なんて屁でもねえんじゃなかったのかよ!?」
「おら耐えてみろよ、地獄炎!」
へードルの焦り顔に勢いづいた冒険者たちは、へードルに魔法をぶつける。
……土煙と水蒸気の暗幕が晴れると、そこにへードルの姿はなかった。
「……た、倒したぞーっ!!」
「おおおーーっ!!」
冒険者たちは、自分たちの勝利と見るや、勝鬨を上げた。
「……これ本当に倒したのか?」
「やっぱり神埼くんも気になるよね……」
何とはなしに呟いていると、日比野が話かけてきた。
「ああ、あまりにも奴の反応が不自然だった。
……なんか知ってたりするのか?」
日比野は、自身の能力によって知り得た情報を、一つ一つ話した。
へードルの纏っていた外套は、やはり攻撃を防ぐ優れた防具。
結界を破壊した後に羽織っていなかったのは、おそらく自身の魔法で外套も破壊してしまったからだろうということだ。
「……バカなのか?」
「うーん……」
さらに言えば、へードルは別に魔王の右腕でもなんでもないらしい。
強いことには間違いないが、6人いる幹部の中の最下位なのだそうだ。
「……見栄っ張りなのか?」
「そうなのかもね……」
「……ま、何はともあれ、こうして脅威が一つ過ぎ去ったのはいいことじゃないか。とりあえずは安心することにするかな」
「それがいいね。ギルドからは特別報酬も出るみたいだし、何日か休んだほうがいいかもね」
払った犠牲はあまりにも大きかったが、こうして平和を取り戻せたことは歓迎すべきことだ。
しかし、対処すべき問題もまだ山ほど残っている。
「……どんな感じだ?」
「もうちょっとだ……頼む、目を覚ましてくれ……」
フロンから荒川の治療を託された清水は、今もなお奮闘している。
「朴葉、もうちょっと俺の魔力を分けてやれ。今日はもう使わないだろうしな」
「いいのか!? ……ありがとう」
いまは破壊しつくされた、かつて城壁だった跡を超え、町の中に入る。
「……ひどいな……」
俺は思わず顔を顰めた。
家が崩れ、店が燃え上がっている。
昨日まで生活が営まれていた空間が、ボロボロの廃墟と化している。
ヴァルト戦の惨状を一度見ているとはいえ、やはり慣れない、心の痛む光景だ。
事前に予告があったおかげで、住民が全員避難できていたのがせめてもの救いか。
帰る途中ギルドに寄り、報酬を受け取った。
なかなかの金額だったが、今はとても使う気にはなれまい。
貯金箱だけ買って帰った。
明日からは、また土木工事か……。
いや、その前に、集団での葬儀があるな。
明日も重く暗い1日になりそうだ。




