20.戦いの後始末
恐るべき敵、悪魔公爵ヴァルトの危機は去った。
しかし、その残した爪痕は大きい。
町の中央部は崩壊し、2割の住民が帰る家を失った。
また、行政や経済の中心でもあったギルドが破壊され、町の復興もスムーズに進まない。
……こういう時こそ、冒険者の出番だ。
「じゃあ、そこに釘を打ってくれ」
「ちょっと傾いてないか?」
「床張り終えたぞー!」
冒険者たちは、町中で建設作業に従事していた。
あちこちに建物の骨組みが出来上がり、かつての町並みへ近づきつつある。
「おい神埼、これ運んでおいてくれないか?」
朴葉に声をかけられる。
懸命に働くその姿には、心なしか暗い影が。
「……わかった。これだけでいいのか?」
「いや、これ全部。それじゃ!」
「お、おい!」
石のレンガを一つ受け取った瞬間、何百個も押しつけられてしまった。
……許さんぞ!
「テレキネシス! ……へいお待ち」
俺が魔術師でよかった。
もし修道士とかだったら、途中で息絶えていただろう。
……しかし、1つの家を建てるには、あまりにもレンガの数が多い。
この建物の建設の監督らしい、アーツに尋ねてみた。
「……ところで、これはなんの建物になるんですか?」
「教会さ。ちょうど老朽化していたところだし、デザインも一新するらしいぞ」
なるほど、宗教施設か。
確かに、色付きのステンドグラスや金属の紋章など、豪華な装飾が準備されている。
「……そういや、お前は何の宗教に入ってるんだ? 礼拝に来ているのを見たことがないが」
「そうですね……。俺は遠い国から来た身で、そこの宗教に入ってますね」
正月に神社へ行き、人が死んだら坊さんを呼び、結婚式に神父を招く、変わったところですよ。
「ほう、なかなか興味深いな。まあ、今日は工事に集中集中」
普段は前衛として活躍しているアーツが図面を片手に指示を出す姿は、なかなか新鮮だ。
その後は、あっちへ行って板を運んだり、こっちへ行って釘を打ったりと、大忙しだった。
しかし、冒険者たちの努力の甲斐あって、日が暮れる頃にはすでに数軒の家が再建された。
「ありがとうございます、これで安心して眠れます」
「なに、気にすんな。……そうだ、家具も持っていってくれ。全部なくなっちまっただろう?」
「何から何まで、感謝してもしきれません……!」
おおらかな冒険者たちは、住民たちの尊敬を集めているようだ。
宿に帰る前に、俺は病院へと向かった。
重傷を負った笹川と城戸、簡易的な処置は受けたものの心配の残る土岐枝は、病院で治療を受けている。
治癒魔法というものは、魔法による負傷には絶大な効果を発揮するが、物理的な外傷にはあまり効力を発揮しない。
ヴァルトは、大樹を操ったり、瓦礫を飛ばしたりしていた。
状況の危ぶまれる負傷者は多い。
笹川は、上半身に包帯が巻かれた痛ましい姿で、ベッドに横たわっていた。
「ああ、神埼か。……痛っ」
人の気配に身を起こした笹川は、痛みに顔をしかめる。
「無理するなよ、町の復興は俺たちに任せておけ」
「なに、心配すんな。明後日には退院できるらしい」
まあ、この調子だと大丈夫そうだ。
廊下を歩いていると、朴葉と出会った。
「おい、なんか元気なさそうだな」
「……!? そうか……?」
声をかけても、朴葉はしばらく反応しなかった。
見るからに憔悴している。
「お前は誰の見舞いに来たんだ?」
「そ、そりゃ……」
何気なく聞いただけだったのだが、朴葉はしどろもどろの答えをする。
まあ、分かりきったことではあるが。
「……元気出せよ、お前が落ち込んでたら、城戸も悲しむぞ」
「えっ!? ……ま、その言葉はありがたく受け取っておくよ」
城戸と土岐枝は相部屋らしい。
病室に入ると、三城が土岐枝のそばの椅子に座っていた。
「あ、しーちゃん。どうしたの?」
「いや、クラスメイトとして、無視して帰るのもどうかと思ってな。
……見たところ元気そうだな」
笹川の痛ましい姿とは異なり、城戸は腕に包帯を巻かれたのみ、土岐枝は外傷を負っていないため、特に何も装着していなかった。
「……そろそろ帰るぞ。三城も早めに帰ってこいよ、災害時は犯罪も増えるからな」
これを災害と呼べるかは分からないが、万が一ということもある。
一応忠告だけしておき、俺は宿に戻った。
俺たちの宿は、中心から離れたところにあり、被害を免れた。
だが、被害に遭った人々が大量に逃れてきており、部屋が足りていないらしい。
ロビーは、大量の人でごった返していた。
「頼みます、せめて私の娘だけでも……。風邪をひいているみたいで、外で寝かせるわけにいかないんです」
「何か食料はありませんか……? 母に何か食べさせてやりたいんです」
「お母さん、どこにいるの……?」
聞いているだけで胸が痛むような、悲惨な人たちだ。
反対に、やり場のない怒りを誰かにぶつけている者もある。
「何でお前は無事で、俺が家無しにならなきゃいけねえんだよ!」
「へっ、一等地に引っ越して見栄張ったバチが当たったんじゃねえのか?」
「何だと!? 俺が言ったときには地団駄踏んで悔しがってたくせに!」
あちらこちらで、諍いが起こっている。
人々の間をすり抜け、そそくさと部屋に戻ろうとすると。
「あのねえ、アタシは弁償さえしてくれたら許すって言ってんの。こんなに親切にしてやってんのに、恩知らず」
「す、すみません……。でも、そんなお金、持ってません……」
「じゃあ借金してでも払いなさいよ。あんたね、それで世間で通用すると思ってんの?」
……嫌な予感がする。
恐る恐る、声のする方に目線を向けると。
早乙女が、折れた剣を片手に牛田に詰め寄っていた。
剣の細さを見るに、早乙女の職業はレイピアを操る細剣士か。
状況から判断すると、牛田が足に引っ掛けるかして、レイピアを折ってしまったのだろう。
剣士系統の職業は、ギルドから最初の1本の剣が支給される。
だが、それ以降は自分で買う必要がある。
早乙女の怒りはもっともだ。
「なんか言いなさいよ!」
「えっ、その……。私、どうしたらいいか……」
「だから、借金してでも弁償しろって言ってんのよ!」
早乙女が拳を振り上げる。
その時──
「ちょっと、やめなさいよ。わざとじゃないんだし、仕方ないでしょ」
早乙女の拳を、榎田が掴んだ。
「はあ? あんたには関係ないでしょ。それとも何、あんたが弁償してくれんの?」
「それは無理。だけど、だからって千代を殴っていい理由にはならないでしょ」
早乙女と榎田の視線が、激しくぶつかり合う。
「そこで突っ立ってるあんた、早く委員長と北斗呼んできて!」
「え、俺? ……はいはい、分かりましたよ」
榎田に唐突に命じられ、俺は渋々2人を呼びに向かう。
状況を説明すると、2人ともすぐに着いてきてくれた。
結局、事態は2人が収拾した。
レイピアは、日比野が武器屋に頼み込んで、安価で代わりを入手することに成功した。
その分の代金は払うと牛田が申し出たため、早乙女も矛を収めた。
「……先行きが不安だ」
「しーちゃんはいつもいろいろ悩んでるよねぇ」
お前はもう少しいろいろ考えてほしい。
「だが、クラスの不和は大問題だぞ。下手したらクラスが分裂なんてことになりかねない」
「そんなことにはならないと思うけどねぇ」
しかし、仲違い以外にも問題は多々ある。
目下最大の懸念は、魔王軍がさらなる刺客を送り込んでくることだろう。
数多の部下が倒され、この度は悪魔公爵まで倒されたとなれば、幹部級の大物が派遣されてくるかもしれない。
不安になりつつ、俺は眠った。




