16.黒服の悪魔
殺される──
俺は潔く目を閉じ、運命を受け入れる。
ああ、異世界での生活、楽しかったなあ。
神様も、こんな俺にお慈悲を与えてくださるだろう。
願わくば、来世は日本で平和な暮らしを……。
「ああ、怖がらなくてもよいのに」
突然、悪魔が優しく語りかけてきた。
「こんなところで話すのも何ですから、ちょっと出てきてくださいよ」
逆らうわけにもいかず、俺は立ち上がり、先ほどまでスライムたちがいた場所へ出てくる。
4人も続いた。
「……さて、まずは自己紹介といきましょうか。私はヴァルト、この森を統べる公爵」
ほら、めちゃくちゃ強いやつじゃん。
「えーと、俺は井川翔って言います。そこのアルトで冒険者をやっております」
井川が、何だか違和感のある敬語で自己紹介をする。
俺たちも続いた。
全員の自己紹介を聞くと、ヴァルトは感慨深げな表情で俺たちを褒め始める。
「なるほど、それでは皆さん、オーガやオロチ、吸血コウモリを退治なさった方々。お会いできて光栄です」
「まあそうですけど……なぜそれを」
「なに、私も魔王軍のはしくれ、その程度は知っていますよ」
となると、ヴァルトもこの町の偵察に来たのだろうか。
まあ、魔王が派遣してきたワラキアの軍団を全滅させてしまった以上、仕方あるまい。
何とか事を荒立てず、悪魔様にはお帰り願いたいところだ。
ここで、井川が口を開く──
「ところで、あなたは何だってこんなところに来てるんですか?」
おい、そんな質問をするな!
「ふむ。本来は話すわけにはいきませんが、まあよいでしょう」
意外にも、ヴァルトは口を開く。
「実のところ、近々魔王軍の間でこの町を攻める計画が持ち上がっておりましてね。その事前偵察として、私が派遣されたのですよ。普通は事前調査などなしに攻め入るのですが、いかんせんこの街の冒険者たちは強いようなので……」
「ということは、あのスライムも偵察用なんですか?」
「ええ、夜にこっそり町に忍び込ませていますよ。……しかし、私の魔力に森のモンスターたちが怖気付き、勘づかれてしまったのは想定外でしたが……」
どうやら、ヴァルトはヴァルトで結構苦労しているらしい。
しかし、いやに情報をペラペラと喋るな。
影の任務に従事するものが、情報を包み隠さず話す場合、目的は2つ。
1つは、間違った情報を流し、混乱を引き起こすこと。
もう1つは、殺す相手に対して、一種の慈悲のように真実を話すこと。
……!? まさか、俺たちを殺すつもりか!?
「いえいえ、カンザキさん? でしたっけ。そんなことはしませんよ」
!? 心が、読まれた……?
「そりゃもちろん。我々悪魔族の食するものは人間の感情、心が読めなければ飢え死にしてしまいますよ」
ヴァルトによると、悪魔は人間の感情や魂を食って生きているらしい。
まあ、天界と魔界との協定で、魂は罪人のものしか食べてはいけないことになっているとか。
悪いことさえしなければ、死後は安心ということか。
「……さて、せっかくの機会ですし、ひとつお聞きしたいことがあるのですが……」
ヴァルトは、やにわに真剣な顔になる。
「まあ、いろいろと話も聞かせてもらいましたし、いいですけど……」
俺たちの言葉を聞き、ヴァルトはふいに自虐的な笑みを浮かべる。
「お恥ずかしながら……スライムの飼い慣らしかたです」
「「はぁ?」」
聞くところによれば、ヴァルトの飼っているスライムたち、仕事は忠実にこなすのだが、休暇中に消えたり、変なものを食べてきたり、人間にちょっかいを出してバレかけたりと、統制が取れていないらしい。
そんな折、先の戦いでスライムを使役し戦う女性(榎田だな)を見て、彼女に教えを乞おうとしたらしい。
「貴方達は、彼女の仲間なのでしょう? 何か知っていたらと……」
なるほど、すまいむがここにいたら、俺たちが何か関係していると考えるのが自然か。
「うーん、あいつがスライムを使役できているのは、魔物使いという能力由来なので、厳しいかと……」
そう答えると、ヴァルトは腕を組み、唸り始める。
「能力……ということは転生者? いやしかし、似た雰囲気のものがこんなにいるのは不自然だ……。
チッ、あの忌々しい老ぼれ神め、また送り込んできやがったか」
ヴァルトは、柄にもなく吐き捨てる。
が、すぐに我に返った。
「おっと、お見苦しいところを、すみません。では私はこれで。
……この話をギルドに話すのは、お勧めしませんよ」
ヴァルトは怪しげな目で呟き、翼をはためかせ飛び去っていった。
アルトに戻る道すがら。
「あいつ、転生者とか何とか言ってたよな。ということは、この世界には俺たち以外にも日本人がいるってことじゃねえの?」
井川が鋭い指摘をする。
「確かに。まあ、出会う可能性は限りなく低いだろうけど……」
芹沢がため息をつく。
「でも、会えたらいいねぇー」
千曲がのほほんと呟いた。
アルトに帰り着く頃には、日が暮れて空が真っ赤に燃えていた。
俺たちはその足でギルドに向かい、クエスト完了の手続きに入る。
「お疲れ様でした。それで、何か収穫はありましたか?」
心なしかギルドの職員が苛立っているように見える。
恐らく誰も手がかりを持って帰ってこなかったのだろう。
では、我々は話すべきか。
しかし、ヴァルトは何やら意味ありげな忠告をしてきた。
暗に、話せば酷い目に遭わせるぞと言ってきたのではないか──
「えーっとですね。まず森を歩いていたら、藍色のスライムの行列が……」
「あっ、おい──」
「そうそう、で、追っかけてったら悪魔がよ……」
止める間もなく、井川と泊が洗いざらい話してしまった。
大丈夫だろうか……。
ベッドに入った後も、胸の上に見えない何かがのしかかっている気がして、変に眠れなかった。




