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1年C組異世界冒険譚  作者: 神埼時雨(仮)
第2章 アルトの危機
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24.残酷な不死王

 地面に広がった魔法陣が、突如として黒い気を放ち始める。

 この距離でも吐き気を覚えるほどの瘴気。

「うっ、ああああっ!!」

 へードルの罠に捕らえられた冒険者たちは、呻き声を上げる。


「あ、あれ……!」

 すまいむを大事そうに抱えた榎田が、魔法陣を指差し、震える声で呟く。

 指差す先を見て、俺は凍りついた。

 呻き声を上げる彼らの目の光が、どんどんと失われてゆく。

 皮膚は色褪せ、手足は骨張っていく。

 健康そのものだった冒険者たちが、見る間に醜悪なアンデッドへと変わっていく。


「さあ我が眷属たちよ、奴らを襲え、喰らえ! 人間どもよ、かつての仲間を殺してみろ!」

 凄惨な光景に、へードルの歪んだ笑い声がこだまする。


「私たちを倒してください。辛いでしょうけど……。でも、それが町のためです……破魔(ターンアンデッド)!」

 俺たちの近くにいたフロンは、身も心もアンデッドになる寸前、自分に向けて浄化魔法を放つ。

「フロンさん! 待って、待ってください!

 そんな……。……俺、これからどうしたら……」

 最期に荒川を託されていた清水は、灰になって消えゆくフロンに手を伸ばし、やがて力なく崩れ落ちた。

 フロンの片眼鏡が地面に落ちる、カランという乾いた音が響いた。


「お前のすることなんて、決まってるだろう」

 倒れ伏した清水に声をかけたのは、芹沢だった。

「お前は修道士(プリースト)なんだろ? だったら、目の前の患者を治療するのがお前の役目だろうが!」

「……!」

 芹沢はそう一括すると、未だ目を覚まさない荒川を指差す。

 そんな芹沢を見た清水は、ゆっくりと立ち上がると、荒川のもとへ向かう。

 そして目を瞑り、一心不乱に呪文を唱え始めた。


 その時、気配が急激に近づいてくる。

 他のアンデッドが来たのか!?

 俺は慌てて飛びのくと、魔法の詠唱を始める。

「炎よ、我が意のままに……!?」

 が、俺を襲った者の正体に気づき、口をつぐんだ。


「レインさん……。そうか、あなたもか……」

 そこには、眼窩の落ち窪んだ哀しげな顔の、レインが立っていた。

 レインが手放さなかった杖は、どこにも見当たらなかった。

 まるで、自分が魔術師(ウィザード)であったことも忘れたような。


 ……しかし、何か違和感を覚える。

 周りを見渡すと、アンデッドと成り果てた者たちは、近くの冒険者に襲いかかっている。

 しかし、レインはこちらに来たのみで、噛みつこうとするどころか、呻き声を上げることもしない。


 もしかしたら、まだ手はあるかもしれない!

「千曲! ちょっと来てくれ!

 ……なあ、この人、もしかしたら……」

 やってきた千曲は、レインをしばらく見つめた後、何かに気づいたように目を見開く。

 直後、呪文を唱え始めた。

「やっぱりか! ……頼んだぞ」


 蒼白だったレインの顔が、ほんの少しだけ暖かみを取り戻したように見えた。

 暗く闇に覆われたレインの瞳が、ほんの少しだけ光を取り戻したように見えた。

 関節のギクシャク動くレインの体が、ほんの少しだけ自然に動いた気がした。

 が……。


 千曲は呪文を唱える口をつぐむと、組んでいた両手を緩慢な動きで解く。

「……むり、今のわたしじゃ、レインさんを生き返らせられない。

 ごめんなさい、ごめんなさい……」

 そして、レインの片手を両手で包み込むと、嗚咽混じりに呟き始める。

 3つ重なった手に、何粒もの涙がこぼれ落ちる。



 いったいどれだけの時間が経ったろうか。

 レインの精神は未だ完全には消滅していないようで、目の前にいる千曲や俺に襲い掛かろうともしない。

 が、その他のアンデッドたちが、こちらに来ていた。

 早くけりをつけないと、アンデッドの群れに襲われる。


 ……ごめんなさい。


 その時、声が聞こえたような気がした。

 消え入るような、風が吹けばかき消されるような、か細い声。

 だが……。

「……レインさん?」


 ……私は、ここで終わりみたいね。


 今度は、はっきりと聞こえた。

 慌ててレインの顔を見るが、口元どころか、目も指一本も、動くことはなかった。


 ……せめてあなたの手で、終わらせてほしい。


 その時俺は、何が起こっているかはっきりと理解した。

 やはり、レインの魂は完全に朽ちてはいなかった。

 その最後の力を使って、俺に最後のメッセージを伝えようとしているのだ。


 頭の中に、何コマもの情景が浮かぶ。

 異世界に来てすぐ、森の中でさまよっていた俺たちに手を差し伸べるレインの姿。

 手取り足取り、俺に魔法を教えてくれるレインの姿。

 強敵に果敢に魔法を放ち、勝利を掴み取るレインの姿。


「……分かりました」

 俺は、頭の中にイメージを思い描く。

 死者を天国へと葬送する、強く優しい炎。


 千曲がようやく正気に戻り、レインから離れる。

 俺もそれに倣い、一歩後ずさった。


「俺の師匠よ、安らかに……『火炎旋風』」


 ……ありがとう、私の一番弟子──



 目の前に、火柱が出現する。

 天まで貫く炎の中を、一筋の光が昇っていくのが見えた気がした。



 しばらくして、気持ちも落ち着き、辺りを見渡す。

 アンデッドの数は、いくらか減っていた。

 冒険者たちは、かつての仲間たちに剣を、魔法を当てていく。

 ある者は泣きながら、またある者は淡々と。

 だが、皆の心の中に、深い悲しみと怒りがあるのは、明らかだった。


 へードルはそんな俺たちの反応を楽しんでいるようで、何も攻撃をしてこない。

 そのことが、余計に怒りを湧き立たせた。

 アンデッドの数が減るにつれ、へードルへ剣や魔法の杖を向ける冒険者は増えていく。

 俺もまた、怒りの業火を思い描き、手先に魔力を集中させている。


 やがて、生き残っている冒険者皆が、ヘードルと相対した。

「ジャック、お前の仇は俺が取ってやる……」

「あいつらの命を、決して無駄にはしない」

 冒険者たちは、ふつふつと湧き立つ怒りに包まれていた。

 へードルもまた沈黙したままである。

 まるで、俺たちの行動を観察しているようだ。


 おもむろにへードルが杖を構える。

 冒険者たちは、その一挙手一投足を虎視眈々と見張り続ける。

「貴様らの心、いや魂はよく分かった。美しい人間愛、見ているこっちが感動しそうだったよ。

 ではそろそろ、決戦といこうではないか」

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