17.悪魔が攻めてきました
次の日。
町は、大騒ぎになっていた。
藍色のスライムが、町中のありとあらゆる蛇口から出てきたのだ。
朝、顔を洗おうと蛇口をひねると、ぬるりと藍色の球体が出てきた。
反射的に後ずさり、尻もちをつく。
あまりの気持ち悪さに、洗面台に直接魔法をぶち込んでしまった。
顔を洗うのは諦め、慌ててロビーに降りると、そこは阿鼻叫喚であった。
四方八方から飛びかかるスライムに、冒険者たちが必死で迎撃する。
「おい、どうなってんだ!? こいつら、斬っても斬っても湧いてくんぞ!」
「女子供を守れ! スライムだからって油断するなよ!」
その光景は、さながらゾンビ映画であった。
いやまあ、ゾンビじゃなくてスライムだが。
「お前らーっ! 息を止めろーーっ!!」
俺は、力一杯叫ぶ。
皆が口を塞いだのを確認すると、俺は『煙霞』を唱える。
ロビーの中のスライムは全滅し、ひとまずの危機は逃れた。
が、すぐに大量のスライムが雪崩れ込んでくる。
「冒険者の皆さん! ギルドに集合する必要はありません、その場でスライムの討伐に当たってください!」
スピーカーから、叫び声にも近い声が聞こえる。
何も言われなくてもそうするつもりだ!
「と、とりあえず蛇口を閉めろ!」
「無理だ、スライムが次々と出てきて閉められねえ!」
「魔法を配管に撃ち込め!」
冒険者たちは、次第にスライムへの対処の仕方を考え出し始めた。
「よし、全部屋でこれをするぞ!」
「おう、お前らは東側の部屋をやれ!」
冒険者たちは、左右の客室棟へと散っていく。
「……つーか、あんたの魔物使いとかいう能力で解決できねーの?」
「それがさ、もう誰かに操られてるみたいでできないのよ」
「はぁ!? 何それ、使えないヤツ」
「じゃああんたは何ができるってんのよ!」
あぁ、始まってしまった……。
顔を見なくても何が起こったか想像がつく。
「こ、こんなときにケンカしてる場合じゃないよ、とりあえず私たちも協力しよう?」
日比野が慌てて止めに入る。
「そうだよ2人とも。ほら、お互いに謝ろう」
おや、坂北が復活してきたようだ。
異世界での劣等感から解放され、少しずつ本来のリーダーシップを取り戻している。
「み、皆さん! 状況が変わりました、直ちにギルドに集まってください!」
その時、スピーカーから悲痛な叫び声。
冒険者たちは顔を見合わせると、ドアを開けてギルドへ走る。
……一般宿泊者たち、健闘を祈る。
ギルドに足を踏み入れた瞬間、強烈な魔力に襲われる。
その中央に、黒い翼をもつ男。
「ギルドには話すべきでないと言ったでしょう。できることなら、私も穏便にことを運びたかった。ですが、魔王軍の計画が公の知るところとなった以上、強行手段を取るほかありませんね」
ヴァルトは、怒りの滲む口調で、そう語る。
しかし、情報をべらべらと喋ったのはお前だろう。
……くそっ、ヴァルトの自作自演か。
恐らく、魔王軍の間でも、この町に攻め入るか否かは意見が分かれていた。
ヴァルトは、その慇懃な口調に反し、好戦的な性格のようだ。
偵察という本来の任務から外れ、わざと情報を流し、それを口実に開戦。
俺たちは、まんまと利用されてしまった。
「町を混乱に陥れたのは謝罪しましょう。まあ、それも意味のないこと。
……明日から、この町は我らが魔王様が支配する。電光!」
ヴァルトは、唐突に攻撃を始める。
俺たちは、文字通り光の速さで突き進んでくる攻撃を、何とか避ける。
後ろの民家の壁に、無惨な焦げ跡が刻まれた。
「火球! 当たれっ!」
井川が、何本もの魔法を繰り出し、ヴァルトを攻撃せんとする。
それを皮切りに、冒険者たちが次々と攻撃を始める。
「単純な手ですね。蒼壁」
だが、ヴァルトは目の前に水の壁を作り出し、簡単に防ぐ。
「朴葉くん、頼んだよ。……よし、闇の攪乱!」
城戸が、いつぶりかの必殺魔法を放つ。
……だが、ヴァルトの動きは、少しも鈍ることはなかった。
「これはこれは、なかなか強力な麻痺魔法ですね。いい土産話になりそうだ。
……あなたにも、冥土の土産をくれてやりましょう。悪魔に状態異常は効きませんよ」
「なっ!? ……ぐはっ!!」
その言葉に驚愕した城戸の腹を、ヴァルトが蹴り飛ばす。
城戸はそのまま吹っ飛ぶと、料理屋のテーブルに突っ込む。
「城戸さん! ……ヒール! ヒール! 返事してくれよ!」
朴葉が城戸のもとに駆け寄り、悲痛な声で呼びかけるとともに、回復魔法をかける。
遠目で見たところでは、血も出ていないし、いずれ回復するだろう。
……しかし、友人を傷つけられるのはいただけない。
「どうしましたか皆さん、あなたたちの名声は、我々の知るところなのですよ? 間近でそれを見られると思ったのに、失望しました。電光!」
ヴァルトの一方的な蹂躙に皆は怯え、ただ逃げ惑うばかりだ。
「みんな、自信を持て! 力を合わせれば倒せるはずだ!」
ハンドンは冒険者たちを鼓舞するが、その威勢も弱っている。
「……神埼さん」
その時、隣から俺を呼ぶ声。
見ると、荒川が耳を貸せというような仕草をする。
「何だ? ……なるほど、分かった。頼んだぞ」
荒川は、俺に作戦を耳打ちした。
成功するかはわからないが、やってみるしかない。
ヴァルトは、いまだ光線を放ち続けている。
油断すれば、たちまち切り裂かれてしまうだろう。
「『煙霞』っ!」
俺の手から、暗い煙が立ちのぼる。
「おや? ……これは、毒ですか。言ったでしょう、悪魔に状態異常は聞かないと」
煙は、あれよあれよという間にヴァルトの姿を覆い隠す。
「目潰しですか? くだらない。電光!」
暗い空間の中から、ヴァルトの光線が次々に飛び出してくる。
「よし、あとは頼んだぞ」
俺は荒川に場所を代わると、早々に防御姿勢を取る。
荒川は深呼吸をすると、静かに詠唱を始める。
「我らが守護神よ、反逆者たちの攻撃をその聖なる加護によって打ち払え……神聖鏡!」
荒川の前に、神々しい雰囲気を放つ、鏡のように光り輝く魔法陣が生じた。
ヴァルトのそれとはまた違う、強烈な魔力を感じる。
こっちから見ると、まるで荒川から後光が差しているかのように見えた。
さて、ヴァルトの放っている魔法は、殺傷能力のある光線。
鏡に当てると、どうなるだろう?
「電光、ライトうぎゃあああっ!!」
運良く鏡の方に向かってきた光線が跳ね返され、煙の中に一直線に戻っていった。
直後、あたりに響き渡る悲鳴。
大成功! こちらに近寄ってきた荒川と、俺はハイタッチした。
「……あっ! その、すみません……」
が、すぐに我に返った荒川は、手をささっと引いてうつむく。
……そこまでされると落ち込むぞ、おい。




