19.決着
ヴァルトは、魔法の詠唱を始める。
だが、その内容を聞き取ることができない。
「あれは……古代語!? みんな、早く周りを囲め! 町へ被害を出すな!」
ハンドンの焦った姿にただならぬものを感じ、冒険者たちは従った。
俺たちも、名残惜しい結界を離れ、ヴァルト包囲網の一端に加わる。
その時、ヴァルトがニヤリと笑い、左手を高々と掲げる。
その先に、真紅の球が生じた。
血のように真っ赤な光球は、どんどんと大きくなっていく。
その瞬間、俺たちは強烈な風と熱気に襲われる。
「ダメだ、自分の身を守れ! 防御の姿勢を! 死ぬぞ!」
冷静な指揮官たるハンドンは、今までに見たことがないほどに焦っていた。
俺たちは、再び結界へと避難した。
ドゴオォン!!
轟音とともに、熱風が一気に力を増す。
結界の中にいるというのに、気を抜けば吹き飛ばされてしまいそうだ。
「貴様ら人間どもが、この悪魔公爵ヴァルトに敵うわけがない。自分の愚かな行いを地獄で悔いるがいい……紅蓮の終焉」
視界が、鮮血のような真っ赤に染まる。
痛みも熱さも、音も感じない。
ただ、体がふわふわと浮かんでいるかのような感覚に包まれている。
……そうか、死んだのか。
俺はヴァルトの魔法を受け、その短い一生の終わりを迎えた。
……まあ、悪くない一生だった。
「……!?」
その瞬間、意識が引き戻される。
同時に、身体中の関節に軋むような痛みが襲ってくる。
痛みに目を開けると、そこには凄惨な光景があった。
立派だったギルドは、折れ曲がった骨組みと、黒く焦げた壁の残骸を残し、無惨にも崩壊していた。
それだけではない。周辺の建物も、全て瓦礫と化している。
目測で500m。
その範囲が、ヴァルトによって廃墟に変えられた。
「……嘘だろ……」
言葉すら出てこない。
これは悪夢なのか……?
「ククク、ハッハッハ。やはりこの悪魔公爵に敵うものなどいない。
……どうですか? 降伏して町を明け渡すなら、今のうちですよ」
ヴァルトは周りに倒れ伏す冒険者たちを一瞥すると、そう言い放つ。
降伏するしかない。
誰もが、その言葉を言い出す者を待っていた。
「……誰が降伏するかよ!」
その言葉と共に、立ち上がった冒険者が1人。
ヴァルトに狙いを定めて弓を引き絞る、カールであった。
「そ、そうだ!」「悪魔なんぞに負けてたまるか!」「アルトの意地を見せてやれ!」
それに触発され、冒険者たちは次々と立ち上がる。
俺も勇気を取り戻し、魔力を手先に込める。
(みんな、聞いてくれ。
やっぱり、バラバラに攻撃するんじゃなくて、一斉に攻撃した方がいい。みんな、俺の合図で一斉に魔法を放ってくれないか?)
山口が提案する。
皆の同意は、言葉にせずとも伝わった。
(待て、ただ魔法を撃っても逃げられるかもしれない。先に動きを封じるべきじゃないか?)
若山が問題を提起する。
確かにそうだ。
これまでの戦いで、冒険者たちは大量に魔法を放ったが、ほぼ全てを躱されてしまった。
(なら、盗賊職が適任ね。敵の動きを封じる魔法が多くある)
寺田が解決策を出し、議論は一歩前進した。
(やっぱり、悪魔には神聖な攻撃が効くよな。光属性か?)
(あとは、修道士の浄化魔法も効くかも)
(私たちも戦闘に参加できるなんて、意外だねぇ)
徐々に徐々に、作戦の方向性が見えてくる。
まず盗賊たちが拘束魔法を放ち、ヴァルトの動きを封じる。
次いで神聖魔法や攻撃魔法を撃ち込み、ヴァルトを倒し、めでたしめでたし……。
俺たちの作戦の概要は、そんなところか。
作戦は、瞬く間に冒険者皆に伝えられた。
「……おや? 何か作戦を考えたようすで。まあ、大したものではないでしょうが」
この調子だと、ヴァルトは作戦の内容までは分かっていないようだ。
(じゃあ、まずは敵の動きを封じる。3、2、1、撃て!)
山口の合図に合わせ、盗賊たちが一斉に魔法を放つ。
縄が飛び、地面から鎖が生え、魔法陣がヴァルトを包み込んだ。
「これしき、私にはどうということも……なっ!?」
飛んでくる縄を蹴り飛ばしたヴァルトは、その後ろの鎖に気付かず、絡め取られる。
「よし、魔法攻撃!」
「漆黒の炎よ、邪悪なる存在を焼き尽くせ……『不知火』!」
俺は光魔法や神聖魔法は使えないので、普通の魔法にはなってしまうが。
微力ではあるが、助けにはなるだろう。
その時、空気がピリピリと震えるのを感じる。
まさか、ヴァルトが覚醒したのか!?
……と思ったが、魔法の集中攻撃を浴びて悲鳴を上げているだけなので、違う。
では一体……?
「神よ、どうか私に力を。悪魔に神の鉄槌を……破魔殺陣!」
その呪文と共に、ヴァルトの周りに純白の魔法陣が描き出される。
魔法陣は輝きを増し、ヴァルトを飲み込んでいく。
「くっ、この悪魔公爵が、こんな町で絶えることになろうとは……。
だが、私はいずれ帰ってくる。油断しないことだなあああああああっ!!」
ヴァルトの体を、純白の光が包み込む。
俺たちの耳には、ヴァルトの断末魔が鋭く響いた。
……少し不安は残ったものの、無事にヴァルトを倒すことができた。
しかし、あの魔法陣は一体誰が……?
「レインさんがやったぞーっ!」
「ばんざーーいっ!」
冒険者たちに胴上げされているのは、俺に魔法を教えてくれた恩師、レインであった。
……また魔法教わりに行こ。
しかし、終わりよければ全てよしというわけにはいかない。
ギルド周辺は破壊の限りを尽くされ、見るも絶えない惨状。
これを再建するのも、我々冒険者の責務だろう。
それに、この戦いで戦死したものや、巻き込まれ犠牲になった民間人もいる。
戦いの傷跡は、この町に確かに刻まれた。




