11.私の本気を見せましょう
「大鬼だ! 急いで攻撃魔法の用意を、衛士は守りを固めろ!」
ハンドンが叫ぶ。
くそっ、本命はこっちだったか。
アンデッドはおそらくこちらの戦力を削るための囮だったのだろう。
さて、どんな魔法にしようか。
あの鬼どもの体力がバカみたいに高そうだってことくらい、当たり前に分かる。
なら、瞬発力に優れるが、炎が消えるまでの効力しか持たない『不知火』は不適か。
継続してダメージを与えられる魔法……。
これか。
今度は、闇魔法と風魔法を組み合わせた魔法。
毒を風に乗って流し、敵は呼吸する度に痛みと苦しみを味わう。
ちょうど風は敵方へと向かっている。
まさにドンピシャの魔法だ。
命名、『煙霞』。
由来? なんかかっこいいからだ。
理由など聞くもんじゃない。
俺は再び魔力を動かす。
手の先に浮かび上がる光球は、今度は深緑色を帯びていた。
辺りの空気に、強烈な禍々しい瘴気が孕むのが感じられる。
息をする度に、重く暗い深淵へ引き摺り込まれそうになる。
魔力をいくらでも込められる分、術者の負担も相応に増えるのだ。
「放てーっ! 全力で魔法を叩き込むんだ!」
ハンドンが力強く声を上げる。
「『煙霞』っ!!」
俺も負けじと叫ぶ。
瞬間、深緑の光球から、黒い霧が吹き出す。
霧はオーガを包み込む。
オーガの呻き声が、ここからでもはっきりと分かるほど聞こえる。
そこに、魔法が容赦なく撃ち込まれる。
オーガ討伐も造作ないな。
……そう思ったが。
俺は目を疑った。
先ほど1000ものアンデッドを跡形もなく消し去った怒涛の魔法攻撃。
それを浴びてなお、オーガたちはその歩みを止めなかったのだ。
その一歩一歩に、疲れや怖れの震えなど少しもなかった。
「衛士たち、来るぞ! 構えて! 剣士たちは左右に回り込んで、俺の指示を待ってくれ! 魔術師たちは攻撃を中止!」
ハンドンの指示に、俺は従った。
ついに、衛士たちとオーガは相対した。
衛士たちの構える盾に、オーガの剛腕が襲いかかる。
衛士たちはそれに耐えつつ、剣で敵の隙を突く。
だが、こちらの不利は火を見るよりも明らかだった。
衛士たちは、死に物狂いで攻撃を受け止める。
だが1人、また1人と、オーガの暴力に屈した。
倒れた仲間を、修道士の元へ運ぼうとするもの。
ただ目の前の敵と戦うことに集中するもの。
彼らの全てに共通することは、自らの役目を必死にこなし、貢献しようとしていることだ。
「突撃!」
ハンドンの声が、戦場の雑踏に響き渡る。
その瞬間、剣士たちが戦場に躍り出た。
怯むオーガを斬りつける剣士たち。
戦況は、一瞬にしてこちらへと傾いた。
……かに思えた。
オーガはすぐに体勢を立て直すと、剣士たちにも容赦ない力で応える。
剣士たちがその誇りたる剣を折られ、ゴミのように放り投げられていく様は、俺の心を痛めるに十分だった。
今ここで魔法を撃ったとして、何ができよう。
味方をいたずらに傷つけ、かえって敵の増長を招くだけだ。
その時、俺の頭に電流を流すような光景が目に映った。
オーガに腹を殴られ、なすすべなく倒れた剣士。
その剣は、空高く舞い上がった。
そして、オーガの頭に刺さったのだ。
それがオーガに大したダメージを与えられていないことぐらい、見れば分かる。
しかし、あれに魔術を組み合わせたらどうだろう?
剣士の中には、剣に魔力を纏わせ、素早さや軽さ、逆に重さを操る戦い方をする者もいる。
魔力は魔術師だけでなく誰もが持っているから、不思議なことではない。
だが、剣士と魔術師の間には、魔力の活用という観点で、決定的な違いがある。
魔術師は、イメージができる。
例えばそれは、業火の立ち昇る剣が、敵を焼き切る様子。
例えばそれは、風を纏った剣が、敵を吹き飛ばす様子。
魔術師は魔力に意味を持たせ、操ることができるのだ。
「刀剣生成」
俺の手から、打ちたてホヤホヤの剣が生えてくる。
鋼魔法も、意外と役に立つのだ。
豊富な魔力に物を言わせて、大量の剣を生成する。
そして、剣に魔力を纏わせる。
要領は魔法を放つときと同じ。
魔力が体を飛び出し、剣を覆うイメージをすればよい。
こうなったものは、俺の体と一体化する。
「テレキネシス!」
言うと共に、俺は手を高々と掲げる。
20本以上の剣が、それに連動したかのように宙に浮いた。
このまま剣をオーガにぶっ刺すだけでは、あれの二の舞だ。
魔術師の強みを生かさなくては。
「魔属性付与、点火」
俺の手を、空気中を伝い、魔力が意味を持つ。
剣は、火を放った。
いつの間にか、周りには人だかりができていた。
なにぶん不特定多数の人から注目されるのは初めてなもので、少々緊張してきた。
だが、あとはこの燃え盛る剣をオーガに突き刺すだけ……。
しまった。
俺の今の能力じゃ、オーガの頭蓋を貫くほどのスピード、出せるわけがない。
後ろで爆発を起こしたりして、無理矢理速度を上げるのが一番か……。
「……誰か、強めの風魔法が使える人いませんか?」
俺は、周りの魔術師たちに呼びかける。
だが、俺の行動が全く読めないのか、警戒しているのか侮っているのか、誰も応えてくれなかった。
やっぱり、俺なんかが目立とうとするのが間違いだったのか……。
俺は、剣を浮かせる手を、段々と下ろしていく。
「お呼びかな? 神埼」
そんな俺を止めたのは、井川だった。
事情を説明すると、すぐに乗り気になってくれた。
「風よ、この剣を、魔を打ち砕く神剣となせ……ウィンドバースト!」
井川が唱えると、宙に浮いた剣の後ろで、幾つもの爆発が起こる。
爆風に押し出され、剣は一気に加速した。
剣は空を飛び、たちまちオーガの上へと至る。
目視でそれを確認すると、俺は手を下へ向ける。
剣は進行方向を変えると、オーガの頭を狙い撃ちした。
オーガたちは、パニックに陥った。
「何だ!? ……よし、衛士と剣士は退避! この隙に魔法で攻撃を行うぞ!」
ハンドンは突発的な状況にも冷静に判断を下す。
中と外から焼かれ、オーガたちがまもなく生き絶えたのは、言うまでもない。
戦いが終わり、冒険者たちが普段の生活に戻ろうとした頃。
俺は、なぜかハンドンから呼び出しを受けた。
案内されたのは、普段は限られた者しか入れない、ギルドの隊長室。
「ありがとう、カンザキ君。君のおかげで、何人の命が助かったことか」
部屋に入るなり、ハンドンは開口一番そう言った。
「井川に聞いたんですか? ……でも、俺は発案しただけです。井川の助けがなければ実行できなかったし、結果的にオーガを倒せたのは、このアルトの魔術師皆の協力あってこそです」
俺は謙遜する。こういう役回りの人って、誇らない方が印象がいいもんね。
「その発案こそが大事なんだ。君の行動は、紛れもなく賞賛に値するよ」
「そう言って頂けるとは光栄です」
その後、戦いに参加した冒険者全員に、ギルドより報酬が配られた。
1人30000カラン。その日暮らしの冒険者たちにとっては、非常にありがたい。
「……なんか重くねえか?」
一つ気になるのは、俺の袋だけなんか重くて大きいことである。
「数えるか。1、2……って、10万カラン入ってんじゃねえか!」
「マジで!? ……ん、何か手紙が入ってるぞ」
1人で叫んでいると、後ろから井川が声をかけてきた。
「なになに……『金額に驚いたかもしれないが、これは私からの感謝の気持ちだ。どうか受け取ってくれ。そして、君にはもう一つ、報酬を用意してある……これは君だけではないがね。どうかこれからも、この町を守るため戦ってほしい。ハンドン』」
俺は、めでたく頭角を表したのでした。




