18.悪魔の戦術
「はあ、はあ……。くそ、なかなかやりますね」
煙が晴れると、ヴァルトは地面に膝をつき、肩で息をしていた。
かなり消耗しているのは、火を見るよりも明らかだ。
よし、このまま一気に畳み掛ける──
その時、ヴァルトは立ち上がり、こちらを見据える。
「だが、たった一度成功しただけでいい気になるな。私が操る魔法は500種類以上。次は何で遊んでやりましょうかね……」
ヴァルトはそう言うと、わざとらしく考え込み、隙をちらちらと見せる。
「今だ! 火球!」
その隙を逃さず、井川が魔法を放つ。
「おや、今何か通りましたか?」
だが、ヴァルトはしなやかにそれを躱し、こちらを嘲笑う。
「これだ……氷牢!」
その時、唐突にヴァルトが魔法を唱える。
が、視界には何も映らない。
「何だ、何も起こらないじゃないか……!?」
一歩踏み出そうとした時、なぜか足を引っ張られ前につんのめる。
その時、足元に広がるものを見つけ、俺は背筋が凍った。
脚が、氷に覆われていた。
その瞬間、痛みにも似た冷たさが、下半身を襲う。
歯がひとりでにカチカチと音を鳴らす。
「は、早く氷を溶かせ! 殺されるぞ!」
俺たちは、足元に魔法をぶつけたり、剣で斬りつけたりして、急いで自由を得ようともがく。
「なんて滑稽な姿。ですが、こちらにも気を配っていただきたいものですね……盤弾!」
ヴァルトの声に、俺は慌てて顔を上げる。
目の前に、今まさに俺の顔面に的中しようとする、大きな瓦礫があった。
「うわああっ!? 危ねえ……」
俺は間一髪で体をひねり、巨大な弾丸を避ける。
だが、暴力的な弾の嵐が止むことはない。
瓦礫が壁にぶつかるたび、建物ごと揺れるのが伝わってきた。
「うわっ、危ねっ、ぎゃあああっ!!」
何発かは避けることに成功したものの、一発を背中から受けた。
「どうしたんですか皆さん、早く冒険者の意地を見せてくださいよ! さあ!」
ヴァルトの挑発的な嗤い声が、ギルドの吹き抜けにこだまする。
「……あ、魔法使えばいいんだ。風刃!」
先ほどの痛みに頭が活性化したらしい、すっかり失念していたことを思い出した。
「テレキネシス! 全部お前にお返ししてやる!」
俺の周りの瓦礫を止め、ヴァルトの方に送り返した。
「おっと、危ない危ない。私の大事な服が土で汚れてしまうところでした」
だが、ヴァルトは全てを魔法で打ち返した。
その間に、俺たちはそそくさと氷を溶かし、動きを自由にする。
「おや、氷を溶かされてしまいましたか。まあいい、そろそろ森の悪魔お得意の戦術を見せてやるとしましょうか……。
大地よ、私に力を。その恵みを以て、私に尽くしたまえ……大樹」
瞬間、ヴァルトの真横に、芽が出る。
「何だあれ。さっさと焼いちまえ!」
冒険者の1人が、火球をぶつける。
だが、不思議なことに、火の玉は芽に届く前に消え失せた。
それをきっかけに、芽はぐんぐんと成長を始める。
幹が伸び、枝が分かれ、葉が茂っていく。
幹はさらに太さを増し、枝葉はどんどんと数を増した。
俺たちの目の前に、森が生まれていく、
ヴァルトはその一本に腰掛け、樹の成長とともに昇っていく。
バリン!
ギルドの屋根を突き破った音がした。
樹の幹は、すでに人の横幅の何倍もの太さになっていた。
「……って、これの一体どこがお得意の戦術なんだ? さっさと斬っちまおうぜ」
拍子抜けしたような調子で、笹川が剣を構えて樹に近づく。
「捕える枝」
その時、まるで天の声かと思えるほど高い位置から、ヴァルトの声が響く。
笹川が消えた。
数秒遅れて、壁が破壊される轟音。
「……圭介? どこいった……!?」
井川が当たりを見回し、突然声を失う。
笹川は、吹き抜けを飛び上がり、3階の壁に突き刺さっていた。
「お、おい……今何があったんだ?」
井川が、震える声で言葉を絞り出す。
その瞬間、目の前の樹の、枝という枝、根という根が、一斉に動き始めた。
それらは、俺たちの方に向かって、恐ろしいスピードで突き進んでくる。
腹を突かれ、笹川のように吹き飛んでいくもの。
枝にしがみつき、なすすべなくあたりを引き摺り回されているもの。
根に巻きつかれ、息苦しさに呻き声を上げるもの。
そこには、ただ混乱と恐怖があった。
「うわっ! おい、片っ端から斬り落とせ!」
「無茶言うな、目の前のに対処するので精一杯だよ!」
剣術の能力を得たという野口も、根の集中攻撃を食らって苦戦している。
「く、苦しい……ぐはっ!?」
枝に巻きつかれた土岐枝の口から、血が溢れてきた。
恐らく、圧力でどこかが潰れたんだろう。
どうする? このままでは、いずれこちらは全滅だ。
剣士たちに支援魔法をかけている修道士たちが、集中的に攻撃を浴びている。
修道士が倒れれば、やがて剣士たちも敗北する。
早くあの木をなんとかしなければ……。
「神よ、今私に助けを、私たちの身心を守る救いを……結界!」
その時、橋本の凛とした声が響く。
思わず目をやると、橋本の周囲に、神聖な光を纏う球体が生じていた。
ああ、あいつの職業は結界師だったか。
「みんな、この中に逃げて!」
どうやら、橋本も本調子を取り戻してきたらしい。
……しかし、結界の中に逃げるまでにやられてしまいそうだ。
ガキン!
俺の目の前に、盾を構えた人影が飛び込んでくる。
「早く結界に逃げろ! 俺たちのことは後でいい!」
「芹沢! ……頼んだぞ!」
芹沢が身を挺して根の攻撃を引き受けている間に、俺や隣の荒川は結界に逃れた。
結界内には、他のクラスメイトや、冒険者たちが避難してきていた。
見れば、あちこちで結界師たちが結界を張り、冒険者たちを逃がしている。
これで、ひとまずの難は逃れたか……。
「安心してる場合じゃねえ、まだ何人も取り残されてんぞ!」
泊の怒声に、俺はハッとして戦場に目をやる。
大樹の根や枝に捕らわれた冒険者たちが、苦痛に叫び声を上げていた。
「ちひろ!? ……早く何とかしないと! どうしたらいいのよ!?」
平城山の視線の先には、今まさに地面に叩きつけられる土岐枝。
「今までの戦いを見ていると、魔法の攻撃はほとんど効いていなかった。剣の攻撃は通っていたみたいだけれど、剣で救いにいくのは無謀すぎる。一体どうしたら……」
坂北が頭を抱え、仲間を救えぬ無力さに絶望の表情を見せる。
「大地の精霊よ、私の命に従い、世界の平穏を乱すものに鉄槌を!」
突然、湯梨浜がそう言うとともに腕を突き出す。
その手から、小さな光が何百、いや何千も飛び出す。
光は大樹に向かい、それを包囲する。
突然、瑞々しい枝葉の色が、くすみ始める。
おぞましく蠢いていた根の動きが鈍くなる。
大樹はどんどんと弱ってゆく。
「ち、ちひろ! ……ヒール! ヒール!」
地面に投げ出された土岐枝のもとに千曲が駆け寄ると、目から大粒の涙をこぼしながら、必死に治癒魔法をかける。
「私も加勢する。ヒール!」
玖珠田も加わり、土岐枝の傷を癒していった。
「……私、何を……!?」
「ちひろ〜〜っ! 良かったぁ……」
目を覚ました土岐枝は、突然千曲に泣きつかれたことに驚き、目を白黒させる。
「……ねっ、精霊術も悪くないでしょ?」
それを見届けた湯梨浜が、俺たちに笑いかけてきた。
「……まあ、ひとまずの危機は脱したか。だが……」
俺が懸念するのは、この後だ。
立ち枯れ状態になった大樹の横から、顔を紅潮させたヴァルトがゆっくりと降りてくる。
「いったい何があった? ……くそっ、精霊術か。忌々しい……。
……この悪魔公爵を怒らせたこと、後悔させて差し上げようではありませんか!」




