24.残酷な不死王
地面に広がった魔法陣が、突如として黒い気を放ち始める。
この距離でも吐き気を覚えるほどの瘴気。
「うっ、ああああっ!!」
へードルの罠に捕らえられた冒険者たちは、呻き声を上げる。
「あ、あれ……!」
すまいむを大事そうに抱えた榎田が、魔法陣を指差し、震える声で呟く。
指差す先を見て、俺は凍りついた。
呻き声を上げる彼らの目の光が、どんどんと失われてゆく。
皮膚は色褪せ、手足は骨張っていく。
健康そのものだった冒険者たちが、見る間に醜悪なアンデッドへと変わっていく。
「さあ我が眷属たちよ、奴らを襲え、喰らえ! 人間どもよ、かつての仲間を殺してみろ!」
凄惨な光景に、へードルの歪んだ笑い声がこだまする。
「私たちを倒してください。辛いでしょうけど……。でも、それが町のためです……破魔!」
俺たちの近くにいたフロンは、身も心もアンデッドになる寸前、自分に向けて浄化魔法を放つ。
「フロンさん! 待って、待ってください!
そんな……。……俺、これからどうしたら……」
最期に荒川を託されていた清水は、灰になって消えゆくフロンに手を伸ばし、やがて力なく崩れ落ちた。
フロンの片眼鏡が地面に落ちる、カランという乾いた音が響いた。
「お前のすることなんて、決まってるだろう」
倒れ伏した清水に声をかけたのは、芹沢だった。
「お前は修道士なんだろ? だったら、目の前の患者を治療するのがお前の役目だろうが!」
「……!」
芹沢はそう一括すると、未だ目を覚まさない荒川を指差す。
そんな芹沢を見た清水は、ゆっくりと立ち上がると、荒川のもとへ向かう。
そして目を瞑り、一心不乱に呪文を唱え始めた。
その時、気配が急激に近づいてくる。
他のアンデッドが来たのか!?
俺は慌てて飛びのくと、魔法の詠唱を始める。
「炎よ、我が意のままに……!?」
が、俺を襲った者の正体に気づき、口をつぐんだ。
「レインさん……。そうか、あなたもか……」
そこには、眼窩の落ち窪んだ哀しげな顔の、レインが立っていた。
レインが手放さなかった杖は、どこにも見当たらなかった。
まるで、自分が魔術師であったことも忘れたような。
……しかし、何か違和感を覚える。
周りを見渡すと、アンデッドと成り果てた者たちは、近くの冒険者に襲いかかっている。
しかし、レインはこちらに来たのみで、噛みつこうとするどころか、呻き声を上げることもしない。
もしかしたら、まだ手はあるかもしれない!
「千曲! ちょっと来てくれ!
……なあ、この人、もしかしたら……」
やってきた千曲は、レインをしばらく見つめた後、何かに気づいたように目を見開く。
直後、呪文を唱え始めた。
「やっぱりか! ……頼んだぞ」
蒼白だったレインの顔が、ほんの少しだけ暖かみを取り戻したように見えた。
暗く闇に覆われたレインの瞳が、ほんの少しだけ光を取り戻したように見えた。
関節のギクシャク動くレインの体が、ほんの少しだけ自然に動いた気がした。
が……。
千曲は呪文を唱える口をつぐむと、組んでいた両手を緩慢な動きで解く。
「……むり、今のわたしじゃ、レインさんを生き返らせられない。
ごめんなさい、ごめんなさい……」
そして、レインの片手を両手で包み込むと、嗚咽混じりに呟き始める。
3つ重なった手に、何粒もの涙がこぼれ落ちる。
いったいどれだけの時間が経ったろうか。
レインの精神は未だ完全には消滅していないようで、目の前にいる千曲や俺に襲い掛かろうともしない。
が、その他のアンデッドたちが、こちらに来ていた。
早くけりをつけないと、アンデッドの群れに襲われる。
……ごめんなさい。
その時、声が聞こえたような気がした。
消え入るような、風が吹けばかき消されるような、か細い声。
だが……。
「……レインさん?」
……私は、ここで終わりみたいね。
今度は、はっきりと聞こえた。
慌ててレインの顔を見るが、口元どころか、目も指一本も、動くことはなかった。
……せめてあなたの手で、終わらせてほしい。
その時俺は、何が起こっているかはっきりと理解した。
やはり、レインの魂は完全に朽ちてはいなかった。
その最後の力を使って、俺に最後のメッセージを伝えようとしているのだ。
頭の中に、何コマもの情景が浮かぶ。
異世界に来てすぐ、森の中でさまよっていた俺たちに手を差し伸べるレインの姿。
手取り足取り、俺に魔法を教えてくれるレインの姿。
強敵に果敢に魔法を放ち、勝利を掴み取るレインの姿。
「……分かりました」
俺は、頭の中にイメージを思い描く。
死者を天国へと葬送する、強く優しい炎。
千曲がようやく正気に戻り、レインから離れる。
俺もそれに倣い、一歩後ずさった。
「俺の師匠よ、安らかに……『火炎旋風』」
……ありがとう、私の一番弟子──
目の前に、火柱が出現する。
天まで貫く炎の中を、一筋の光が昇っていくのが見えた気がした。
しばらくして、気持ちも落ち着き、辺りを見渡す。
アンデッドの数は、いくらか減っていた。
冒険者たちは、かつての仲間たちに剣を、魔法を当てていく。
ある者は泣きながら、またある者は淡々と。
だが、皆の心の中に、深い悲しみと怒りがあるのは、明らかだった。
へードルはそんな俺たちの反応を楽しんでいるようで、何も攻撃をしてこない。
そのことが、余計に怒りを湧き立たせた。
アンデッドの数が減るにつれ、へードルへ剣や魔法の杖を向ける冒険者は増えていく。
俺もまた、怒りの業火を思い描き、手先に魔力を集中させている。
やがて、生き残っている冒険者皆が、ヘードルと相対した。
「ジャック、お前の仇は俺が取ってやる……」
「あいつらの命を、決して無駄にはしない」
冒険者たちは、ふつふつと湧き立つ怒りに包まれていた。
へードルもまた沈黙したままである。
まるで、俺たちの行動を観察しているようだ。
おもむろにへードルが杖を構える。
冒険者たちは、その一挙手一投足を虎視眈々と見張り続ける。
「貴様らの心、いや魂はよく分かった。美しい人間愛、見ているこっちが感動しそうだったよ。
ではそろそろ、決戦といこうではないか」




